第13話 カフェテリアにて~アマナとの絆~

「花を咲かせる魔法芸術、と一言で言われても、どんなものにしたものか、結構悩みます」


 学園長の講義が早めに終了したあと、俺とアマナは学園内のカフェテリアで時間を潰していた。


「そうだな。俺はなんとなく、こういうものにしようかという着想はあるから、それを作るかな」


「クロウお兄さまは、学園入学前も色々な作品を作られてましたもんね。わたしはどういうものがいいのか、いまいち掴み切れていないところがあります」


 その言葉に、俺は軽くアマナの相談に乗る事にした。


「アマナの中には、こういう表現をしたいとか、こういうものを作りたいとか、そういうのは全くないのか?」


「そうですね、無くはないです。お花を咲かせるという事から連想したのは、お花と、わたしが得意とする音魔法を組み合わせたらどうなるんだろうという事です」


 なるほど、と思った。得意魔法と課題を組み合わせるのは良い発想と言えるだろう。


「とてもいいと思うけどな。音と花か。具体的なアイデアなんかはあるのか?」


「……今話していて思いついたのならありますね。花を咲かせて、その花の種類に合わせた音が鳴る。それをたくさん行って、音楽を奏でる。こんなのはどうでしょう?」


「……めちゃめちゃ良さそうじゃないか。とても素敵な作品になると思うぞ。それでいいんじゃないか?」


「……そうですね。行ける気がしてきました。相談に乗っていただき、ありがとうございます、クロウお兄さま」


「本当に聞いてただけ、って感じだけどな。アマナの中に、確かに表現したい物があったんだ。自信をもって、作ればいいと思うぞ」


「嬉しいです……お兄さまにそのような優しい言葉をかけられると、わたし、胸がキュンとしてしまいます。ああ、この気持ちは恋、恋でしょうか。きっとそうですね。そうなると、お兄さまにもわたしの思いが伝わってしまっているという事でしょうか? それは照れますが、嬉しくもありますね。ああ、お兄さま、お慕いしています。お兄さま。お兄さま。ああ、お兄さま……はぁ……はぁ……」


 気づけばアマナのテンションが際限なく高まっていたので、俺はアマナの頭をぽかりと叩く。


「落ち着け。お前は本当にそういう風になると止まらないよなぁ」


「いひゃいです……だって、わたし、お兄さまの事が本当に大切なんです。愛しいんです。お兄さまのためなら、わたしの下着姿を幻魔法に記録して渡してもいいかもしれません……」


 その言葉に、カフェテリアの周りにいた生徒達が、ぎょっとした顔でこっちを見るのが分かった。


「ば、馬鹿、声が大きい! ありえない事を言うな!」


「ありえなくなんてありませんよ。そのような事をしている男女は、世の中にはたびたび見受けられると聞きます。わたしとクロウお兄さまも男女の仲ですから、それくらいは問題ないかと」


「問題しかないわ! いつからお前と俺は男女の仲になったんだ!」


 俺はアマナの頭をグーでぐりぐりと押すように苛めた。


「だからいひゃいですって……分かりました、今のはアマナが悪かったです。アマナの健全な水着姿をお渡しするプランに変更しましょう」


「だから要らないって……!」


「今なら透け透けな感じに濡れた姿をご提供できます」


 その言葉に、俺の馬鹿な脳みそはアマナのあられもない水着姿を想像してしまい、顔が赤くなるのを感じた。


「だ、だから、要らないって言ってるだろ……!」


「おや、お兄さま、顔が赤いですね。これはアマナの魅力にたじたじになっている顔と見ました。そんなクロウお兄さまも、とっても可愛いですね」


 アマナはにやにやとしながらそんな事を言う。


「もういい……この後は人と会う約束があるんだ。そろそろ失礼させてもらう」


「人と会うって、どなたと会われるのですか?」


 アマナがきょとんとした表情で質問してくる。


 やや答えづらさを感じる問いだったが、思い切って答える事にした。


「……シェリだ。こないだ友達になったんだ。あいつ、友達が一人もいないみたいだったから……それで、シェリの講義が終わる時間になったら、シェリは俺と話したいらしいんだ。だから、待ち合わせをしてる」


 なぜか後ろめたく、視線を外したままそこまで話し、それから改めてアマナの顔色を伺う。


 驚くべき事に――


 アマナは、泣いていた。


「ひっく……えぐ……お、お兄さま……お兄さまが、取られちゃう……! お兄さま……断ってください……! アマナは、お兄さまがもうアマナの所に帰ってきてくれないんじゃないかって……心配です……心配でたまりません……!」


 俺は慌てて、そんなアマナに近づいて、思わずその手を握る。


「あ、アマナ、落ち着け。俺はいなくなったりしない。お前と俺の仲だろ……300年前からの絆は、そんな簡単に失われたりしない。俺は普段は言わないが、ぶっちゃけお前の事をとても大切に思っている。だから泣くな。泣くなって……!」


 俺が必死でアマナを宥める。


 すると……アマナはさらに泣いた。


「うわ、うわああああああああああああああ……! こんな時に限って、お兄さまが優しいよぉ! 嫌ですっ……! アマナはいつもの冷たくアマナに接してくるお兄さまが好きなんです! こんなわたしを誤魔化すためだけに優しく接するお兄さま、見たくありません……! うわあああああああああああああ……!」


 ますますアマナは手がつけられなくなってしまい、俺は困った。


 困ったから、仕方なく、立ち上がってアマナの手を引き寄せ、ギュッと抱き締めてやる。


「アマナ……! これでも俺が、お前を誤魔化すためだけに優しくしていると思うか? 俺がお前を大切に思っているのは、間違いなく本心だ。分かってくれないか、アマナ……?」


 アマナは、ハッとしたように俺の事を至近距離でうるうると見つめてきた。近くで見ると、やっぱめちゃくちゃ可愛いなこいつ。


「お兄さま……好き……好きです……アマナはお兄さまとずっと一緒にいたいだけなんです……それで、時々からかってみたり、怒られたり、プレゼントしてくれたり、そんな関係を楽しみたいだけなんです……前世は苦しいばかりの日々が続いていたから、今世くらい、平和にお兄さまとの関係を味わいたいんです……! ダメでしょうか……? わたしにはそれすら、許されないでしょうか……? お兄さま……?」


 俺は、もう一度、アマナを抱きしめ、ギュッと熱を贈るようにする。


「アマナ……ダメなんかじゃない……俺だって、前世ではちゃんと味わえなかったお前との平和な日々を、心から楽しんでいる……俺は基本的にな、お前の性格とか、振る舞いとかが、大好きなんだよ。一緒にいて、楽しいんだよ……だからあんまり泣くな。お前は楽しそうにしてるのが、一番可愛いよ」


 アマナは、両目を見開いて、感動しているようだった。


「お兄さま……好きです……大好きです……! わたしが馬鹿でした! お兄さまは、確かにわたしの事を大切に思ってくれていました! 信じます! お兄さまの事、信じますから! だからもう一回、わたしに可愛いと、そう言ってくれませんか?」


 俺は、元気になったなと思い、抱いたまま頭をこつんと小突く。


「……調子に乗るな。今のは……特別だ」


「わかりました。お兄さまの特別、音魔法で音声保存したので、何度でも耳元でリピートしたいです」


「気持ち悪いわ! やめてくれ……」


「ふふふ、お兄さまの『可愛い』……お兄さまがわたしに、『可愛い』だなんて……嬉しい……嬉しいです……一生の宝物にします……」


 アマナは愛おしそうに、小突いた俺の手をその小さな柔らかい手で包み込むように握り、愛おしそうに頬にくっつけた。


 俺はだいぶ照れ臭かったが、たまにはいいか、とアマナの好きなようにさせる。


「それでお兄さま、シェリと二人で会われるとの事でしたが、わたしは堂々と宣言させていただきます。盗聴すると。ですので、不埒な行いなどをすれば、全てわたしにバレます。そこを理解した上で、健全な友達付き合いをしていただきたく思います。よろしいですね?」


「本当に、しょうがないな、お前は」


 正直嫌だったが、まあそれくらいは今更かと思い、俺は了承した。


 そうしてようやくアマナとの話し合いが済み。


 俺はカフェテリアで、いたく注目を浴びている事に気づいた。


「失礼しました……」


 俺は逃げ出すように、カフェテリアをあとにしてしまったのだった。


 ……恥ずかしい。

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