第10話 本物の友達

「……ここじゃなんだし、ちょっと場所を変えようか」


 今近くに人はいないとはいえ、多少は人の往来のある廊下だ。

 クロウさまはそういって、わたしを人気のない裏庭に連れ出す。


 穏やかな4月の陽光が木漏れ日となって地に差すベンチで、わたしとクロウさまは、お互い横を向いて、身体を向かい合わせて話し出した。


「それで、一体俺が、何を考えてシェリにあの人形を贈ったか、って話なんだけど……」


「はいっ……! はいっ……! わたくし、それが気になって気になって、夜も眠れませんでした……!」


 そう。わたしはずっとそれが気になっていた。


「……シェリはさ、きっと、とんでもなく寂しい女の子なんだろうなって、ずっとそう思ってたんだ……」


「……っ! はい! そうです! わたくしは、とっても、とっても寂しかったのです……!」


 そうなのだ。わたしは寂しかった。ずっとずっと、寂しかった。


「それはさ、俺がシェリの事を気になっていたから気づいたんだけどさ。俺は、シェリが求めているのは、シェリの事が好きな異性としての男じゃなくて、シェリにそっと寄り添ってくれるような、優しい友達なんじゃないかって、そう思っていたんだ」


「……はいっ! 確かにその通りです! クロウさま……! クロウさまは凄いです……! わたくしの悩みを、求めているものを、そこまで正確に当てられるなんて……! 凄いです……!」


 ああ……クロウさま……クロウさまはやっぱりすごい……聖人……いや、神様みたいだ……


「だから、シェリへの最初の贈り物はさ、シェリの初めての友達にしたいな、ってそう思ったんだ。ま、初めてなのかは分からないけどさ」


「わたくしの……初めての友達……そうなのですね……やはり、あの天使人形は……わたくしと友達になるために、生まれてきたのですね……」


 そうだったのか。あの天使人形は、やっぱりわたしの友達である事が、存在理由だったんだ。


「ああ、そうだ。どうだろう? ああいうのは初めて作ったものだから、正直言って自信は無かったんだけど、シェリの良い気晴らしくらいにはなっただろうか……?」


「気晴らしだなんて……! わたくしは、まさにあの人形によって、心を救われたといってもいい状態でした! あの人形がいなかったら、また学園に入るまでのどこかで、人生に絶望して自殺していたかもしれません……! クロウさまっ……! わたくしは、本当にクロウさまに、クロウさまの作ってくださった人形に、感謝して、宝物のように思っているのです……! 大好きなのです……!」


 そうだ。わたしは今や、人形に依存しきって、クロウさまに依存しきっている。でも、それが心地いいのだ。今までずっと埋まらなかった何かが、途方もなく満たされるのだ。


「ははっ。それは照れるな。でもシェリ、人形だけで満足か?」


「……え?」


 何を言うのだろうと思った。人形だけで満足か? いったいどういう事だろう?


「俺はさ、今日のために、覚悟を決めてきたんだ。それは、シェリ、キミのために、キミと恋人になる事を諦める覚悟だ。確かに俺は、他の男たちと同じく、キミに恋してしまっている。だけど、俺はそれ以上に……キミの孤独を、キミの寂しさを埋めてあげたいと、純粋にそう思っていたんだ……だから……」


「……クロウ……さま?」


「……だから、俺は、自分の恋心なんかより、シェリ、キミの心の方が大切だから……こう言わせてもらう。――友達になってくれ、シェリ。俺はそれ以上を望まないように固く心を決める。シェリに心から安心できる存在でありたいと思い、それになる。それでも……それでも、ダメだろうか……俺のこの強い想いは、信用ならないだろうか……? シェリ……」

 

 クロウさまが、わたしの、わたしなんかの友達になってくれる。


 その言葉を聞いた瞬間、途端、わたしの涙腺は、これ以上ないまでに決壊した。


「……うわ……うわ……うわああああああああああああああ! クロウさまっ……! クロウさまが友達……! わたくしの友達……! 初めての、同じ人間の、同年代の友達……! ああ……! 嬉しい……! 嬉しい嬉しい嬉しい……! うわああああああああああああああん……!」


 わたしは、もう限界を超えて感極まっていた。

 こんなにも強く自分の感情が動く事があるなんて、予想もしていなかった。


 嬉しい……! 嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい……!


 ああ……! こんな日が……!

 こんな素晴らしい日が、わたくしにも訪れるだなんて……!


 こんな宝物のような日が……!


 宝物のような友達を得られる日が、訪れるなんて……!


「……わたくしは、あなたの事を、わたくしに恋しているだけの、他の少年たちと変わらない存在だと、そんな愚かな事を考えていました。私は、自分が恥ずかしいです。クロウさま、あなたは、確かにわたしの心を、魂を想ってくれていた……!」


 わたしは友達への義理立てとして、そうした良くない感情を抱いていた事を、正直に話しておくべきだと思った。

 そうして初めて、わたしたちは、本物の友達になれるかもしれない所に辿り着く。


「そう思うのは仕方ないさ……今は分かってもらえて良かったよ……正直言って、俺の意思は弱い。時には、キミの魅力にぐらついちゃう事もあるかもしれないけど……それでも精一杯、友達を務めさせてもらう。よろしく頼む」


「はい……! はい……!」


 わたくし、シェリ・アドゥルテルは、その瞬間、2度にわたる長い人生で初めて、心安らぐ友達を得たと、そう感じた。


「うわ……うわあああああああああああん!」


 嬉し泣きが、止まらなかった。


 この思いを抱かせてくれた、クロウへの、感謝が止まらなかった。


 わたしはクロウに抱き着きたいと思った。


 だが、わたしへの思いをこらえて友達になってくれるという男の子に、それはあまりに酷だろう。


 だから代わりに、わたしはクロウにこう言った。


「クロウ……ずっと一緒にいてください……いてほしいです……」


 途端、クロウは顔を真っ赤にして、必死に何かを我慢するような表情になった。


 わたしは何かを失敗してしまったらしい。


「ああ……約束する」


 だがそれでも、理性を保ってそう返事をしてくれるこの少年に……

 わたしは、生まれて初めて感じる、胸の奥がじんわりと暖かくなるような、愛おしさを感じていた。

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