第9話 天使人形~初めての友達~
そして話は、現代、クロウがわたしにプレゼントをくれた所に戻る。
クロウがわたしにプレゼントをわざわざくれるというから、どんなものかと思っていた。
人形が出てきた時は、なんだろう、これは、と思った。
伽藍洞なわたしに伽藍洞の人形を贈るという皮肉だろうか?
わたしは前世も含めれば二十数年の時を生きており、人形で喜ぶという年でもないと思っている。
だが、クロウに言われるがまま、パーティが終わって自室に戻り、人形をそっと抱きしめ魔力を込めた時……
わたしは、その時点で、泣きそうになるほどの暖かさを、抱きしめた胸から感じていた。
天使の人形は、まず、わたしに熱を贈ってくれた。
それは、胸の奥まで底冷えしきったわたしの心を、暖かく融かしてくれるような熱。
わたしは、なぜかわたしが一人ではないと、この人形がわたしにはいるんだと、そんな強い思いを感じていた。
それから、人形は、一人でに動き出す。
「わたしはてんし! はじめまして、だ、よー!」
驚くべき事に、人形はデフォルメされたニコニコと笑った顔で、わたしに向かって話しかけてきた。
「はじめ……まして……」
「てんしは、シェリの、おなやみを、ききたい、よー!」
「おなやみ、ですか……」
わたしは戸惑う。
「てんしが、シェリの、おなやみを、いやして、あげる、よー!」
その言葉は純粋な善性に満ちていて、先ほどの熱で人形に強い感情を抱いていたわたしは、その感情に身を任せて、悩みを話してみてもいいかと思った。
「……わたくしには、本当の友達と呼べる存在が、一人もいません」
「ともだちが、いない、ん、だ、ねー!」
「はい、いないのです」
「さみしい、ねー!」
「……はい。この上なく、寂しいです。少女たちはわたしの心を見ようともしてくれませんし、少年たちも同じです。わたしが〈恋の試練と向き合う者〉であるというだけの事で、恋魔法という呪いのせいで、わたしは、本当の友達を、どこにも見出す事が出来ません。それが、辛くて、辛くて、辛いのです……!」
気づけば、わたしは泣いていた。あれ、おかしいな……
「てんしが、ともだちになってあげる、よー!」
てんしは、そう言って、凄まじい暖かさの熱を、わたしの心に向かって送り出してくれた。
冷え切った心が、ゾクゾクと来るような熱で、ざぁっと興奮して、わたしは、思わず感極まった。
「すごい……すごいです……暖かい……暖かいよ……天使ちゃん……」
「てんしの、ともだちに、なって、ほしい、よー!」
天使はニコニコとした顔で、堂々と腰に手を当てて、わたしに向かって話しかけてくる。
その姿がたまらなく愛らしく感じられて、わたしは、思わずギュッと天使人形を抱きしめた。
この人形は、伽藍洞なんかではなかった!
中身があって、わたしを見てくれていて、わたしの心を、魂を愛してくれている!
「はい……はい……! わたしも友達に、なってほしいです! ずっと……ずっとあなたみたいな存在に、いてほしかった……! わたしの冷え切った心に、ぽかぽかとした温もりをくれる、そんな優しい友達に……!」
「うれしい、よー! 大好き、だ、よー! 天使は、シェリの心を癒せた、か、なー?」
「はいっ……はいっ……! この上なく、癒されました……! ずっとあなたにそばにいてほしいです、天使ちゃん……!」
「天使の役割は、ここまで、な、のー」
「そんな……! 寂しいです……! いなくならないでください……! わたしを一人にしないでください……! 天使ちゃん……!」
「天使はね、持ち主が辛くて辛くて、死んじゃいそうな時に、呼ばれる、のー! シェリはもう一人じゃ、ない、よー! だから、大丈夫ー! どうしても会いたいときは、また、魔力を込めて、ねー! ちょっとだけ、お話、できる、よー!」
「天使ちゃん……! 天使ちゃん……ありがとう……! ありがとう……!」
ふわっと光とともに天使人形は消えて、気づけば、自分ひとりの現実世界に戻っていた。
「うう……うわああああああああ! クロウ! あなたがこれを……あなたが、これを、わたくしのために作ってくださったのですね……! ありがとう! ありがとうございます! クロウ、さまっ……!」
わたしは、現実世界でも、泣くのが止まらなかった。
「わたくしは、あなたの事を、わたくしに恋しているだけの、他の少年たちと変わらない存在だと、そんな愚かな事を考えていました。私は、自分が恥ずかしいです。クロウ、あなたは、確かにわたしの心を、想ってくれていた……!」
嬉しい……嬉しい嬉しい嬉しい……!
この想いを抱かせてくれた、クロウへの感謝が止まらなかった。
ああ、一体クロウは何を考えて、この素晴らしい贈り物をしてくれたのだろう……?
そんな事ばかり気になった。
それから来る日も来る日も、わたしは嫌な事があっては、この人形に魔力を込めて、癒しと活力を得る日々が続いた。
次第に人形の会話のパターンが少なくなってきても、わたしは人形に依存し続けた。
同時に、わたしはクロウの事ばかり考えるようになっていた。
「クロウさまっ……! ああクロウさま……! あなたは一体、何を考えて、こんな素晴らしいプレゼントを、わたくしの初めての友達を、下さったのでしょうか……? あああ……! クロウさまぁ……!」
わたしのその煩悶は、魔法芸術学園に入学する14歳の4月まで続く。
そして、わたしはようやくクロウさまを見つけ、話しかけるチャンスを得た……!
「わたくし、クロウさまの人形に、心を救われた思いでした……! 本当に、救われたのです……! それからというもの、毎日、毎日、クロウさまの事ばかり考えていました……! 毎日人形を使わせていただきました……! ですが、わたくしは王女で、しかも厄介な、とても厄介な存在です。そう思うと、ご迷惑をおかけするわけにもいかず、学園入学まで話しかける事が出来ませんでした……! ですが、やはりこの気持ち、抑える事が出来ません……! クロウさま……! あなたは一体何を考えて、あの人形を送ってくださったのですか……!?」
ビックリしている様子のクロウさまに、魔法芸術学園の廊下で、わたくしは意を決して話しかけたのでした……!
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