第6話 プレゼント

 シェリに見惚れ、心をざわつかせる俺の様子を、アマナとエッセが見ていた。


 二人は、どこか機嫌の悪そうな、憎しみすら籠った視線でシェリを見ている気がする。

 とても穏やかに再会を喜び合おうという空気ではない。


 それを見て、俺は思い出す。


 300年前の世界において、シェリはいつも孤独の中にあった。

 少年たちには蝶よ花よと愛でられ、少女たちには疎まれる。

 それがシェリの常であった。


 少年たちが周りにいるのだから、孤独ではないだろうという見方もあるだろう。


 だが、シェリはしばしば、どこか寂しげな、世界に絶望しているような目を見せていた。


 シェリの事が気になり、シェリをよく観察していた俺だから、そう思うのかもしれないが。

 

 〈恋の試練と向き合う者〉シェリは、紛れもなく孤独の中にあったと、俺は思う。


 俺は、だからこそ、アマナやエッセの機嫌を伺うのではなく、シェリと一緒にいたいと思った。


 それは単に、シェリに恋しているからかもしれないが。


 そうだとしても、俺は、シェリの孤独に、つかの間の休息を与えたい。

 そう願ってしまっていた。


 シェリは、アマナとエッセの方にちらりと視線を送り、傷ついたような、悲し気な表情をしている。


 一方、会場の少年たちや、その親まで含めて、シェリの美貌に釘付けになっているようだった。王女という威光がある事で、声をかける事は叶っていないようだが。

 シェリはそうした様子を見ても、やはり悲しそうに目を伏せている。


「シェリ。キミにあったら、渡したいと思っていたものがあるんだ」


 そんなシェリを少しでも慰めようと、俺はそんな声を出す。


「クロウが、わたくしに、渡したいものですか……ふふっ。クロウは昔から、そんな風に気を回す子だったでしょうか」


 俺の意図は見透かされているようだったが、それほど悪い気はしていないようだ。


「約束だ。パーティが進行したら、裏庭で会おう。そこで、俺は、キミにプレゼントをする」


 俺はエッセやアマナには聞こえない声で、そう話した。


「……はい。お約束しましょう」


 シェリはどこか複雑な表情で、そんな返事をくれたのだった。





 *****





 やがてパーティは進み、開会の挨拶が済んだ後、自由に交流する時間となった。


 〈試練と向き合う者〉仲間達の様子をうかがうと、エッセとアマナは二人そろって一緒に食事を楽しんでいるらしく、シェリはそこから遠く離れて、一人ぽつんと寂し気に食事をとっていた。12歳を迎えた子供たちの中に、王女殿下に話しかける勇気を持つ者はいなかったようだ。


 俺は、シェリに向かって目配せで合図をする。

 

(裏庭に来ないか?)


 シェリは微笑んで、合図を返してくれた。


(はい……)


 その微笑みが、遠距離からでもあまりに可憐だったものだから、俺は心臓の鼓動がどきどきと高鳴るのを抑えきれなくなった。シェリが欲しい、シェリを永遠に見つめていたいと、そんな思いがとぐろを巻いて本能に流されそうになる。


 ……いかんいかん。


 今の俺はシェリの寂しさを紛らわすのが目的なんだ。

 役得を楽しんでいるようでは、シェリに合わせる顔が無い。


 そう考えて、何とか理性を取り戻す。


 それから、俺たち二人は、別々に示し合わせて裏庭の人気のない区画に向かった。


 季節は10月。

 風流な虫の声が辺りに響く中、木々の影になった所で俺とシェリは落ち合った。


「渡したい物とは、いったいどんなものなのでしょう?」


 シェリはきょとんとした表情で、そんな事を言う。

 可愛い。可愛すぎる。

 そんな思いを必死に抑えて、俺は平静を取り繕う。


「渡したいのは、俺が作った、魔道具だ。いつか、キミに会った時、キミに渡したいと思って作っていた物なんだ」


 その言葉には、シェリも驚いたようだった。


「そんな……会える保証なんてどこにもないのに、わたくしをイメージして作ってくださるなんて……嬉しいです。ありがとうございます、クロウ」


 俺は神様から、学園に〈試練と向き合う者〉が集うと聞いていたからこそできた事ではあったのだが、正直、俺は聞いていなくても、シェリのためのプレゼントは作ってしまっていただろう。


「感謝するのは、実際に見てみてからにしてくれればいい。その魔道具ってのが、これなんだ」


 俺は、時魔法で作った異空間から、一つの人形を取り出す。


「これは……小さな女の子の……天使を象った人形……でしょうか?」


「ああ。一人きりになれる場所で、これを胸に抱いて、魔力を込めてみてほしい。そっと、ゆっくりでいいから。その後起こる事は、キミの心の中だけで起こる。安心して、好きに振舞ってほしい」


「……はい」


 シェリは、何が起こるのか分からず少し戸惑っているようだが、了承してくれた。


「……それじゃ!」


 俺はそれだけ言い残すと、シェリの元を去った。


 シェリは不思議そうな表情で、そんな俺の事を見つめていたように思う。

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