第4話 ツァイト伯
俺、クロウ・ツァイトは、今世において魔法芸術学園に進学する事になるだろう。
俺はそれにあたって、前世では全く縁が無かった芸術魔法というものを、自分なりに考えて実践しようとしていた。
ちなみに、縁が無かっただけで、前世の時代にも魔法を芸術に用いようという動きは確かに存在していた。
芸術は、時に人の心を楽しませ、時に人の傷を癒す。
そんな、平和で人を幸せにするような魔法を、大量殺人犯といってもいい俺がやる事になるなど、前世では想像もしなかったが。
話を戻そう。
アマナに作った指輪も俺の魔法芸術をやってみるという実験の一つだ。
とはいえあれは綺麗な蝶が鱗粉をまき散らすだけの単純な魔道具で、魔法芸術のランク付けで言えばDランクか、せいぜいCランクが関の山だろう。
そう、魔法芸術には、絶対的な神の審美眼による評価基準というものが存在する。
これは、魔法芸術学園や、ミリス教の教会本部などに存在する、特殊な魔道具にアクセスする事で測定が可能らしい。
この最高ランクは、SSSランクと呼ばれ、至高の芸術と評される。
人の人生観を根底から変えるような衝撃を与える芸術、などといったものがこれに当てはまるようだ。
俺は、魔法芸術学園で、このSSSランク魔法芸術を作る事を目指している。
やるからには一番を目指したい、という単純な競争心からでもあるが、アマナが一度見てみたいと言っていた事も大きい。
アマナは前世で裕福な家庭に一応育っていた事もあり、魔法芸術に触れる機会はあったらしく、それを大変気に入った思い出があったそうだ。
「あのとき見たDランクの魔法芸術でもあんなに感動するのに、SSSランクの魔法芸術なんて見たら、どうなってしまうのでしょうね。一度味わってみたいものです。もしかしたら、わたしの未練というのはそれなのかもしれません」
というのがアマナの弁だった。
だが残念ながら、ミリス教において、SSSランク魔法芸術は神への捧げものとして、厳重に教会に永久保存される事が決まっている。
だから、SSSランク魔法芸術を味わうというアマナの夢は、基本的に叶わない事になる。
とはいえ、アマナ本人がそれが未練かもしれないと言っているのだ。
単に俺に頑張らせて、その成果を味わいたいだけであろうにしても、アマナの未練の解消を使命の一つとして帯びている俺は、それを忘れる事はできない。
SSSランク魔法芸術を自力で作り上げ、それをアマナに味わってもらう。
そうする事は、俺の使命を果たすうえで、無視できない目標となっているのだ。
そのために、今日は俺も、貴族としての勉強などは放置して、魔法芸術作品作りに励む。
これも、同胞である〈試練と向き合う者〉の未練解消のためだ。
それは、前世で数多くの〈試練と向き合う者〉達の悲劇を見てきた俺にとって、確かに彼ら彼女らにやってあげたい事だった。
それが、彼らの不幸への手向けだろうから。
*****
さて、気づけば記念パーティの日取りがやってきた。
俺は魔法芸術作品作りに励んだり、アマナに礼儀作法を教わったりしながら日々を過ごし、当日がやってきた。
王都には、数日前から、領地に住む子女たちとその親が、何台もの馬車に乗って次々とやってきている。
その中には、普段は領地の方に住んでいる俺の現世の父親、ツァイト伯も含まれていた。
父親といっても、一緒に住んでいない時点で、その関係は希薄だ。
父にはもう一人妻がいて、今はその妻や子供たちと領地に暮らしている。
俺の母親は俺を生んですぐ亡くなっているので、俺は比較的孤独な家族生活を送っていた。
もっとも、前世でも孤児だったので、現世はアマナなどがいる分マシかなと思っていたりはするが。
父親、ツァイト伯を出迎えた時、ちょうどうちにはアマナが遊びに来ていた。
俺は場の流れで、ローレライ伯の娘としてアマナを紹介する。
ツァイト伯はアマナを見つめて、その指にオオルリアゲハの指輪が嵌っているのを見て、こういった。
「はじめまして、ローレライ家のお嬢さん。美しい指輪をつけているね」
「はじめまして、ツァイト伯。これはクロウが作ったものです」
その言葉には、ツァイト伯は素直に驚いたようだった。
「ほう。我が息子にそんな特技があったとは知らなかったな」
「良かったらこの指輪の真価をお見せしましょうか、ツァイト伯」
「真価とな。一体どんな秘密が隠されているのかな?」
「これを見ていてください」
アマナが、ゆっくりと指輪に魔力を込める。
オオルリアゲハのオブジェが、じわじわと大きくなり、青く光る実体となって、ぱたり、ぱたりと羽をはためかせ、屋敷の廊下に舞う。
「……これは……!」
オオルリアゲハは次第に大きくなりながら、アマナの意思の元、ツァイト伯の方まで飛んでいき、ツァイト伯の眼前で、その大きさはピークを迎え、ふっと花火のように光をまき散らして消えてしまう。
「……儚いな……そして美しい……これを、クロウが作ったのか?」
「はい、そうです。そしてこれをわたしにプレゼントしてくださいました。わたしの宝物となっています」
「ははっ、そうか。面白い話を聞かせてもらった。クロウの母親と今の妻は不仲だったのでな。いらぬ諍いが起こるやもと、クロウを王都に置いてほったらかしにしていたが……まさかここまで出来のいい作品をその年で作れるほどとはな。この才能は、魔法芸術学園に進学させてあげないといけないかもしれないな」
その言葉は、棚から牡丹餅といった感じだったが、僥倖だった。
「父上、その言葉嬉しく思います。わたしも魔法芸術学園にはかねてから興味を持ち、研鑽を積んでまいりました。魔法芸術学園には貴族の子女も多く集います。そうした中で日々を過ごす事は、わが家にとっても有益なのではないかと愚考します」
「ふむ……堂々とした話しぶりだ。大したものだな。子は勝手に育つというが、まさにその通りか……さて、来るのが当日になってしまったが、本日はクロウとアマナ嬢が主役の、12歳記念パーティだ。会場は宮殿になる事は聞いているな。本日のパーティには、今年で12歳を迎えられる王女殿下もいらっしゃる。くれぐれも失礼のないよう、礼儀作法には細心の注意を払ってほしい」
その言葉に、ごくりと唾を飲んでしまう。
え、王女様までいるのか?
「王女殿下までいらっしゃるのですね。覚えめでたく、となれば良いのですが」
アマナはそんな話しぶりで、堂々とツァイト伯と話を続けていた。
「まあ気負う事はない。我らは伯爵家だ。本当に王女殿下の覚えをめでたくしないといけないのは、侯爵家、公爵家だよ。当然、時間の多くも彼らに割かれる事だろう。不安に思う事はない」
ツァイト伯はそういってアマナを安心させようとしていたが……
この言葉が大いに間違っていた事が、数時間後パーティ会場にて判明する。
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