第35話 栞

〈敵〉の存在が明らかに。

 帝国騎士の叛逆。

 断罪官二名の殉職。

 聖典の原書、行方不明。

 などなど。

 それらの事実は大陸中の国々に素早く広まり、ある程度の重役やら国民やらを驚かせた。

 なお、詳細は調査中である。



 とある酒場にて。

「そっちはともかくとして」

 カイルは黒い本を指さしてから、

「そっちも持ってきたのか」灰色の薄汚れた本を指さした。

 この酒場は昼でも大変な賑わいなので声を張り上げなければならない。

「だって、預けるところないもん」

「まあ確かに」

 エオラーンは激しい戦闘の末崩壊してしまった故。

 ライラは灰色の表紙に触れながら言った。

「おねえちゃんはこの世界に必要だから、ワタシの中に入れる訳にもいかないし」

「へえ……」

 その辺、カイルはよくわからないままである。

 ただ、「この世界に必要」という部分は直感的にわからなくもない気もする。

 カイルはジョッキに残ったビールを一気に飲み干した。

 わからないことはライラに任せていけばいいと、カイルは思った。

「じゃあ、僕はもう行く」

 口元を拭ってから、彼は腰をあげた。

「あれ、どこいくの」

「レミードのところだよ。これから教会を潰そうってのに、あいつに会わないわけにはいかない」

「ああ……」

 まあケジメというやつだろうか。

「もう呪いはないんだから気をつけろよな」

「大丈夫、カイルが守ってくれるから」

「はいはい」カイルは歩き去りながら言った。

「あ、本当にお会計してくれた?」

 ライラが問うと、カイルは出口の方を見た。

 カウンターの近くで、給仕が忙しそうに客の対応をしている。

 騙された苦い思い出が蘇って、カイルは物悲しげに笑った。

「したよ」数秒経ってから、カイルは言った。

 それから背中越しに手を振って、去っていく。

 ライラはそれを黙って見届けた。

 カイルの姿が見えなくなった後もしばらくその方向をぼーっと見続けていたが、突然思い出したように本をマント裏にしまうと、ジョッキを覗いた。

 まだ半分ほど残っていた。

「何しよう」

 今日の午後の話だ。

 暇な日というのも久々である。ただし、いつ暇じゃなくなるかはわからないわけだが。

「よし、」

 早速やることが決まった。

 ライラはビールを飲み干して席を立つ。

 実際にそれが達成できるのは一体何年先なのかわかったものではないが、教会が倒れれば社会はガラリと変わるはず。準備は早い方がいい。

「まずは場所探しかな」

 店を出ると給仕のお姉さんが手を振ってくれた。

 真顔のまま、振り返す。本当に会計は済んでいるらしい。

 外の天気は別に良いわけではなく、それなりの曇り空で気温も低い。

 しかし街は変わらず賑わっている。道をゆく人々、新聞を売る少年、商店の店番をする老人、教会の扉を開ける女性。

 ライラたちがどんな事件を起こそうとも、当事者からは程遠い彼らの生活が大きく変化することはなかったようだ。

 ライラは彼らの顔を見渡しながら、曇り空の街を歩く。

 たまに不振がるような目線を向けられながらも、ライラは自分のことを考える。

 自分が持った夢の一つ目について、考える。

「館名は何にしよっかな」

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ライラの図書館〜認識されない少女と真面目騎士。一冊の原書を探す禁忌の旅〜 紳士やつはし @110503

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