第34話 ワタシと、私
ウエルは苦悶の表情を浮かべ、距離を取ろうと後退する。しかしカイルは逃さない。
ウエルの右腕を切り落とした。だがカイルが体勢を整える頃にはもう再生していた。
カイルは別に驚かなかった。
虫を振り払うように大剣を振りながら、ウエルは言う。
「貴様ごときが教会の秩序に口を出すな」
「目を背けてるだけだろ。そんなもの秩序じゃない!」
再びの火花。閃光。
接近を拒否するウエルの剣と、それを掻い潜ろうとするカイルの剣が交差する。
何度も、何度も。
「そうだ、貴様は知らないからそんなことが言える。人々に必要な安寧がどんなものなのかを知らないから!」
ウエルの炎が激しく燃え上がった。
ウエルには、仲間を失った悲しみと憎しみを処理する捌け口が必要だった。そうでもしなければ、ウエルは死んでしまう。死ぬのは嫌だった。
書庫の床に亀裂が入った。それはウエルの立っている位置を中心としていた。
打ち合うたび、カイルの剣に伝わる重みが倍増した。
カイルはなす術なく距離を取る。その瞬間、形勢が逆転した。
ウエルが距離を詰めた速さは、カイルから見ても一瞬だった。
一段と激しい光が散る。カイルの剣がその一撃の重みに耐えられたのは奇跡と言っても過言ではなかった。
だがそこから始まるのは力比べであった。もう一度、さらにもう一度。ウエルの足元に亀裂が入る。
そして次の瞬間、ウエルの刃がほんの僅かに、カイルの剣に食い込んだ。
カイルは自分の剣ごと力を横へ投げ捨てた。剣が折れるくらいなら一旦捨てた方がずっとマシだった。
両者の剣が横に大きく逸れた。その場合の身のこなしに慣れているのは、特大剣を扱うウエルの方だった。
カイルは横腹を蹴られ、大きくぶっ飛んだ。巨大な本棚に突っ込んで土煙をあげる。
いろんな骨をたくさん折った。
土煙の中から、満身創痍で倒れ伏すカイルが見えた。
ウエルは一瞬で近寄って、その剣を振るった。
重い刃がカイルの首を捉える瞬間、
ページがめくれる音がした。
「お願い!」
その剣がピタリと止まった。
ウエルは驚愕の表情を浮かべながら、瞳だけを忙しなく動かしていた。
カイルはその光景に既視感を覚えた。でもあの時とは相違点がいくつもあった。
ライラはウエルの方に開いた手を伸ばしていた。周りに三色の本が浮かんでいる。
ライラはそのまま歩き始めた。
「カイル。一つ、確認したいことがあるんだけど」
そう言ってカイルのそばに立つと、ライラは顔だけカイルに向けた。
カイルはおぼつかない視線だけで続きを促す。
「迷惑かけてもいい?」と、ライラは言った。
カイルは目を瞑った。数秒してから目を開けると同時、痛みに耐えながら、かつ力を振り絞って声を出す。
「いいにきまってるだろ」
ライラはほんの少しだけ微笑んだ。それから、ウエルの目を見た。
「あなたには選んでもらう。死ぬか、魔獣になるか、私と生きるか」
ウエルの目の前にいるのは憎き相手のはずだった。でもウエルは、その目に涙を流していた。
一体彼女に何が見えているのか、カイルにはわからなかった。
「いきたい」
ウエルは微かに動く口で言った。
「いいよ」
ライラはそう言って、ウエルに向かって真っ直ぐかざしていた手を、力一杯に開いた。
ライラのマントが揺れて、ふわりとなびく。
「『あなたの物語を歓迎する。ワタシが、私でいるために』〈ライラ〉」
とある光が、ライラの手に収束する。
なんの飾り気もなく質素で、それでいて根源的な温かみを帯びた光だった。
その白い
ライラは混在の呪いを捨てた。
呪いとは、本人の意思とは無関係に発動する魔術であり、本人の意思を縛る理想であり、また、自らの意思で拭い去ることのできるものであり、そして、その瞬間に突発的な力へと転じるものである。
放たれたのは、単なる一本の光だった。
それはウエルの体を容易に飲み込み、反対側の壁を破壊して、ついには遺跡を抜け出し白銀の外界へ、どこまでも貫いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます