第33話 魔性と、人性

 ウエルはカイルとライラを見て、大きく息を吐き出した。

「きたない」

 そしてたくさん棘が刺さった体をよじって背中の剣を掴み、片手で振り上げた。

「おいよせ!」

 カイルの制止を完全に無視して、ウエルはレンゼの首に剣を振り下ろした。

 首が切れた。

 ウエルはレンゼだったものの髪をつかみ、顔を自分の方へ向けて掲げた。

 それはもう一切微動だにしない、なおかつ体を無くした、ただのモノ。

「ああやっぱり、こうなればちょっとはマシな顔に見えます」

 恍惚とした表情で、そう言った。この時ウエルは初めて、レンゼの顔に好感を抱いたのである。

「何してんだああ!」

 カイルは思わず叫んでいた。それは怒りを通り越していた。

 ウエルは視線をカイルの方へ移すと、レンゼの首を投げ捨てた。

「見えます。見えます」

 ウエルはジリジリと歩み寄った。

 口から血を流している。胴体からはもっと流している。なのに、どうして動くのか。

 カイルはほんの一瞬だが、恐怖した。

 無理もないことだ。カイルはソレを二度、味わっているのだから。

 ウエルの上体、左半分が黒く変色した。

 そこから崩れることなく、黒いまま形を残した。顔の左側、右の足先も、同じように変化した。

 それはまるで、黒く燃えているかのようだった。

 カイルの恐怖が一瞬に留まったのは、それが魔獣にすらなれていない存在だったからだ。

 ライラはかろうじて顔を上げた。

 ウエルと完全に目があった。少しの間驚いて、すぐにライラは悲しそうな顔をした。

 しかしああなってしまったら、倒しようがないのではないか。

 絶望感が体を伝っていく。

 だがカイルは剣を構えていた。倒せるか倒せないかなど、彼は考えていなかった。

 ウエルがライラを狙っていたから、戦うという選択肢以外なかった。

「カイル待って」

「待たない。君はあれを倒す方法を考えろ」

「でも、そんなの」

「きっとある」

 ライラは沈黙した。カイルのとある変化に気がついたからだ。

「それに僕は、あの人を助けたい」

 カイルの体が白く発光した。

 彼もまた、炎を纏っていた。全身を白い炎で燃え上がらせていた。

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「振り切れてるの……?」ライラは呟いた。

 そんな現象をライラは初めて見た。魔獣化の真逆。だがそれは本来、死を意味するはずである。

 ライラは〈主〉を一瞥した。

 直後、カイルは地面を蹴り、ウエルに斬りかかった。

 激しい火花が散った。剣術素人のライラには全く見えない動きだった。

「邪魔をするのですか。カイル・シティード!」

 ウエルは片手で大剣を操り、受け流した攻撃に三度の反撃を浴びせた。高音に空気が震え、閃光が幾度も炸裂する。

「私は穢れを取り除きたいだけなのに!」

 三度全てをカイルはいなした。巨大な触手よりはずっと速かったが、軽い。それはつまり対人寄りであり、カイルの得意分野ということだった。

「魔性は穢れなんかじゃない」

 カイルの言葉でライラはハッとした。

 それはライラ自身も、どこかで諦めていたものだった。

 きっと、だからである。だからライラは自分からきっかけを作らず、人間との関わりを作らず、影に徹してきたのだ。でも、魔性は汚れなんかじゃない。その通りのはずだ。

 ライラは苦痛が随分和らいでいることに気がついた。

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