第31話 二本の剣

 石の槍は高速で射出された。ウエルはただ後ろ髪をなびかせるみたいにかわした。タイミングを重ねたはずの二本目は、花でも摘むみたいに。

 速さも手数も足りていない。だが槍を生成する過程を怠れば十分な威力は出ない。

 ライラは〈空執事〉を取り出した。

 黄色い本のページを開いて言う。

「二人ともお願い。協力してほしい」

 了承を得た。と同時に突きが迫る。

 信じられない長さの突きはライラの警戒外から迫り、寸前で身を翻すも肩のあたりを抉られた。

「っ————!」

 想像を遥かに超える痛み。

 なるほどやはり、あの剣こそが断罪官を断罪官たらしめているらしい。

 攻撃後の後隙を狙って、ライラは背後に隠していた石槍を射出した。

 これにはウエルも余裕とはいかず、身を翻す動きに大きなブレを生んだ。

 その瞬間に別の槍を射出。ウエルの隙と重なった。

 ウエルは迫る槍に向かって手を伸ばした。すると、槍は崩れてただの欠片となった。

 欠片はウエルの顔面にパラパラ降りかかるだけで、結果的に彼女をさらに怒らせただけだった。

 あれを対策しなければならない。

 だが、結論は早かった。

 村娘の探知によって、この滅んだ街の周囲に何があるのかをライラは把握していた。あとはそれを持ってきて、格納する。

「『忘れたおもちゃに片がつくなら、壊れた時計も祝福を受ける』」

 ウエルがいきなり目の前に現れた。認識の遅れがない状態、つまりハンデがない状態のスピードである。彼女は剣を振りあげた。

 ライラははっきりと言う。

「やって」

 次の瞬間、ウエルの胴体を一周するように、いくつもの棘が突き刺さった。

 ウエルは思うように動かなくなった体に異変を感じ、立ち止まってその棘を見る。

 棘の正体は古びた直剣、槍、矢。

 この建築物の外にあったものをそのまま使ったため、生成の段階がなく、故に奇襲は成功した。

 ウエルはおぞましい視線をライラに向けながら、己の体を血痕とともに引きずる。

 ダメージは甚大なはずなのに、片手で大剣を振り上げた。

「よくも、私の、体に……」

 しかし何かを言いかけたところで、すぐに血を吐いて、そして倒れた。

 振り上げられた特大剣が重力によって落下し、地面の石にぶつかって耳障りな音を響かせる。

 ライラは一度下を向いて沈黙し、

「ごめんね」と言った。


「……前世だって?」

「そう。この顔を任された人の寿命は短いから、よくある話だ。俺はその子から顔と名前を引き継いだから、ここにいる」

「それは……自分の意思なのか」

「へえ、気になる?」

 レンゼは嘲笑する。

「俺も彼女も、自分の意思だ。〈敵〉を捕らえるためのきっかけになれるんだから、当たり前だろ?」

 つまりこの顔は、教会が混在の呪いを突破するために考案した対抗策。

 カイルはその対抗策の恩恵をまんまと享受していたわけだ。

「……」

「どうかした?」

 カイルは拳を握り込み、下を向いた。

 思い出の中の少女が、ライラの敵だったから。

 それはつまり、カイルの中にあった支柱が縦に真っ二つとなったことを意味する。

「あ、っそう」苛立たしげにレンゼは言った。「じゃあもういいよ。死んでも」

 レンゼは大して暇じゃないし辛抱強くもない。故に大剣を握り、殺意を込めて構えた。

 カイルは何もできない自分を恥じた。剣も意思も、何もない。

 やはり引き返すべきだったのかもしれないと、カイルは思った。中途半端な覚悟で来るべき場所ではなかったのだ。

 その時、思考が分岐した。

 カイルは思い当たった。断罪官の二人は、一体どうやってここまで来たのだろう、と。

 彼の頭は活性化し、思考の回転率をあげていく。

「ノイズという名前は、知っているか」唐突に質問が口を出た。

「ん?」

「答えろ」

「ノイズ、どっかで……ああ、三日前に殺した魔術師が確かそんな名前だったな」

「ああ……そうか」

 カイルは真剣な表情でレンゼの顔を見た。カイルは様々なことを理解した。

「怒ったかな騎士殿」

「さあ、どうだろうな」

 怒りの感情は当然あった。しかしそれだけではないいろんなものも一緒だった。

 例えば村娘は、『あなたも呪いを持っているのね』と言った。

 例えばレミードは、『出世しないか?』と言った。

 例えば、いつかの少女は、『カイルの中に何を置くかは、カイルが決めなきゃダメなんだよ』と言った。

 カイルのとっての騎士は、理想だった。

 一つの絶対的な理想を持ち続けることが、カイルと言う男なのだとカイルは思っていた。

 その結果がこの体たらくだ。

「でもあんたのおかげで、気づいたよ」

 カイルはずっと、勘違いをしていた。

『騎士とは民の力となる者の名だ』と、父に言われたあの瞬間から。

 そうでなければ、ノイズという魔術師が死んでどうして、「ありがとう」と、思っているのだろうか。

 理想の騎士ならば、自分の代わりに犠牲になった人間、ましてや魔術師に感謝なんてしない。

 なのに、この感情を否定したくはない。何故ならそれはきっと、カイルが自分の中に見つけた置物の正体だからだ。

「僕は……ライラも、ノイズも、〈紅童〉も、〈村娘〉も、〈空執事〉も、レミードも、騎士団も……全部好きだ」

 レンゼは目を細めた。

 カイルは薄い明かりに剣をかざした。金属の部分がオレンジ色に縁取られて輝いた。

 そして彼は、柄とボロボロの鞘を結ぶ紐に手を伸ばした。

「それと……」

 カイルは紐を丁寧に解いた。紺色の紐はスルリと彼の手から落ちて舞い、冷たい地面に触れた。

「大切なものを守れないならきっと、正義だって、剣だって、なんの価値もないんだ」

 言って、剣の柄を固く握りしめ、壊れかけの鞘を引き抜いた。

「へえ……」

 白銀の刃。その美しい輝きに、レンゼは感嘆の息を漏らした。

「試すんだろ」カイルは言いながら、解き放った剣を構える。「僕の剣が断罪官あんたらに通用するのかどうか」

 レンゼは爽快に笑った。

 先ほどのカイルは手を抜いていたわけではない。たった今攻撃の意思が芽生えただけ。

 たったそれだけでこの気迫。この剣気。死んだ方がマシだと何度も思いかけた断罪官の修練が、もしかしたら甘かったのかもしれないと勘違いしてしまうほどだった。

 レンゼは特別なことが好きだった。

 特別バカで特別強く、そして魔術師でないこの男に、特別な一撃を与えたくなった。故に彼は、あらゆる感情や規則を無視して、

 自身の体に魔術を込めた。

 対するカイルは無表情で相手の姿を眺めている。ただレンゼを叩き潰すことだけを考えていた。

 カイルは剣を中段に構え、レンゼは水平にして構えた。

 長さのわからない沈黙が、二人の間を結ぶ一本の線を明確にした。

 両者ほぼ同時に動いた。

 一方は斜め上に跳び、強化された体をフルに使って、超高速の回転攻撃を仕掛けた。

 もう一方はただの突きだった。三歩踏み出し、体に充分引きつけた剣を一気に射出することで、やや上方から飛来する巨大な旋回斬りを迎え撃つ。

 レンゼの斬撃がカイルの首を、カイルの突きがレンゼの喉を捉えた。

 二つの攻撃は相反し、やがて接触した。

 前者が軌道を変え、後者は微動だにしなかった。結果、

 カイルのひと突きが、レンゼの喉元を貫いた。

 白い特大剣がそばで落下した。

 カイルは攻撃後の体勢で硬直し、レンゼは驚かされた表情でカイルを見ていた。

「ほおい……なんだよ今の」

 喉の穴から空気を漏らしながら彼は言った。

 視線だけ見上げて、カイルはレンゼと目を合わせた。

「あんたの体捌きはもう見切ってた」

 剣術において勝者とは、体軸を支配した者のことだ。

 レンゼは笑いながら、己を殺す刃を握った。

「くっそ、まけた」

 カイルは剣を引き抜いた。レンゼは手前に倒れ、カイルの横に転がった。

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