第30話 顔
ライラは爆音で目を覚ました。
登り階段の方から、石の破片がそこかしこに散らばって、赤い液体が滴り落ちた。
入り口が破壊された直後にライラは起きたはずだった。
だがすぐにその顔が驚愕に歪む。
ツヴァイヘンダーを掲げる
ウエルは大剣を横に振り払った。従者の体が飛んできて、ライラの少し後ろで転がった。
「どうして」いろんな疑問が重なって、ライラはそれだけ口にした。
「汚物が汚物を庇っていたら、汚いので」
ウエルは見下しながら言った。
すると、階段の方から別の声がした。
「おーい、顔パスで入れるって言ったじゃんか」
中性的な声。ツヴァイヘンダー。もう一人の断罪官。
名を、レンゼ。
ライラは彼の顔を見て固まった。
ウエルは首だけ振り向いて笑顔を浮かべる。
「まどろっこしいじゃないですか。そういうの」
「妹、さま」
ライラの背後で従者が声をあげた。そちらを見ると、従者は腹と口から血を垂れ流しながら、ライラの方へ這いずっている。全身が小刻みに震えていた。力を振り絞り、従者はライラの方へ手を伸ばした。
「あるじ様が、あなた、をお待ちです」
力尽きた。
「え……?」
その時、ライラの頭に濁流が押し寄せた。
姉が、待っている。あの姉が。ならあの時のメモも、ライラを呼ぶために。
瞳が忙しなく動き、手先が震え、肩が上下した。
それは感情。ライラの核には無かったはずの、感情。
「何をした」
怒りである。
「おねえちゃんに何をしたぁッ!」
断罪官の二人は冷めた目でライラを見た。きっかけによる繋がりは一瞬で弱まり、レンゼはライラの場所を見失う。しかしライラの存在自体はしっかりと覚えていた。
ウエルは剣を振り上げ、ほぼ水平に跳んだ。その方向にライラはいた。
着地と同時、大剣を片手でぶん回す。
ライラはできる限り全力で後方に身をかわした。
首の数インチ前で空気が切れる。ライラは勢い余ってよろけた。
そこへ踏み込む音がした。大きな音だ。
風圧が起こり、土埃と振動が波紋となって広がった。
すぐ横に、レンゼはいた。彼はウエルの視線だけを頼りにライラを完全に捉え、振り上げた大剣を、迷いなく振り下ろした。
真っ白い刃がライラの顔に届く直前、
ガキン。と、重く甲高い音がする。
彼は、自分の剣が特大剣を受け止める様を見ていた。
「カイル……」
ライラは弱々しく呟いた。
守ってもらった感謝を忘れそうなほどに、この場面におけるカイルの登場が最悪の展開であることに、ライラは気づいた。
彼にとってこの状況は、二つの意味であまりにも酷なのである。
「へえ、受けるんだ」
レンゼは言った。そしてカイルは、彼の顔を見た。
カイルの表情を見て、レンゼは笑った。
「あれえ? そんなにこの顔が好き?」
レンゼの顔は、ライラと瓜二つだった。
驚愕するカイルは一瞬、気が逸れた。
レンゼがちょっとした蹴りを入れるには十分な時間だった。
カイルは通路の方へ吹っ飛んでいった。
「カイル!」
叫んだ直後にウエルの大剣がライラを襲う。屈んで避けたが、余裕はない。
「そっちは任せるよ」
「ええ」
ウエルは部屋を見回しながら、言葉だけで肯定した。
「もう一度聞く。おねえちゃんに何をしたの」一瞬のきっかけで、会話を試みる。
「汚物が喋るな」
ウエルはライラの方向へ飛び出した。
「〈空執事!〉」
ウエルの前に石盤が浮遊した。舌打ちをしてから、大剣で打ち砕く。
彼女に魔術は効かない。しかし魔術で生み出した物理現象ならば干渉はできる。
ウエルは大きく息を吸った。
そしてライラの位置を見た。次の瞬間には正確に攻撃が飛んでくる。
だんだんと位置を小刻みに把握されていっていることに、ライラは焦りを覚えていた。
「臭いので早く消えてください」
よこなぎに振われる刃。天井の石を浮かせて防ぐ。
「お姉ちゃんに何をした。答えて」
あちこち動き回りながら喋る。
ライラの存在に敏感になっていったウエルは、その言葉もより正確に把握できるようになっていった。
「お姉ちゃんだと?」
ウエルが言った。彼女から発せられる全ての情報に怒りが現れていた。
「〈主〉は貴様のようなクソの姉などではないッ!」
あまりに強い気迫に空気が震え、天井から砂埃が落ちた。
「お前さえ、お前さえいなければ、この世界はキレイになれるというのに!」
彼女の視線はまだ、ライラの位置を正確には捉えていない。しかしその怒りの矛先と嗅覚はしっかりとライラの位置を掴んでいた。
どうしてこんなに恨まれているのか、ライラにはわからない。
わかったのは、呪いが完全に効かない理由。単純だ。この怒りによる執着は、ライラの呪いを持ってしても完全には消すことができないのだ。
そしてその怒りは今、徐々に昂ってきている。
だが、怒っているのはライラも同じだった。
「例えワタシが消えても、世界は綺麗になったりしない」
ライラはマント裏から〈空執事〉を取り出した。
「もしあなたたち教会がおねえちゃんを傷つけたなら、ワタシはあなたたちを愛せない」
ページが開く。
散らばった石の破片が浮遊して集まり、数本の槍を形成した。
カイルが受け身を取って顔をあげた直後、暗闇の奥からレンゼは姿を表した。
カイルは両脇の壁を確認する。残念なことに、特大剣を満足に振るうには充分なスペースがこの通路にはある。
「君、強いんだろ?」
彼は楽しそうに言った。
「
刃が迫ってきた。
下がって避け、相手の体が来るところに攻撃を置く。
だが剣の通るべき道筋は、巨大な剣に防がれた。
どうしてそんなに早く動けるのか、カイルでもさっぱりわからなかった。
「なんだ、そりゃ」
カイルの剣を見て、レンゼは言った。
鞘と
彼は舌打ちをして、刃の根本にある持ち手を握った。
「なるほどね!」
振り抜く。
カイルは軌道を逸らしながら退いた。そうしなければ真っ二つだ。
「迷ってるのか、君は」
カイルは苦悶の表情を浮かべた。
リーチの差は圧倒的なため、レンゼは一歩踏み出せば間合いに入る。
大剣が縦に振られた。絶大な威力を秘めたそれを何度も受けるのは得策ではない。
素人相手ならば受け流して体勢を崩してしまえばそれで終わりだが、レンゼ相手ではそうはいかなかった。
ならば魔獣と戦った時と同じだ。攻撃に添えて、身をかわす。
レンゼは振り抜いた剣を引き戻して、ガード体勢をとる。しかしカイルは打ち込まなかった。やっぱりな、とレンゼは思った。
「そんなんだったらやめちゃえばいいのに」
ガードを解きながら言う。
「君は騎士なんだろ? 犯罪者じゃなくてさ。家族だっているし、家柄だってあるだろうに。君がそこまでしてここに来る意味はないだろ」
レンゼは構えを解いていた。彼は別に戦闘狂ではないのだ。
今、カイルは犯罪を目撃されている。これが正式に報告されれば、カイルも家族もおしまいだ。
そんなカイルの思考を読むかのように、レンゼは続ける。
「俺は細かいことを気にしないタイプでね。今こちら側に着くなら、見なかったことにしてあげてもいいけど」
レンゼは片手で目隠しのポーズを取った。
カイルは何も言わなかったが、頭の中ではレミードの言葉を思い出していた。
騎士団を見極めたいなら、見渡せる位置まで上り詰めればいい。
「一つ、教えてくれ」
「なにさ」
「レンゼという女の子を知ってるか」
「ああ、」男は笑い半分の息を漏らした。「きっと俺の前世だよその子」
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