堅い街で、ものさがし
第20話 酒場にて
北の街ベルフは堅い街だ。
建物は黒煉瓦の造りがほとんどで、暖かい木の建築物はない。しかし活気という点においては先の街を凌ぐ勢いだ。聖典への信仰が特に根深い街ゆえに。
カイルとライラも、広場の賑わいを見て大変満足していた。人が集まるところには、必然的に情報も集まるはずだ。
「さむ」
そよ風が吹いて、ライラのマントの下を通る。やっぱり旅人には見えない。
寒いのは当然だが、雪はまだ降っていないようだ。実際、これしきの寒さならカイルにはどうってことはない。
とはいえ、二人とも一刻も早く食事をとりたかった。
ライラは単純に腹が減っていたし、カイルは野菜のない食生活に耐えきれなくなっていた。
着いたのは大衆酒場。ベルフは酒が有名だ。昼からやってる酒場なんてそこらじゅうにある。
カイルは店内の食卓をざっと見て、野菜もちゃんと扱っていることを確認してから中に入った。
大変な賑わいである。
「いらっしゃい!」
給仕のお姉さんが来て、席に案内してくれた。四人掛けの円テーブルだ。一人の客が既に座っている。
二人はその客の顔を数秒見つめた。その客も二人を見つめた。
お姉さんは一瞬戸惑ったが、二人がなんの問題もなく椅子に座ったので特に気にしなかった。
カイルが手を挙げて早速注文をお願いする。
「チーズとパンと、それから野菜を三品ほど。あと、」ライラをチラッと見て、「酒飲むか?」
「のむ」
「じゃあ、酒と水を」
「はいはーい」
お姉さんが厨房の方に消えていくのを確認すると、二人は一息ついてテーブルの上に手を組む。
向かいの客が抑揚の乏しい声で言った。
「いやあどうも。お二人は旅の方ですか。ところでそちらの方は飲まれないので?」
二人同時に向かいに座っている男を見た。答えない。
「この街の酒は安いのに上質でしてね。たとえ騎士殿でも侮らない方がいい。それでも疑うと仰るならわたくしのを一口あげますよ」
「これから大事な用事があるから飲まないだけだ。ここの酒が美味いことはもう知ってる。そんなことより!」
「なんでいるの」
ライラが言うと、ノイズはテーブルに頬杖をついた。
「俺が聞きたい」
ノイズは自分のジョッキを口につける。
「そう怪しむな。詫びの気持ちはあるんだ。その証拠に、会計は任されてやってもいいと思ってる」
「あいにく僕は金に釣られないタイプだ」
ノイズはため息をつく。
「これは誠意だぞ。釣ろうって話じゃあない。俺は金を大切にする男だ。そんな下品な真似はしない」
「大切にしているようには見えないけどな」
そもそも人のものを盗っているのだから説得力はない。しかしこの男、嘘は言っていない。
「金は大切だ。価値があるからな。俺みたいな中身の無い人間は、こういうわかりやすい価値に縋らないとやっていけないのさ」
いきなり説得力がついた。中身のない人間というのが特に。
カイルは変に反論できなくなった。
「だったらなんで戻らずにこの街へ来た。あんたの仕事は御者だろ」
「お前たちに興味が湧いた」
「やっぱ怪しいじゃないか!」
「騒がしい小僧だな。少し調べただけだ」
「調べる? 何をだ」
「お前のことだカイル・シティード」ノイズはびしりと指を差す。「この街は書庫も情報屋も豊富でな。随分嫌われてたそうじゃないか」
「余計なお世話だ」
鼻で笑うノイズ。今度は視線だけずらした。
「そっちのお嬢さんは、どうせ無意味だから手をつけてないが、」
「ライラ」
「おっと失敬した。で、お前らの目的についてだが、」
ライラは眉をひそめる。
「この社会をぶっ壊すこと。違うか?」
「全然違う」
「なんでそうなったんだ」カイルも目を細めた。
「はは。違うのか。残念だ」そう言って酒を一口飲み、「ますます興味が湧いた」
わけがわからんかった。
「短時間でそんなに調べられるもんなんだな」とカイルが言う。
「短時間? 一日と半分だぞ」自分で言ったあとで違和感に気づく。「確かに短時間だ」
「待て待て」ついていけなかった。「どうやってそんなに早くついたんだ」
「魔術に決まってるだろう」
「どんな魔術?」
何かを察したライラが尋ねた。
「
「ひこう……魔術」
実質的復唱。ライラの目が輝いている。
「言っておくが、この街じゃあ魔術は使わない方がいい。
「ふうん」ライラには関係のない話だ。
「あと教えないぞ」
「どうせワタシには使えない」
「ほお、」ノイズはテーブルから少し体をズラして、ライラの全身を眺めた。「そのようだな」
その一言にはライラもカイルも反応を示さない。でもノイズは気にしない。
「じゃあ、俺は失礼するぞ。まだ調べたいことが残ってるからな」
「おい。会計の話忘れてないだろうな」
「ああもちろんだ。忘れるだなんてありえないだろ」
彼は「じゃあな」と言って席を立つ。
「ちょっと待て」その足をカイルが視線と言葉で止めた。
「なんだ」
「あんた、名は」
名を求められたことを意外に思い、男は鼻で笑う。
「ノイズだ」言いながら背を向け、出口に向かう。
偽名を言っても良かったのだが、今後のためにやめておいた。
それから、「忘れてないだけだがな」と小声で言って給仕を呼び止め、めちゃくちゃどうでもいいことを話して出て行った。もちろん後ろから見ていたカイルは、その行為を会計と勘違いした。その後、店を出る瞬間に給仕に呼び止められ、カイルは己の愚かさを知る事になる。
一週間の期限まで、今日を含めてあと四日。
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