第18話 不死の旅路
「ほら、ついた」
ライラは燃え始めた焚き火を見て、手早く点いたみたいにそう言った。
森の中の、ちょっと開けた場所。向かいにはカイルが座っているが、なんだかげっそりしていて先ほどからほとんど喋らない。
出発してから、野宿は二回目だ。しかし一回目とは訳が違う。
慣れている御者はいないし、夜が開けても馬車はない。
「歩いたらどれくらいかかるかな」
ライラが言うと、カイルは土を見つめながら答える。
「一日か二日だろうな」
「ふうん」
ワタシは慣れてるから良いけど、カイルは装備も重いし大変だろうな、とライラは思った。
だからと言ってどうすることもできないので黙っておいた。
物資は馬車に積んであったものがあるし不可能じゃない。ならとやかく言わずにやるのが一番いい気がした。
何度目かの沈黙が訪れる。ライラは何か喋ろうと思ったが、どう喋って良いのかわからなかった。
今まで自分から積極的に喋ってこなかったのだ。今更できるわけがない。
どうしたら良いのか気まずそうにしていると、カイルの方から口を開いた。
「なあ、聞いてもいいか」
「なに?」
ライラはパッとカイルの方を見て答えた。カイルの視線はまだ土の上に向いていた。
「君は、ちゃんとライラなのか?」
「え? そうだよ」
「ならあの時の死体は君じゃないのか?」
明らかに沈んだ声だった。少なくとも、好奇心による質問と言う感じではない。
あの時というのは、きっと倒木で一度死んだ時のことだ。
「ワタシだけど……あ、」
カイルの言っている意味はわからなかったが、一つ、可能性は思いあたった。
「いきなり自害したりしてごめん。でも、死なないから。ワタシ」
「死なない……?」
見ればわかることだったが、カイルは今になってしっかりと驚いた。
死なないという事実に対してはもちろん、魔術はそんなことも可能にするのかとか、不死とはあんなに不気味なものなのかとか。
カイルは震え気味な視線をライラに向けた。
「今まで何度死んだことがある」
「それは、わからない」
「最後に死んだのはいつだ?」
ライラは数秒考える。ライラが一度生き物でなくなる現象について、それを単に死と呼んでいいものか疑問だったが、そこについては考えないことにした。
「たぶん、五日前くらい」
カイルは言葉の勢いを損なった。
「……それは、どうしてだ」
「ただの、餓死……」
そしてついにカイルは黙った。
ゆっくりと目を閉じて、なんだか息苦しそうにしていた。
ライラは今話したことに後ろめたさを感じていた。馬車の上で食について聞かれた時、適当な嘘をついてしまったからだ。
ライラが一度死から蘇ると、体は完全に平常時の状態に戻る。つまりライラはそれを利用して、何も食べずに餓死を繰り返しながら、旅を続けてきたのだ。
カイルはそのことに気づき、だから言葉を失ったのである。
「なあ、ライラ」
カイルはもう一度ライラを見た。悲しそうな目だった。
「もう自害はしないでほしい」
そこでライラはようやく気がついた。カイルと自分で何かの価値観がズレているらしいことに。
今度はライラが下を向く番だった。
「ごめん、それは約束できない」
「どうして」カイルは強い口調で言った。
「体の苦痛なんかより、もっと嫌なことがあるから」
それはなんだと言いかけて、やめた。
カイルは自分の言っていることがわがままであることに気がついた。また悪い癖が出たのだ。
誰が好き好んで死を選んだりするのだ。
ライラが混在の呪いで自らを隠してきたことをカイルは知っている。
ライラが不用意にきっかけを作りにいかないことを、カイルは知っている。
ライラが長い長い旅をしてきたことを、カイルは知っている。
ずっと関わってこなかったのだ。人間に。
他人の生を眺めながら、人知れず何度も息絶えてきたのだ。
なぜライラは一人でなければならない?
「わかった」
騎士の青年は、ひどく自分を恥じてそう言った。
「ならせめて、自分の体を蔑ろにするのはやめてくれ。……僕がつらい」
「え」
「飯なら僕がなんとかする。それと、……もっと強くなるから」
ライラは驚いていた。自分が死ぬことに対して何も思わないのが、おかしいことだと知らなかったからだ。
そしてもう一つ。
「どうして辛くなるの?」
そこがライラには衝撃だった。
「なんでって……」
当然なことを説明しようとして、カイルは言葉に詰まり、そしてほんの少し赤面した。
ライラが相手でなければ誤解されていたかもしれないような、変なことを言ったことに気づいたからだ。
「特別な理由はない。目の前で仲間が死ぬのは見たくない。しかもそれを当たり前として扱うなんて、絶対にできない」
「ふうん」
ライラはパチパチ燃える焚き火をぼうっと見つめた。
「なかま」カイルに聞こえない声で、そう呟いた。
この時点で、カイルが若干の勘違いをしていることを述べておかなければならない。
ライラは孤独だ。カイルが思っているよりも孤独だ。
一人よりもずっとずっと残酷な、孤独だ。
ただし今となっては、だった。と言うこともできるのかもしれない。
「なんで、か」
カイルも反対側で焚き火を見つめていた。
揺れる炎と立ち登る火の粉を見ていると、なんだか懐かしい気持ちになった。
カイルは騎士階級の生まれだ。戦争でも起こらない限りは、野宿や焚き火などとは基本的に関わらない人生だ。
ああ、そうか。
カイルはそう思って、自分の両手を見た。
かつても一度、この火を挟んで座ったことがある。
向かいに座っていたのは、誰だったか。
「なあ、ライラ」
ライラは顔をあげ、カイルの顔を見ることで返事をした。炎に照らされるカイルの顔は神妙だが、どこか嬉しそうというか、とにかくさっきよりもいくらかマシな顔つきだった。
「出発前には色々言ったが、僕が君に協力する理由は、本当はもっとくだらないかもしれない」
ライラは首を傾げて眉をひそめた。
「思い出したんだ」
長くしまい込んで、危うく失いかけていたものについて、カイルはライラに話し始めた。
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