第17話 説得

「そうして私は遺跡中の魔物を殲滅し、リアクター起動した。結果は……失敗だったけどね」


 話しているうちにイフナは子供のように膝を抱きかかえ、寂しそうにそう言った。


「……怒らないのか?」


 何年も苦労してようやく見つけた物を俺が台無しにしたわけである。

 怒り狂ってもおかしくない。


「……怒らないさ、怒ったところで、何にもならない。むしろ、君たちに迷惑をかけたことを反省しているところさ」


 しかしイフナは俯いたままそう言う。


「人を傷つけたくないから離れたのに、自分のために君たちを危険に晒した。死ねるなら自分の胸に剣を突き刺して死にたいものだよ」


 そう言うとイフナは背を向けて立ち上がり


「ごめんね、帰り道は開けておくから、君たちは続いて帰るといい。リアクターは壊れたし、崩落の危険性もないだろう...本当に...ごめんなさい」


 そう言って歩き出した。

 彼女はきっと、これからもリアクターを探し続けるのだろう。

 人に迷惑をかけない為に、死ぬために。

 きっと今見送ればイフナは悲しい結末を迎える。

 誰にも関われずに一人、魔力の奔流に巻き込まれて存在ごと消滅するか、リアクターを見つけられず、孤独なまま彷徨い続けるか。

 俺にとっては自分を崩落に巻き込み、炎で焼き、相棒を殺しかけた相手だ。


 だが、このままで良いのか?

 この女性をこのまま見送ってしまって良いのか?

 このまま、悲しみを背負わせたまま何もしないで良いのか?


「待て!」


 結局、俺は彼女の背中を黙って見送ることは出来なかった。

「えっ!?」


 いきなり肩を捕まれ、イフナが困惑の声を上げる。


「えーっと...」


 正直なところ、俺も肩を掴んだはいいが、何かかける言葉を考えていたわけでは無い。

 だが、もし今かける言葉を間違えれば、きっとイフナとは二度会うことは出来ない。

 今の俺に彼女を救えるような言葉は...


 いや、一つだけあった。

 あの日彼女にも言った言葉、言って良かったと心から思えた言葉。


「イフナ、俺と一緒に来ないか?」


 ヴァリウスはイフナを見つめ、そう言った。


「えっ? ……えっ?」


 イフナは何が起こっているのか理解できないといった表情で俺を見る


「だから……俺達なら君と一緒にいられるって言ってるんだ」

「だって……私は君たちを殺しかけたんだぞ?」


 イフナは何とか言葉を作りあげ、反論する。


「だからなんだ?クリスタは生きてるし、俺は死なない」

「えっ?君は……不死者なのか?」

「炎に焼かれて生きてるんだ。それしか有り得ないだろ?」


 俺がそう言うとイフナは困った表情になる。


「でも……私といると君達が不幸になるだろう...?」

「……えーっとじゃあ聞くが、君は山や遺跡に籠るようになってから認識阻害のフード付きローブを手に入れたって言ってたな、その後、情報屋だとか少なくない人と関わっているらしいけど、『不死の探求者達』による被害はあったか?相手もあんたがイフナだと分からなければ手の出しようがないんじゃないか?」


「あっ……えーっと……」

「……『不死の探求者達』なら数年前、大量虐殺に関わったとして構成員全員まとめて打ち首にされましたよ」


 困った表情になるイフナを前に、黙っていたクリスタが口を開く。

 その言葉を聞いたイフナは信じられないといった表情になった。


「じゃ……じゃあ私を追っていた奴らも」

「多分。全員」


「「「…………」」」


 場の空気が固まる。

 イフナもしばらく硬直していたが、しばらくすると彼女の目から一粒の涙が零れ落ちた。


「じゃあ、私、人と……一緒に居てもいいの...?」


 そう言う彼女の姿はどうしようもなく小さく、まるで子供のように見えた。


『ギュッ』


 俺はそれに答えるように、イフナを抱きしめた。


「ああ、一緒に来てくれ」


 そして、できるだけ優しく、そう言った。




「.........」




「――――――――ッ!!!」


 イフナの顔が赤くなる。


「少し考えさせてくれ!」


 そう言うとイフナは出口の方へと走り


「ディクラ!」


 瓦礫を魔法で一瞬にしてどけながら部屋の外へと出ていった。


「「.........」」




「......ダメだったかな?」

「ダメだったかなじゃないですよ!何抱きついてるんですか!」


 クリスタが叫ぶ。


「だって子供みたいになってたし、抱きついて安心させるべきかなって思うだろ!?」

「そういうのは同性の人がやるものであって貴方が抱きついたらそりゃああなりますよ!」

「でもお前は飛べないし歩けないじゃないか!」

「そもそもなんで抱きつくという発想になるんですか!」

「じゃあどうすれば良かったんだよ!」

「知らないですよ!あんな空気にしたのはヴァリウスでしょう!」


 俺とクリスタは叫び合う。

 傍から見ればそれこそ子供の言い争いのように見えただろう。

 ともあれ口論はしばらく続き……


「ハァ……というか、お前は良かったのか?」

「何がですか?」


二人とも落ち着いた後、俺はクリスタに問いかけた。


「一緒に来こないかって言った時、クリスタは良かったのかなって」

「どうしてです?」

「お前を殺しかけた相手だぞ?」


クリスタは少し考えこんだ表情になるが、すぐに顔を上げる。


「悔しいですけど、彼女の……イフナの話を聞いてて、その……かわいそうだなって、救ってあげたいなって思ったんです。私から言い出す勇気はありませんでしたし、ヴァリウスがああ言ってくれて良かったんだと思います」


クリスタの目をよく見ると、少し赤くなっているのが分かった。

彼女もまた、イフナに同情の念を抱いてしまったのだろう。


「……というか、彼女もう行っちゃったじゃないですか!今すぐ追いかけないと!」


 湿っぽい空気を打ち消すようにクリスタがそう言う。


「あ、ああそうだな!よしクリスタ!俺の肩に乗れ!」


 俺も答えるようにそう言ったがクリスタは座ったままだ。


「魔力も殆ど回復してないのに浮遊魔法なんて使えるわけないでしょう、分かったら早く手を……」

「……どうした?」


不自然に言葉を途切れさせたクリスタに俺は近寄った。


「い、いえ、あの……こっち向かないで下さい」

「えっ?」


突然の事に俺は困惑する。


「えーっとその……すすで気が付かなかったんですが……とりあえず……」


クリスタはそう言うと話の間に回復した僅かな魔力で


「これで……隠してください……」


長い布を取り出した。


「……あっ…………」


俺も気付く。

俺の体は黒いすすこそ纏っていたものの...

布一つ、纏っていなかった。


「「…………」」


つまり、俺は、布一つ纏わぬ状態で。

全裸で、女性に、抱きついたのだ。


「殺してくれ……」


俺は布を腰に巻くと、崩れ落ちてそう言った。


「…………」


クリスタも今回ばかりは何も言わなかった。

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