第7話 殺人的な衝撃波

「ヴァリウス!!」


 クリスタが叫ぶように、俺の名前を呼ぶ。

 どうやらクリスタは、崩落に巻き込まれなかったようだ。

 しかしクリスタの表情には、かつてないほどの焦りが見える。


「だっ、大丈夫だ」

「どこが大丈夫なんですか!」


 瓦礫の隙間から顔を出し、激しい痛みに耐えながらなんとか答えるがクリスタからはいつも通りの皮肉や罵倒は飛んでこなかった。

 どうやら本当に心配してくれているようだ。

 クリスタがこんなに焦っているのを見るのは俺が料理の特訓中余計な具材を入れて料理鍋と家を吹き飛ばしかけた時以来か。


「俺は死なないよ。ちょっとばかり脱出に時間はかかりそうだけど……」

「待っててください、今助けます!」

「いや待て!」


 クリスタは両手を前に出し、何かを詠唱しかけるが俺は慌てて止める。


「何をする気かは知らないけど、魔力を無駄に使うな」

「無駄って……私は!」

「よく聞け!」


 俺の言い方が悪かったようで、クリスタは怒りの感情を露わにするが俺は無理やり言葉を遮る。


「いいか、この瓦礫をのけたところでどうせすぐに新しい瓦礫が落ちてくる。それどころか次はこの部屋、この遺跡ごと崩れるかもしれない」

「じゃあどうすれば!」

「帰還魔法だ」


 その言葉を聞いた途端、クリスタの顔から怒りが消え、戸惑いの表情が現れる。

 帰還魔法、それは記憶している場所ならどこにでも一瞬で転移する事ができる高位の魔法だ。

 例え洞窟や遺跡の中に居ようと唱えきれば脱出出来るが当然デメリットもいくつか存在する。

 一つは発動に莫大な魔力を消費すること、もしも今魔法を使えば例え遺跡の入口まででも魔力が足りず、詠唱できなくなってしまうかもしれない。


 もう一つは


「置いていけって言うんですか!」


 帰還魔法は術者本人、つまりクリスタだけしか脱出する事が出来ないということだ。


「別に置いて行って貰いたいわけじゃないさ、この遺跡はやけに細長いだろ?俺が思うにここは古代のトンネルか何かだと思うんだ」


 俺はクリスタをなだめるような声色でそう言う。

 この分かれ道に来るまでに俺たちは数時間歩き続けていた。調査しながらとは言え、これだけの時間歩き続ければ山の横断くらい出来るはずだ。


「そりゃ二人で行けるなら一番だけど、この揺れじゃ無事に脱出できるか怪しい、だからお前は帰還魔法で帰って、俺はここから一人で脱出し、奥の出口に向かう」


「そんなのできるわけ……」

「できるさ、少なくとも死ぬことは無いんだ、時間はかかるだろうけど生き埋めになったとしても脱出できる。何たって俺は……」


「不死身の傭兵ヴァリウスだぜ?」


「………………」


 自分で言って恥ずかしくなってくるセリフだが、どうやらクリスタは説得できたようだ、俯いて顔は見えないもののクリスタが小声でブツブツと何かを詠唱しているのが分かる。


「クリスタ、お前は皮肉屋で何かにつけて俺を馬鹿にしてきたけど、お前と過ごした時間は本当に楽しかったし」


 まるで遺言みたいだなと思いながら、俺はクリスタに話しかける。

 今まで本当にいろいろなことがあった。クリスタ無しで俺はここまで楽しく人生を送れてはいなかっただろう。


「ヴァリウス……」


 クリスタの詠唱も終わったようだ。クリスタはゆっくりと顔をあげ……


「バカじゃないですか?」


 どんでもなくドスの効いた声でそう言った。


「何が不死身の傭兵ですか? 何が本当に楽しかったですか!そんなどうしようもなくダサいセリフ吐いて終わるつもりですか!?」

「ださ……」

「もっと自分を大切にしてください!私だけ守ろうとしないでください!あなたと二度と会えないくらいなら私は……!」


「この遺跡ごと埋まってやります!」


 クリスタの両腕が赤く輝く。


「歯ぁ食いしばって下さい!アルトブラスタ!!」


 アルトブラスタ、最上位の爆破魔法。


 

「ぐっ……」

『…………!!!』


 目を閉じても潰れてしまいそうなほどの閃光と共に殺人的な衝撃波が瓦礫を通じて俺に伝わる。

 聴覚も破壊され、何も見えず何も聞こえない。瓦礫に埋まっていたのだ、触覚だってマヒしたままだ。

 だがしかし、土の味と焼け焦げた匂いの中、その声は確かに聞こえた


『前に飛んで!!』


 声に従い、前方に全力で飛ぶ。

 どうやらさっきの爆発で俺を潰していた瓦礫は吹き飛んだらしい。

 次の瞬間、マヒした感覚でも分かるほどに強烈な衝撃が俺のすぐ後ろで起こったのが分かった。

 吹き飛ばされた物に変わって新たな瓦礫が落ちてきたようだ。


『ピキピキ』

『左ですヴァリウス!!』


 戻って来た聴覚にその声と音が同時に聞こえる。

 腕を床に突き刺すようにして無理やり立ち上がり、ぼんやりと空中に見える動く物めがけて全力で走る。


『ドスン!』


 またしても後方から衝撃が伝わるが気にしない。気にしてなど居られない。

 痛みも痺れも口に入った砂も全て無視して俺は走り


「うおおおおおおおおおおおおお!!」

『ガシャガコドオン!!』


 左の通路に滑り込んだ。

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