第8話 自分を鼓舞して

「はぁ……はあ……」


 呼吸を整え、口の砂を吐き出して振り返る。

 崩落の衝撃で砂煙が上がってよく見えないが、少なくとも後ろは他の通路はすべて埋まってしまったらしい。

 とは言え、ひとまず収まったようだ。凄まじい崩落だったが俺たちは……


「そうだクリスタ!」


 クリスタの姿が見えないことを思い出し、俺は叫ぶ。


「大丈夫ですよ、貴方と違って本当に」


 すると通路の先から現れたクリスタがムスッとした表情でそう言った。

 どうやらさっきの発言で本当に怒らせてしまったようだ。

 謝るべきだろうか?でもクリスタを気遣って言った事には間違い無いわけで……

 ……いや、それよりもまずは……


「ありがとう、おかげで助かった」


 感謝するべきだろう。

 腕を組み、俺に背を向けていたクリスタが反応する。


「それと……ごめん」

「……謝るのは私の方です」


 クリスタが振り返る。


「感情に任せて爆破魔法を使いましたが、冷静になっていればもっと安全な方法で助け出せたはずです。念話魔法を使っていなければヴァリウスはあのまま生き埋めになってました」


「そんなこと……」

「それに、収納魔法を使って一つずつ岩をどかせば出口が塞がる事だって……」


 クリスタがうつむいてそう言う。

 たしかに収納魔法で瓦礫を一つずつ収納すれば衝撃を与えずにどかすこともできただろうが……


「クリスタは瓦礫にしか魔法を当てて無いのにこれだけ崩れたんだ。きっと瓦礫をどかしただけでも崩れてたさ」


 魔法の衝撃だけであそこまで……交差点全体が崩落するはずがない。

 俺を潰した瓦礫は天井まで伸びていた。恐らくはあれが支えになり、奇跡的なバランスでもっていたのだろう。


「仮にそうだとしても……」


 クリスタは未だうつむいたままだ。

 今日の彼女は怒ったり落ち込んだり忙しいな。そう思いながらも口には出さない。

 それだけ俺を大切に思ってくれているのだろう。


「……もう落ち込むのはやめにしようぜ。お前は俺を助けようとして、結果俺は助かったんだ。本当に感謝してる」


 ならば彼女を元に戻すのは俺の仕事だ。


「それよりもこれからどうするか考えよう」


 俺がそう言うとクリスタは再度後ろを向き、掌でペチペチと顔を二回叩く。

 そうして大きく深呼吸しながら顔を上げると、振り返ったのはいつも通りのクリスタだった。


「そうですね、帰り道は塞がり、私の魔力は殆ど尽きました。もう飛んでるのもやっとです……」


 クリスタが空中でふらつきながらそう言う。

 妖精が飛べるのは、背中に生える羽の力によるものではない。

 勿論空中での姿勢制御や滑空くらいは羽だけでもできるらしいが、飛行自体は殆ど浮遊魔法によるものなのだそうだ。

 妖精の体は小さく、軽いので浮遊魔法にかかる魔力は極々少量。普段なら気にするほどのものではないらしいがそれすらもままならないとは……


「状況は絶望的……か」

「……ええ」


 クリスタが地面に着地し、俺たちは共に座り込む。


「とは言え、全く手立てが無いわけじゃありません」


 確かに、文字通りまだ道は残っている。

 左の通路の先……あの女性が消えた場所。

 そして『決して後は付けないでくれ』と言われた場所。


「……クリスタ、さっき魔力の反応がどうとか言ってたな、今はどうだ?」


 先程クリスタは「左の通路の先から強い魔力の反応を感じる」と言っていた。

 おそらく……というかほぼ確実に先程の揺れの原因はソレだろう。


「ええ、今も変わらず……いえ、それどころかさっきよりも強くなっている気が……」

『ドォン!!!』

「ぐわっ!」「くっ!」


 収まっていてくれたりしないだろうかそんな淡い期待は再び訪れた衝撃によって打ち砕かれた。


「ゆっくり話をしてる時間はないみたいだな」

「ええ」


 今の衝撃、明らかに先程よりも強かった。

 幸いどこも崩れてはいないようだが……


「さて……この場所は今のところは大丈夫ですが、このまま揺れが続けばここも崩落するかもしれません」


 次はどうか分からない。

 この通路は一本道、後ろ側は塞がっているのでもう一方が崩れればなにも出来なくなる。

 ならばやるべき事は一つだろう。


「クリスタ、俺の肩に乗れ」

「私はまだ……」

「少しでも魔力を節約するためだ、それともその小さな足で走ってくる気か?」


 クリスタがムッとした表情になる。いつもの仕返しだ。

 とは言え、クリスタも理解してくれたようだ。少し不満そうにしながらも俺の肩に座った。


「それで、どうしますか?」


 口ではそう言うもののクリスタも分かっているようだ。俺のシャツをグッと掴みうつ伏せになって俺に問いかける。


「決まってるだろ、あの女性を止めに行く。何をしているのかは知らないがこのまま遺跡を破壊されつくされたら俺たちの報酬に関わるだろ?」

「もう手遅れな気がしますけどね……」

「まあそう言うなよ……」


 士気を上げようとしたものの、いまいち締まらない。

「とは言え、それしか手はありません。間接的とは言え、こっちは生き埋めにされかけたんです。彼女から何故ここに居るのか、何をしているのかを聞き出して、この落とし前をつけさせてもらいましょう」


 鼓舞は彼女に任せた方が良さそうだ。


「行きますよヴァリウス!」

「おう、しっかり捕まってろよ!」


 そうして俺たちは通路の奥へと走り出した。


「……ところで、もし通路の先に出口があれば女性を止めなくてもいいんじゃ……」

「ヴァリウス……」

「……すまん」

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