第3話 賀田墨村
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「にだいおう」
賀田墨村文化振興会 2000年発行 第27版
遠い昔のことである。
一人の男が、朝鮮半島から海をこえ、日本へやってきた。
男の名前は「
「燕王」は、今の本州中国山地に定住し、そこに村を作った。
それが「賀田墨村」の始まりである。
この時、まだこの日本には言葉も、文字も、そして時間もなかった。
「燕王」の国は技術が発展していたので、彼は土着の民にこれらを伝えた。
ところで、「燕王」が日本に来た理由は、桃を探すことだった。
桃は当時、外国では強力な薬と信じられていた。そして、どんな病気も、桃を食べれば治ると考えられていた。
そして、日本列島に沢山自生していると言われていたのだ。だから、彼のように桃を求めて日本を訪れる人は多かった。
しかし、彼がいざここへ到着して探してみたものの、桃はなかなか見つからない。毎日、彼は桃を求めて遠くまで旅をした。
だが、ある日、「燕王」は、大きな黒い山の麓で、大きな桃を見つけた。その桃は人間の膝小僧まであって、生き物のように胎動していた。
(※現在、「亜広川市青野郡の
彼は喜んで、この奇妙な桃を村へ持ち帰った。そして、近くの冷たい水が溜まった洞窟に、桃を安置した。
ところで、この時代は、日本列島で大きな争いが起きていた。
「燕王」がここへ来る数年前、いきなり太陽と月が地上に降りてきて、争いを始めたのだ。太陽は今の瀬戸内海に。そして月は今の島根県東部に降り立った。
そして、それまで平和に暮らしていた人々は、太陽か月のどちらかの味方になり、敵対する者と戦うことを強制された。
(※中国の「
太陽と月というのは、何かを暗示しているとも考えられるが、それは今も判明していない。)
当然、「賀田墨村」もこの闘いに巻き込まれた。
そして、村長の「燕王」は、月の味方につくことを決定した。
村は月の軍を共に進み、太陽と戦った。
彼は闘いに巻き込まれたせいで、洞窟に置いた桃のことをすっかり忘れてしまった。
それからしばらくして、一人の村人がおかしなことを言い始めた。
「近くの洞窟から、子供の声がする。」
それは、「燕王」が桃を安置した場所だった。そして彼は、自分が発見した巨大な桃のことを思い出したのだ。
彼はすぐに洞窟へ向かった。
すると、洞窟の中では桃が割れて、中から胎児のようなものがこぼれ落ちていた。
それは砂を被って、今にも死にそうだった。
「燕王」は急いで彼を抱き、近くの川で砂を落とした。
子供は息を吹き返し、何かよく分からない言葉を喋った。
「燕王」には、それが「にだいおう」と喋っているように聞こえた。
だから子供は「にだいおう」と名付けられ、「燕王」から大事にされた。
その後、成長した「にだいおう」は、「賀田墨村」を守る若い将軍となった。
彼は人間離れした怪力と俊敏性を持ち、次々に敵対する太陽の軍勢を蹴散らした。
彼の功績で最も大きかったのは、「
「朱」は、猿のように毛深く、四つの足をもつ。
人間の下半身を二つくっつけたような見た目で、顔がない代わりに、二つの尻をもつ。初めてこれを見た人は、その滑稽な姿に大笑いするが、その外見とは異なり、「朱」は人間を何人も殺すような恐ろしい怪物であった。
これは、高い知性を備えている反面、草木を枯らすような強力な毒気を放っており、その声を聞いた者の正気を破壊する。太陽の飼っている動物で、最も危険とされる怪物だった。
そして戦争が激しくなると、いよいよ太陽は「朱」を「賀田墨村」の近くに放った。首輪から解放された「朱」は、発狂しながら天地を走り回る。彼が通り過ぎた場所は見る見る荒地となった。
「朱」の声を聞き続けた人間は、天地が混乱したように見え、同じく気が狂ってしまうという。
その声を聞いた村の人々は彼の毒気にやられ、皆、地に伏して喘ぎ苦しんだ。
しかし、「にだいおう」は、「朱」の行動を観察し、彼が決まったルートを走り続けていることを見抜くと、その進路に大きな罠を仕掛けた。
すると、怪物はまんまと罠にはまり、身動きを奪われた。
すかさず、「にだいおう」はその怪力で「朱」の抵抗をねじ伏せ、あっという間に切り刻んだ。
こうして、「朱」は絶命し、その毒気におかされていた村人も正気を取り戻した、また、怪物を討伐したことで、彼の名声はかなり大きくなった。
「あの『朱』を簡単に殺すとは、『にだいおう』とはただものではない。」
このような話が千里を走り、敵味方問わず、彼の名前を知った。
(※今の「亜広川市青野北」あたりは、この「朱」という怪物が走り回った地と伝えられ、昔は「朱地」という地名だった。)
そんなある日、太陽と月の戦いが決着した。
勝利したのは太陽であった。
敗れた月の味方をした村は100以上もあり、それらは太陽の怒りに触れて、上から大陸ほどの大きな土の塊を被せられ、人も、建物も皆、村ごと全て地下に封印されてしまった。
こうして、地中へ姿を消したその村々は「
それは今も地面の下から、地上を恨めしく見上げているという。
かつて、この「黄泉の国」へ続く洞窟がいくつかあったというが、それらは今、全て岩で塞がれている。
もはや、「黄泉の国」へ行く手段は、全てなくなったのだ。
反対に、勝利した太陽の国は、「明らかな」と言う意味の言葉を冠し、「
今も、この名前は地名に残っている。
また、太陽と月はこの争いの後、空へ登ったが、それからお互いの顔を見るのが嫌になり、太陽が登れば月が沈み、月が登れば太陽が沈むようになった。
さて、月の味方をした村として、「賀田墨村」も地中へ沈んだ。こうして、この村は一度、完全に滅んだのである。この時、地上に残されたわずかな末裔が、なんとか命を繋ぎ、今の「賀田墨村」の歴史を伝えている。
そして、村の消滅を知った時、「にだいおう」も自ら命を断つことを決めた。「燕王」は、たとえ村が滅びても生きるべきだと説得したが、彼は聞く耳を持たなかった。
「にだいおう」は、太陽に対して深い憎しみを抱いていたのだ。そして最後に、彼は次のような言葉を残したという。
「私は、これから長い眠りにつき、再び太陽に報復する日を待つ。遠い未来になるかもしれないが、必ず、私は太陽を滅ぼすだろう。
そして、幼い私を拾い、将軍に育て上げたあなたには感謝する。私は再び桃に姿をかえ、あなたと一つになる。
どうか、この先も末長く生きてほしい。」
こうして、「にだいおう」は静かな林の中で、腹を十字に切り刻んで死んだ。
そして、彼の亡くなった場所からは、不思議な桃の木が生えてきた。それはやがて実をつけたが、その頃にはその下に彼の死体があることを知るものは少なくなっていた。
また、「燕王」は、ずいぶん長生きをしたという。そして、彼はその桃の木を見るたび、不思議な出会いをした彼の姿を思い出した。
我々は英雄、「にだいおう」を讃え、後世に永遠、語り継ぐ。
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