第2話 賀田墨村
「賀田墨村」に伝わる民話で、最も謎が多いのは、「にだいおう」という昔話である。これを紹介したいと思う。
この話は、おそらくこの村で最も大事にされている神話みたいなものであり、他の地域の人には基本的に伝えてはならないことになっている。
いつから伝えられているのか不明だが、一番古い写本は平安時代の末期。つまり1000年ぐらい前にはすでに存在したことになる。
話はとても短くて、童話みたいなイメージだ。
そして、去年閉校してしまったが、村には保育施設、小学校、中学校があった。そして、そこではこの「にだいおう」の話を何度も読み聞かせられた。その頻度は多く、中学校卒業後には物語を全て暗唱できるほど身に染み付いていた。
だから、村の出身者でこの話を知らないものは、まずいないだろう。しかし、他の地域ではこの話を知るものは多分いないはずだ。
それはなぜか。
まず、この話を外部の者には絶対に話してはならないことを村の教育機関で教え込まれるからだ。村の全校生徒は小学生で10人、中学生で3人だから、この決まりを破ればすぐに村に知れ渡ることになる。
とは言っても、高校になれば、村から遠くまで通うことになり、そこで多くの人と関わる機会も増える。決まりなど簡単に破れるから、この「にだいおう」のことがもっと広まってもいいはずである。
それでもこの話が広がらなかったのは、悲しいことだが、「賀田墨村」出身者に友達が少なかったからだ。これについては、単に人間関係の構築が下手というだけではなく、生徒にはどうしようもない原因があった。
それは、バスの運行時間だ。
高校から「賀田墨村」まで、バスで片道1時間かかる。しかも、バスが高校を出発するのは午後3時であるから、必然的に村の子供は部活に参加できないし、6、7限目の授業も出ない。田舎の高校生のはほとんどが部活に入っており、友達グループもそれを基盤としているため、それに加盟できない私たちは孤立しがちになるのだ。
あと、いじめの対象になることも多かった。バスの運行上、5時限の後に荷物をまとめ、教室を出てゆくため、勉強嫌いの生徒からは妬まれることが多かったのだ。
もちろん、この少ない勉強時間を補うために、自宅での勉強が推奨されたが、当然それを真面目にやる村人もいなかった。だから、成績も学年最下位ぐらいに固まっている。
勉強もできない。部活も所属していない。私を含め村の子供の自己肯定感はボロボロであった。友達を作るなんて、夢のまた夢である。
私も、高校時代、学校でクラスメートと話した記憶がない。休憩中もずっと一人、窓際の席でスマートフォンのゲームばかりしていた。
このように、村出身者のほとんどが友達が作れなかったために、この話は広がらなかったのだ。
バスの運行時間をずらすことはできなかったのか、今でも疑問に思う。
しかし、バス会社によれば、どうやら運転手がこのあたりまで通うのが大変らしく、これ以上遅い時間にはできなかったとのこと。
我々の青春は、立地上の問題から成立しなかったのである。
しかし、私はどうしても青春を諦めきれなかった。高校卒業後、一年間必死に勉強して、ついに100万人以上が住む広島市の大学へ通うことになったのだ。大学で彼女はできなかったけど、友達と呼べる同い年ぐらいの人に囲まれるのはこの上なく幸せであった。
さて、話を「にだいおう」に戻す。
この「にだいおう」の物語の内容は、後で載せようと思う。しかし、最初に概要を簡潔に伝えておきたい。
そもそも、「にだいおう」とは人名であり、物語の主人公である。漢字で書くと「
大体、この「丹」という文字が使われるが、これは「赤い」という意味らしい。どうやら、古代の赤い塗料の一つとか。実際、物語に「赤」に関する要素はないため、なぜこんな名前かは謎である。
そして、簡単にそのあらすじを言うと、「桃から生まれた英雄が、村を救うために戦う」という話だ。
「桃から生まれた英雄」といえば、外界の人は桃太郎を思い浮かべるだろう。桃太郎といえば、桃から生まれた英雄が、犬、猿、
不思議なことに、「賀田墨村」で生活する上で、桃太郎と言う話を聞いたことはない。この村で「桃から生まれた英雄」とえば、桃太郎ではなく「にだいおう」なのだ。だから私も、大学時代、村を出て広島市に住んでから初めて桃太郎を知ったのだ。だから、20歳ぐらいになるまで、私は桃太郎を知らなかったのだ。
しかし、村に児童向けの図書がなかったわけではない。村の学校の図書館には浦島太郎や人魚姫など、桃太郎を除く童話は全て置かれていた。
今思えば、ここでは意図的に「桃太郎」の話をあえて子供に教えない方針をとっていたと思う。
そもそも「にだいおう」は、ただのフィクションの昔話とは思われていない。
詳しくは後述するが、物語は、「にだいおう」という男が大昔に「賀田墨村」のために貢献した英雄であることを語っており、そして、彼は村人の多くから実在した人物として認識されているのだ。
そして、それは今、神のような存在となり、近くの神社にも祭神として祀られているほどだ。(村には、
その絶対不可侵の神である「にだいおう」が、桃太郎と同一視されることを避けたかったのだろう。あくまで両者は完全に別物であることに、村人は強くこだわっているのだ。
では、次にこの「にだいおう」の物語を全て紹介したいと思う。
これにはいくつかパターンがあるが、「賀田墨文化振興協会」という団体が発行している本が一番スタンダードだから、その内容をそのまま載せたいと思う。
桃太郎の内容と比較しながら、是非読んでいただきたい。
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