今日だけ存在する歴史

史郎世界史

第1話 賀田墨村


 本州の中国山地。ここは今、深刻な過疎化に悩まされている。人口は年々少なくなり、古くなった空き家にはつたが伸びて、全体として自然に帰っているみたいだ。


 広島市から出雲市を目指して車を走らせる人は、この中国山地を通過することになるが、まるで人の気配がしない景色をしばらく見ることに驚くという。それぐらい人がいない。


 そして、この中国山地には「妖怪の棲家」や、死後の世界である「黄泉よみの国」がかつて存在したなどというエリアがあることから、外部の人間から異界扱いをされてきた感じもある。


 有名なのは、江戸時代の妖怪小説である「稲生怪物録いのうものけろく」なんかがある。ある青年が妖怪の一団から何度も嫌がらせを受け、最終的に彼らと和解するという話だ。その舞台になった場所が、中国山地のどこかにあるとか。


 また、「黄泉の国」については、これも有名だけど、中国山地北部あたりに「イザナミの墓」というものがあるらしい。「イザナミ」というのは、日本の神話に伝えられる黄泉の国の女神である。






 こんな異界めいたスポットが、SNSの普及とともにどんどん外界へ知れ渡り、ここら辺はそういう不思議というか、不気味な場所というイメージが定着してしまった。




 実際、上記二つのスポット周辺は中国山地でも比較的に栄えており、日の当たらない真のディープスポットはもっと別に存在する。



 その真のディープスポットは、たとえば私の住んでいた村がそうだ。


 その村は、外界との交流を積極的にしていたわけではなかった。いわゆるほとんど完全孤立した文化を持つ村である。さらに、今も独自の文化に固執しており、村特有の神話や道徳教育なんかも存在する。そして、これらの神話を外部へ持ち出すことは基本的にタブーとされている。




 ちなみにその場所は「賀田墨かたすみ村」という。現在は「広島県 亜広川あこうがわ市青野」。90年代に市町村の合併で、「亜広川市」という市の一部となった。


 昔から近くに村などはなかったため、「人間世界の片隅かたすみ村」などと言われてきたらしい。




 この「賀田墨村」の姿を、少しだけ紹介する。


 まず、村にゆくには、県道から軽自動車一台がギリギリ通れる細い道を2km進まなくてはならない。道幅は狭いところで1.7mぐらい。対向車が来た場合は、バックで長距離下がらなくてはならない。


 この解決策として、道の入り口には変な形の信号機があり、対向車がその道を使っている時は赤く光る。

 ところが、これも数年前に壊れており、対向車が来るかどうかは、今は完全に運次第ということになってしまった。



 さて、その酷道こくどうを抜ければ、「賀田墨村」は姿を表す。



 村の真ん中には広めの道路が伸びており、民家が集まっているエリアがその周辺にあるという感じだ。だから、村は全体として細長い形になっている。そして、メインの道は村を通過し、その後もずっと奥にも伸びているが、道の先に何があるか私は知らない。でも、この村への入り口は一つしかないから、多分、どこかの街へ通じているなんてことはないだろう。いつか行き止まりにぶち当たるはずだ。






 そして、電柱や精米機には、かなり古いポスターが貼られている。写っているのは、40代の女性である。これは、初めて村を訪れた人が必ず驚く、一つのシンボルと化している。


 これについても、少し説明したい。


 実は、このポスターの彼女が何者かは、今もよく分かっていない。

 親から聞いた話によれば、数十年前、女はどこかの政党の代表を名乗り、この村の住民に対して、献金を装った詐欺行為をしようとしたようだ。

 要は、彼女はかつて村人を騙そうとした詐欺師なのだ。


 その後、嘘がバレて住民から攻撃を受け、そのまま山に逃れて行方不明とか、死んでしまったとか色々噂があるが真偽はわからない。


 ポスターは彼女が政治家を装うために作ったものらしいが、そのまま指名手配のポスターとして村で利用されている。だから、絶対に剥がしてはいけない。




 さらに、小高い丘の上に位置し、村全体を見下ろすように建てられた大きな寺がある。これが、村で最高権力を握っている男の住処である。


 彼の名前は、無学という。この寺で住職をしている。

 本名は大崎おおさき 真名無まなぶ。元々はただの寺の小姓だった男だが、住民と深い関係を築いてみるみる頭角を表し、30代でこの事実上村の最高権力者の地位を手に入れた。


 そして、寺に来る前のことは謎に包まれており、軍人として東南アジア諸国を巡り、貧しい人々を救うためにいくつも国を作ったとか言われているが、絶対に作り話だろう。


 ところで、彼はさっきの女性が起こした詐欺事件を見抜き、彼女の追放に尽力したことでも知られる。その一件から人気は急上昇したようで、村では英雄として崇められている。彼の伝説は、この頃に作られたことだろう。


 しかも、その息子は最近「亜広川市」の市長に就任したから、もはや彼に逆らう者はここにいなくなった。市長の裏で政治を操り、いくつも問題をもみ消してきたという。もちろん、これも真偽は不明であるが。



 そして、彼の息子。つまり、「亜広川市」の長であるが、これがかなりの曲者らしいのだ。

 直接会ったことはないが、ワンマンで市政を経営し、パワハラ事件を度々起こしているようだ。


 さらに政治も滅茶苦茶というか‥。

 少し前、彼が作成した「賀田墨村」のPR動画が、市の公式ホームページで公開された。しかし、これがかなり悪ふざけが過ぎていた。


 「ここは現代の異世界。一度入ったら2度と戻れない異界、賀田墨村。不思議な体験をしたい人は是非、来てください。ただし、命の保証はありません。」 


 この公式とは思えないテロップが表示されたかと思うと、なぜか不穏なBGMとともに、大量のカラスが電信柱に留まっている映像が流れ出したのだ。


 当然、話題性はあるが、公式のPRとしてはかなり不適切として、すぐに別のものに差し替えられた。よって、公開されたのはたった三日程度だったが、それを見た観光客が数百人この村を訪れ、大きな混乱を招いた。



 が、彼は今も長の座に居座り続けている。他にも公民館で乱闘事件を起こしたとかかなり乱暴しているようだが、無学の子供ということで、この村の住民に限っては彼を責める者はいない。


 と、こんな風に、「賀田墨村」は、ろくな場所ではない。絶対に訪れることは避けた方がいいだろう。命の危険とかはないけど、不快な思いをして帰ることになると思う。


 だが、ここには興味深いものがたくさん眠っているのも事実である。先述の通り、村には独自の神話などの文化が残されているのだ。それで、特に個人的に好きなものを次に紹介したい。









 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る