第25話 エアリーとソプラ
クァルテットの四人の戦闘を見ていた際の違和感の正体。それは、“魔術発動時の詠唱”だったことがわかった。
今まで――と言っても一日二日の話だが、確かにエアリーの口から詠唱や呪文のような物は一切聞いていない。
それがこの場になって、初めてそれらしい詠唱を耳にした訳だ。そりゃ違和感もあるはずだ。
「エアリー、詠唱を挟んでないって言われてるけど、お前俺といる時からずっとそんなんだったよな」
「せやな」
俺としては、何の疑問もないというか、もうそういうものだと思ってたし、今更詠唱される方が違和感が強い訳で。
「それがおかしいって言ってんのよ!あの日だって、ずっと意味のわからない魔術をポンポンポンポン連発して!挙句詠唱もないから何の魔術かもパッとしないし!あんた本当意味わかんないのよ!
知らないだろうから言っとくけど、あんたの弟子の大半!私の元に来て『ソプラさん、これどういうことですかね、まるで意味が分かりません』って聞きに来てたのよ!?私でも何してんのかまるでわからないんだから答えようが無いじゃない!すっごい迷惑してたのよ!?」
「そんなん知らんやん……」
「はぁ〜?あんたの魔術はあまりにも独特すぎるってことなの!そもそも自作魔術なんて一つや二つ出来たら上出来の世界で二桁三桁も作ってんじゃないのよ!周りは全員置き去り状態よ!?」
「そんなん言われても、これが私なんやからしゃあないやん」
「あのねぇ、王国一は確かにあんたよ。じゃあ王国二は?そう私。つまりあんたが追放されて以来、白魔術に関する研究や議論は全て私が解説、説明することになる訳よ。もちろん冒険の合間にね」
「そら立派やな」
「あんたが残した意味不明な魔術の解説さえなければもっとずっと楽だったけどね!」
「例えば、なんや?」
「例えば!?一番発狂したのは植物の分解よ!構成している物質を全て量子分解して再構築ですって?それもう白魔術でも黒魔術でも赤でも青でもなんでもないわよ!?あれ本当に今でも謎扱いなのよ!?全員お手上げ、その上誰一人再現できないからある種畏怖の対象になってるのよ!?」
「ああ……。でもアレ、おもろいやろ?」
「おもろい?おもろいですって!?あの解説をしてくれって言われた時の私の気持ちを教えてあげましょうか?『知るかボケ』の一言よ!本気で頭を抱えたのはアレが初めてよ!?クァルテットの四人全員でダンジョンに閉じ込められて、封印されていた魔獣に四方から囲まれた時の方が遥かにマシだと思うぐらいにね!」
「それは言いすぎやろ」
「そんな訳ないでしょう!?解説の前日なんて私一睡もできていなかったんだから!今でこそあんたが意味不明なほど規格外だと認識されたおかげで私への無茶振りは減ったし、私の評価が下がる事は無くなったけど、最初の方なんか本当に酷かったのよ!?」
「そうかぁ……。なんかすまんな」
長きに渡って溜まりに溜まっていたであろう鬱憤を晴らしたソプラさんの口は、ここで漸く止まり、肩を上下させながら息を切らしていた。余程辛かったんだな……。
「…………ちなみに、無詠唱ってどうやってるの。簡単なものならともかく、中、上級魔術とか、さっきみたいに飛竜と会話するような意味不明な物とかも含めて」
「ちょ、ちょっとすみません。ソプラさん、詠唱ってそもそもなんですか?」
我慢できず、ほぼ無意識に質問をしてしまった。ソプラさんもこれには驚いたようで、一呼吸を入れてからゆっくり答えてくれた。
「魔術発動時の詠唱は、使用魔術の明確化、そして相手や周りに対しての宣言、警告の意味があるの。特に明確化は大切な要素ね。それをすっ飛ばせるのは簡単な魔術に限られるわね。でもこいつ、どうして高度な術でも出来ているのか、終ぞ分からなかったのよ」
なるほど……。まあ確かに周りに人がいる場合、誰が何をするのか分かれば、それだけで巻き添えを食らう危険性が減らせる訳だ。
そして何より、自分が何をするかを口にする事で、より魔術の正確さを確保すると……。ちゃんと考えられてるんだな。
ということは、無詠唱とはつまり、警告無しの初見殺しに近いわけか。ソプラさんも無詠唱で探知魔術を使っていたが、あれは簡単な類である他に、別にわざわざ宣言する必要性がないという理由で出来ていたということらしい。
まあ確かに、索敵をするのにわざわざ宣言したりしていたら、先にこちらの位置がバレてしまう気もする。可能なら無詠唱の方がメリットは大きいのだろう。
「で?エアリー。あんたなんで詠唱挟まないの」
「……めんどくさいから」
「あのねぇ……。そんな理由で省略できるものじゃないでしょ?あんたの魔術は詠唱が無いと発動どころか暴走必須の高度な術なの。わかってる?」
「そんな高度なんか?あれ」
「高度に決まってるじゃない!なんで他種族と、それも飛竜との会話が高度じゃないと思ったのよ!?」
「まあ、その場で組めたぐらいやから簡単やなって……」
「…………待って、あの場で作ったの?」
「せやで?」
「……テーナァ、私もうこいつ怖い……」
「大丈夫、私も怖い」
涙目になったソプラさんは、近くにいたテーナさんに縋っていた。ここだけを切り取って見たら、とても一番活躍している冒険者のメンバーとは思えない様子だ。
エアリーの罪は想像以上に大きいらしい……。
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