第24話 飛竜戦③

 アールさんの護衛により、エアリーは飛竜の元へとスムーズに向かうことができた。

 勿論、バリーさんが剣を構えて飛竜からの射線を切っていたこと、テーナさんが魔術で飛竜を拘束していたことも大きい。


「おーい、飛竜ちゃん。私の言葉わかるか?」


 返事をするように、低く響いた唸り声が河川敷一面に轟いた。声だけで身震いをしてしまう程、不気味で恐ろしい。


「はー、なるほどな」

「何か分かったというのか!?」

「いや全く」

「なッ!ん、んん……ッ」


 アールさんも、エアリーの扱いには困るらしい。怒っていいのかどうか分からなくなり、行き場のない怒りの矛先を探すように辺りをぐるぐると見回している。


「やっぱこれしかあらへんな。ほなとっておき、秘策見せたるわ」


 そう言って彼女は、飛竜の顔に杖を向けた。


「ほい、私の言葉わかるか?」


 再び、低く響いた音が轟く。だが、様子が少しおかしい。明らかに首が少し上がり、パッと見開いた目もパチパチとさせているのがわかる。


「あはは!せやんな、ビビるやんな。まあ一回話そうや。あんたなんて呼んだらええ?」


 ……会話ができているらしい。その異様な光景に、残された五人は信じられず、言葉も忘れてただ茫然と立ち尽くしていた。


「ああ、すまん。すぐ言うわ。テーナ!この拘束解いたってくれ!じわじわ熱いし気持ち悪い言うとるわ!」

「ぅえッ!?あっ、は、はい!」


 飛竜を拘束していた赤い筋が霧のように消えていく。これで動きを封じるものは一切無くなった。

 その時点で全員が身構えるが、飛竜は微動だにしない。異様なほど大人しかった。


「テーナ、おおきにやって!」

「あー……。はい、どうも…………。すみませんでした……」


 せっかく拘束していた魔術を解かされた上、その理由が「じわじわ熱いし気持ち悪い」ときた。テーナもどう反応したらいいのか分からず、つい小声で謝ってしまっていた。

 

「で?なんて呼べばええんや?」

「――――」

「好きに呼べ?ほー、なら“クラリス”て呼ぶわ」


 クラリス、なんだか響きが女の子らしいけど……。まさかこの飛竜、メスなのか?


「クラリスちゃん、あんたえらい暴れとったらしいけど、何があってん」

「――――」

「あ、くしゃみな」

「くしゃみ!?」


 アールさんは普段のクールさを微塵も感じさせないほどに驚いていた。


「寝起き一番のくしゃみでそこら一帯焼いてもうたらしいわ。悪気はないらしいで」


 クァルテットの四人は、いまだに信じられていない様子で、警戒を解く気配はない。

 だけど俺はもう大丈夫だと確信している。エアリーは嘘をつかないし、なんかこういう流れにも慣れたからだ。


「アール、あんたこの件で怪我人出た話とか聞いとるか?」

「……いや、出ていない。この辺りは元々魔物の巣窟。好き好んで住むものなど一人として居なかったからな。それ故、被害者も皆無だ」

「やってさ。よかったやん」


 飛竜――クラリスが唸りながら、そっと頭を下げた。まるで胸を撫で下ろしたように、自然に。


「寝起きのくしゃみって止まらんやろ?連発してもうてかなりテンパったらしいわ。怪我人なくて安心しとるよ」

「……アール、信用できるのか?少なくとも俺たち全員に向けて、一度攻撃してきたんだぞ」


 そうアールに問いかけたのはバリーさん。確かに一度、明確な攻撃があった。最初に見せた火球の件だ。

 あれは結局、ソプラさんが防いでくれたおかげで無傷で済んだが、直撃していたらと考えると恐ろしい。俺なんか多分大火傷じゃ済まないだろう。

 

「それもそうだな……。エアリー、その件について聞いてくれないか」

「せやな。クラリスちゃん、あんた一回攻撃してきたやろ。あれなんやったん?」

「――――」

「あはは!なるほどな!」

「飛竜――いや、クラリスはなんと」

「なんか急にチクチクしたから追い払おうとしただけやって。あんたらが悪いわ」

「えぇ……」


 ……纏わりつくように飛び交う羽虫を叩き落とす感覚で攻撃してきたというわけか。

 こうして話を聞いていると、生命としての格の違いを見せつけられているようだ。


 すると飛竜が再び唸りながら、こちらのメンバー一人一人に視線を合わせていく。見極めているとか、警戒しているとか、次の獲物を探しているとか、そんなんじゃない。ただその場の人間を見つめているだけのように見える。

 

「ん、伝えとく。クラリスちゃん、申し訳ないことしたって謝ってるわ」

「んん……。まあ、被害は最小限と言えるだろうし、これ以上暴れないというのなら、俺たちは何も干渉しないと誓おう。クエストは討伐が目的じゃない上、被害が収まればそれで良いとの話だからな」

「融通効くなぁ、助かるわ。良かったなクラリスちゃん」


 クラリスは首を縦に振った。想像していた以上に感情豊かな存在らしい。

 それを見てエアリーも安心したのか、ほっと息を吐いてこちらに振り返った。

 

 ……そして、ソプラと目が合った。

 ソプラの目は鋭く、明らかにエアリーを睨みつけていた。


「……な、なんや。私に出来ることしただけやで」

「エアリー・アルパール……。貴様、またしても不可解なことを……!」

「ソプラちゃん、何の話?エアリーさんは別に何も――」

「こいつ、魔術の発動に詠唱を挟んでないの」

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