第14話 エアリーの過去

「ほら、いつもの」

「ベームさんも水って言っていいのに……」


 本当に水が運ばれてきた。もちろん飲むは飲むが、「いつもの」なんて言われたら水以外のドリンクを期待するじゃないか……。


「そうだ、メニューとかって無いんですか」

「ああ、あるよ。エアリーもたまには他のを食べないか?」

「せやなぁ、数年ぶりやしなんか頼むかぁ」

「ほら、メニューだ。なんでも言ってくれよ」


 目の前に出されたのは、紙を数枚、端を紐で結んだメニューだった。

 商品名の横に値段、そしてイラストも添えてあり、何か一言も添えられている。


「あ、意外……。食べ物って結構似通ってるんだ」


 例えば、“エッグサンド”。添えられた一言は“シンプルな味だからこそ、こだわりがあります”とある。

 イラストも、コンビニで見かけるようなたまごサンドとほぼ同じだった。

 他にも“カレー”や“ナポリタン”、“チキンライス”など、正直落胆するほど平凡だった。

 ただ、料理するのはベームさんだ。嘗めてかかれば昇天必至。どうせ昇天するなら、とびきり美味しいものを食べたいところだ。


「…………ん?」


 ふと目に止まった見慣れない単語。

 “フルーツマッシュトマトカレー”ってなんだ。え、なんだ。何これすっごい気になる。

 添えられた一言は“キノコとトマトの旨みを存分に引き出した無水カレー。その美味しさは如何に!?”だった。店側が“如何に!?”って言っていいのかな?

 値段も他と大差ないし、これでいいかな。


「エアリー、頼んでいいか?」

「ええよ。ああ、値段は気にせんでええからな」

「ありがとう。じゃあベームさん、この『フルーツマッシュトマトカレー』をください」

「いいところに目をつけたな。少しだけ待ってて貰えるか。出来立てを用意する」


 出来立ての無水カレーかぁ、もう絶対美味しいよねこれ……。もうお腹空いてきたよ、さっきドーナツ食べたのが嘘みたいだ。


「私もおんなじやつ頼むわ」

「ようし、わかった。他にはないか?」

「あー、じゃあこの、『ハーモニクス』をお願いします」

「あ、私もそれで」

「よし、わかった!ちょっと待ってなよ」


 “ハーモニクス”というのはドリンクだ。

 中身は白いのだろうか、かなり綺麗な見た目のイラストで、添えられた一言も“一つの素材から複数の味!この魅力は他では味わえない!”とあり、興味をそそられた。


「どうや、ベームの店。成り行きで来たとはいえ、結構ええやろ」

「うん、すごくいい。ありがとう本当。こんなに食事が楽しみなのは久しぶりだ」

「せやろ?人と食べんのってほんまに幸せなことやで。それにベームの店ときた。堪らんなほんま」


 普段と何も変わらない程にまで回復したエアリーは、自然な笑顔のまま店の中を眺めている。きっと懐かしいのだろう。

 

「……そういえば、ベームさんとはどういった関係なんだ?なんか知り合いって雰囲気だったけど」

「ああ、ベームは私が小さい時に面倒見てくれた人の一人やねん。会う度になんか食べ物くれたの覚えてるわ」

「そうなんだ、優しい人なんだな」

「そうそう、孤児やった私にも優しくしてくれてな、ほんまに良い人やで」


 ……ん?孤児?


「エアリー、お前、両親は?」

「ん?死んどるよ」


 唐突すぎた。さっきまでの和やかな雰囲気が一気に霧散し、急に張り詰めたような空気が辺りを包んだ……ように思えた。

 きっと本人はそこまで深刻に捉えていない。だが、きっとこの話題は振るべきじゃなかった。例え相手が気にしていなかったとしても。

 まだ、それ程の仲ではないのだから、踏み込みすぎるのは間違っている。

 しかし、この時点で気付いたとしてももう遅い。話を急に変えてしまっては、それはそれで不自然だし、何より気を遣われたと思われては元も子もない。


「ああ、そんな深刻な顔せんでええよ、顔も見たことないし。勿論寂しいは寂しいけど、最初からおらんかったから、なんちゅうか、親の温もりっちゅうんも最初から知らんし」

「……ごめん」

「謝らんでええよ。親はおらんけど、私にはベームみたいな親の代わりのように世話してくれた人とかおるんや。大丈夫、一人やない。それに今はあんたもおるし」

「そっか……。ならまあ、いいのかな……」


 さりげなく自分も含まれたが、これをいつもの調子で否定する気にはなれなかった。

 彼女の気持ちを考えるなら、家で寝る時に「私のこと嫌いなん?」と不安そうに聞いてきた理由にも頷ける。


「あんたとおんの、ほんまにおもろいんよ。私に変な気は遣わんし、なんやかんや言うても隣におってくれるし。作ってくれるたこ焼きも美味しいし」

「はは、たこ焼きはまた作ってやるよ、何回でも」

「ほんまか!?言うたで?楽しみにしとくからな!」

「ああ、次はもっと上手く作ってやる」

「そら楽しみや……。ふふ、たこ焼きたこ焼き〜」


 最初は、関西弁を喋るアホの子としか映らなかったのが、今を精一杯、自分らしく楽しく生きる魔術師へと変わっていた。


「……エアリー」

「なんや」

「今日は観光って名目でこっちに来たけど、お前も同じようにまた、俺の世界に来なよ。その時は俺が案内するから」

「ほんまか?でも大体のこと知ってもうたで」

「知ってはいても体験してないこととか、沢山あるだろ。こっちの娯楽も楽しんでほしいんだよ」

「嬉しいなぁそう言ってくれるの。ほな今度はそっちお邪魔しよかな」


 何がしたい、何をやりたい、そんな会話を続けていた。この時のエアリーの目はどこか幼さがあり、普段とは違う輝きを見せていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る