第13話 喫茶インライン

 “つまみ食い女が生きている”。まあどう考えてもエアリーの事だ。

 もしかして、王国一の白魔術師より、こっちの方が馴染んでるの?


「エ、エアリーさん、ああ言われてますが――!?」


 ゆーっくり彼女の顔を伺ったが、もう耳まで真っ赤に染まっていて、相当恥ずかしかったのがよく伝わった。


「な、ななな、なんやあの言い方……。まさかと思うけど、私ってで通ってるんか?」

「……恐らく」


 推測したところで、まあ十中八九間違いないだろうし……。考えるだけ仕方ないとさえ思える。

 しっかし、つまみ食い女かぁ……。確かに大声で叫ばれたら恥ずかしいな。


「そ、それでも私は負けへんで。風に逆らってこその人生や」

「おっ、良いこと言うね」

「約束は約束や。買い物とか、見物とかしに行こか」


 そんな彼女の足取りは少し重いようだ。あまりにも酷いようなら、大人しく帰ることを提案してあげよう。


     ◆◆◆


「つまみ食い女だ……」

「え!?あのつまみ食い女!?」

「つまみ食い女がいる!」

「あのつまみ食い女、男を作ってるぞ!」

「嘘だろ!?つまみ食いする女を選んだのか!?」


 町の中心部、ここは入り口と違ってかなり開発が進んでいるらしく、目に入るものはほとんどが人工物だった。

 しかしこう、道中で聞こえる声というのがもう、本当に酷い。


「エアリー、大丈夫か」

「ナンモキコエヘン」

「……あまり無理しなくても」

「ナンモ、ナンモキコエヘン……。アンナンシラン……。イワセトケ……」


 ひたすら俯いて、肩を丸めて歩いているが、それは辛い、寂しい、悲しいといった感情ではなく、ただただ恥ずかしいだけだろう。


「おい、お前まさか……。エアリーか……?」


 おっ、ここに来て初めて名前で呼ばれたぞ。

 声をかけてきたのは、喫茶店のような店の店主だろうか。店の前に立っていた男が寄ってくる。

 エプロンを着た少しガタイの良い男で、いかにも美味しそうな料理を出してくれそうな雰囲気があった。

 いいなぁ、ここでご飯食べたいな俺。


「……その声、ベームか?あんたも変なあだ名で呼ぶつもりちゃうやろな」

「あっははは、相変わらずで良かったよ。一年も見なかったから心配してたんだぞ。で、隣の男は?変わった服を着ているが」

「あ、僕ですか。石村夏月です。訳あって、一緒に過ごしてます」

「そうかそうか。俺はここ“インライン”の店長をやってる。ベームって呼んでくれ」


 なかなか人が良さそうだ……。エアリーの事も、個人的に知っているといった口ぶりだし、何かと縁があるのだろうか。


「ベーム、一つ質問あるんやけど」

「ん?どうした」

「“つまみ食い女”ってなんや」

「ああ、お前が追放された時の騒ぎの名残りだな。お前はすぐに森の奥に行ったから知らないだろうけど、あの件は国中に知れ渡っていてな。掲示板や新聞にも掲載されてたぞ」


 ドーナツつまみ食い事件ってこんなに騒ぎにされるの?嘘だろ?もっとあるだろ伝えるべき事柄が。

 もしかして、エアリーだけじゃなく国自体もアホなのか?


「嘘やん……。何?私、白魔術師やなく、つまみ食い女として生きていくんか……?」

「残念ながらな。まあ、これも人生だと思え」

「嫌や……。割と辛いて、それは……」

「ま、まあ、風に逆らうのも人生だって言ってたじゃないか」

「たまには逃げてもええやん……」


 ダメだー、結構落ち込んでる。顔真っ赤だし、買い物や観光ができる状況ではなさそうだ。


「ところで二人共、腹は減ってないか?」

「え?ああ、まあどちらかといえば。エアリーは?」

「……空いてる」

「よっしゃあ、なら決まりだ。二人共ここで何か食べていけ。今日は客も少ないし、実質貸切だ」

「おお、じゃあそうさせて頂きます!行こう、エアリー」

「……うん。行く」


 まあ、食欲には逆らえないよな。

 誘われるがまま、店の中へと入っていった。


     ◆◆◆


 店の中は至って普通。俺の世界でも見たことがあるような内装の喫茶店で、これがなかなか落ち着く。コーヒーなどもあるのだろうか。この雰囲気だとありそうだけど、その辺りの事情をまだ知らないからなぁ。


「はい、エアリー。お前の好きなやつだ」


 ベームさんがカウンターから持って来たのは、皿に乗せられた三つのドーナツだった。


「カヅキも食べな」

「お、ありがとうございます」


 エアリーと全く同じものを用意してもらった。見たところ、プレーン、チョコ、ストロベリーといった、ごく普通の組み合わせだった。

 そしてこれがまた、妙に良い香りをしている。エアリーが話してくれた、砂糖と小麦の甘い香りってこれの事だよな。確かに食欲湧いてくるな。


「めっちゃ美味そうやん……。私の好み覚えててくれたんか」

「当たり前だ。客の好みは全部覚えてるよ」


 うおーかっこいい。この人絶対人気でしょ。俺もう好きだもんこの人のこと。


「では、頂きます!」

「おう!」


 プレーンを一口齧る。

 ……ふわあああああ、なんだ、なんなんだ、このもちもち感は。噛めば噛むほど生地の甘みがジュワッと広がっていくこの質感。

 そしてまた、その甘みはしつこすぎず、それでいてしっかりと輪郭を保っている。それと鼻から抜ける小麦の香り……。全てが合わさり、更なる多幸感を与えてくれる。


「どうだ、自慢のドーナツは」

「信じられないくらい美味しいです……。こんなの、食べたことない……。美味しい……。何これェ……」

「はっはっは!そうだろう、そうだろう!俺が丹精込めて作ったからな!素材も自分で調達してるこだわりの一品だ。ぜひ堪能してくれ!」


 あまりの美味しさに、ただ目の前のドーナツを味わうことに集中していた。いや、させられていた。ここまでくると、最早魔術の類だ。この人、只者じゃない。


 そういえばエアリーはどうしているのだろう。


「ふわああああ…………。何これェ…………」


 あまりの美味しさに目に涙を浮ばせ、あむあむとドーナツを頬張っていた。余程美味しかったのだろう。いや、良かった良かった。


「なんちゅうもんを食わせてくれたんや……。なんちゅうもんを……。こんな旨いドーナツは食べたことない……。いやちゃう、去年ぐらいに食べた気ぃする……。旨い、ほんまに旨い……。これに比べたら向こうで食べた草はカスや」

「草と比較するな!」


 それに去年ぐらいに食べたのってどうせ王様のおやつのことだろ!?そりゃ美味いに決まってるだろ!

 ……え?じゃあこの人のドーナツって、実質王室クラスってこと?え、え?マジで?

 

「ようし、いつもの調子に戻ったな。さて、飲み物はどうするね」

「せやなぁ……。とりあえずいつものくれへんか。こいつにもおんなじヤツ頼むわ」

「わかった、すぐ用意しよう」


 るんるん気分の店長は、そう言って再びカウンターの向こう側へと移動した。

 しかし、いつものってなんだろう。こちら側にしかない果実で作ったジュースとかだろうか。そうだと嬉しいな、なんだろう。


「エアリー、いつものって、何?」

「水」

「水かよ!」

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