第12話 眠れない夜を越え、町へ
観念して、エアリーの布団で寝ることになった。
覚悟を決め、目の前に置かれているベッド、その掛け布団をゆっくりと持ち上げ、中へと入った。
嫌な予感は的中。もうあり得ないほどいい匂いがする。笑ってしまうほどに。
俺は純粋無垢で、紳士的な人間だと言い聞かせて今まで生きてきた。だけど正直この匂いに揺さぶられてしまっている。まずい、かなりまずい。
恋愛経験皆無だからこそ、こういった状況に弱いというのはありそうだが、一言で言えばとにかくヤバい。心臓の鼓動が激しくなる一方だ。
くそ、相手はアホだというのに……!
「ほな私も寝るわ」
「……どこで」
「床はもう寝るスペースあらへんからなぁ、天井に布団敷いて寝るわ」
「なんて?」
天井に布団を敷く?天井裏とか、屋根裏じゃなく、天井に?
「まず天井の一部に重力与えて維持するやろ」
「うん」
「んで、布団を敷く。天井に張り付いたように見えるやろな」
「ほーう」
「あとは私がそこで寝る。寝返りしすぎて布団から出ん限りは落ちへんわ」
「なるほど」
「簡単やろ」
「それ白魔術師要素ある?」
「ないな」
こいつの回復や補助関係の魔術って、本当に数回しか見ていない。なんかもう、魔術が絡むなら満遍なく使えそうな雰囲気あるし、虹色魔術師とでも名乗ればいいんじゃないかな。
「天井に立ってみたかったから覚えてん」
「嘘だろ」
「あとは張り付いてじーっと人来るの待ったりとかしたかったんよ。覚えた時に早速試したんやけどな?そらもう腰抜かすぐらいビビり散らかしとってなぁ!あれほんま笑ったわ!めっちゃおもろいで?これ。後でめっっっちゃ怒られたけど」
「いやそりゃそうだろ、何してんだよ」
「余興にはピッタリやで」
こいつ本当何のために魔法使いやってんだろ。重力制御って相当すごいのに、その動機が悪戯?そんな理由で覚えるものじゃないだろ絶対……。
「まあー見とき」
そう言って杖を持ち直し、天井を小突くようにコツン、と当てた。見た目の変化は無いが、ここに重力が働くようになったのだろうか。
「ほな布団出すわ」
そう言って再び杖で空間を小突いて、何かポケットのような、ここに来た時とはまた違う空間の裂け目が生まれ――え?
「ななななな何してんの!!?」
「ん?四次元空間言えばわかるか?」
「あ、なるほ――じゃなく!何平然ととんでもないことしてんの!?」
「だって便利やもん……」
「そ、そうだろうね……。うん……。俺ちょっと疲れたわ……」
なんかこう、息をするように常識外のことをしてくれるよな……。予想を超えた出来事の連続で、変な疲れ方してるなこれ……。
「さーてと、エアリーちゃん寝ますわー」
「はいよ、とにかく今日はありがとう。助けてくれた事も、誘ってくれた事も」
「こちらこそ、たこ焼きほんま美味かったよ。おおきにな」
お礼を言いながら、彼女は天井に敷いた布団まで飛んで行き、そのまま吸い込まれるように潜り込んでいった。
しかし、やはり疲れている。さっきエアリーは間違いなく飛んでいた。ジャンプとかじゃ無い、浮遊していた。
それに対して突っ込む余裕がない。なんかもう、飛ぶから何?って感じ。どうせこれも縄跳びを無限にできるようにしたいとかいうくだらない理由で覚えたんだろ。エアリーだもん、あり得るって。
「あー疲れた、明日どないする?」
「ん?そうだな……。とりあえず、町を見てみたい」
「帰らんでええんか?仕事とかあるんちゃうの」
「今無職なんだよ、俺」
恥ずかしながら、現在二十歳の私には職がありません。
高校を出てから夢を追い、一人都会へと引っ越してきたチャレンジ精神豊富な若造。それが俺。
最初のうちはがむしゃらにバイトをして、その隙間時間にやりたいことを探す日々だった。充実していたなぁ……。
ただ、途中から夢を追うためのバイトじゃなく、生活をするためのバイトへと切り替わり、気がつけばバイトをするための生活へと変化……。夢なんて結局見つからず、使い道のない貯金だけが残った。
暫くは貯金で生活をして、その間にもう一度自分を見つめ直そうと思い、丁度今から一月前にバイトを辞めた。
「ほーん、そうなんや。ええ機会や、満喫して帰ったらええわ。気分転換なるやろ」
「そうさせてもらおうかな。数日で戻れるなら、誰も心配しないだろうし」
「おっしゃ決まりや。明日は町行って、なんか買おか。こっちのご飯も食べてもらいたいしな」
「お、それは楽しみ」
なんだかんだ言って、こいつ本当、良いやつではあるんだよな。弟子がいる事もそうだし、街でサインを求められたりする理由もわかる。
「んじゃ、夏月、おやすみ」
「ん、おやすみー」
――あれ?今名前呼ばれた?
え、待って、待って待って、なな名前で呼ばれるのってこんなに緊張するの?え、え?嘘?は?待って信じられないいやいやいやいや落ち着け落ち着け素数を数えろ二、三、五、七、十一、十三………………あああ無理無理無理何何ヤバいって相手はあいつだぞアホだぞ…………
◆◆◆
「おはよ、よう寝れたか」
「…………おはようございます」
結局、寝付けたのはあれから二時間は過ぎてからだった。あくまで体感での話だが、大体それぐらいには感じた。
今はもう落ち着いているが、寝る前は本当にもう、心臓が爆発するかと思った。俺本当こういうのに慣れないとダメかもしれないな。
「んじゃ適当に朝ごはん食べて行こか」
「ん、とりあえず起きるよ……。布団、ありがとう」
「はいよー」
慣れない朝日、見慣れぬ風景……。こうして見るが、本当に異世界に来たんだな……。
朝ごはん……。こっちだと何があるんだろう。
「……やってもうた」
「え、何」
「一年ぐらいおらんかったから、食べ物全滅しとる」
あー……。まあ、そりゃそうか……。仕方ないよなそれは。
「私は朝そんな食べへん人間やからええけど、あんたはどうや?」
「まあ……。昼食べられるなら何も問題ないかな」
「そうか、せやったら少し我慢してくれ。いやすまん、油断してた私が悪い」
「仕方ないよそれは。せっかくだし、早めに出発しよう」
「せやな、そうしよか」
朝ごはんを抜いたまま、お互い出発の準備を整え、そのまま家を出た。
家から町までは少し距離があった。木々の生い茂る森を抜けるのに数十分はかかっただろうか。
その森からさらに歩き、しばらくしたら町の入り口らしきものが見えた。
「あそこや。冒険者の中でも、特に初心者がここに良く来るな」
「ああ、所謂最初の町ってやつか」
確かに、目立った建物はない。普通、ごく普通。中世ヨーロッパを思わせる建築物がポツンポツンと、それぞれ距離を空けて建てられている。
しかし、なんというか、警備が杜撰というか……。魔物が現れる世界という割には、村を囲むような壁もなければ、塀もない。大人なら簡単に壊せそうな木製の柵が等間隔で置かれているだけで、警備兵もいない。
そんなもんなのかな……。それとも、ここが特別平和なのか……?
「結構、平和そうだけど」
「せやろ?ここなら襲われる心配もそんなせんでええ、初心者にはうってつけって訳や」
腑に落ちる解説に頷いていると、目の前を小さな女の子が通った。手に持っているのは編みかごで、中には林檎やパンなどが入っている。お使い帰りだろうか、和むなぁ……。
などと思っていると、少女はこちらに気付いたのか、足を止めてこちらの顔を凝視してきた。
「……あれ?」
「ど、どうも」
しかし、なんだこの間は。口を開けてポカンとしたまま、身動き一つしない。
「……どうしたの?」
すると、持っていた編みかごが手から滑り落ち、中身が足元に散乱する。
それを皮切りに、踵を返して町の中心部へと全速力で走り出した!
「ぎやあああァァァ!!!!!つまみ食い女が生きてるー!!!!!」
そう言い残した少女は、あっという間に見えなくなった…………。
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