第5話 エアリーが現世入りした後の生活

 ここで住まわせろ。彼女の要求はそれだった。

 予想していなかった内容に驚きを隠せるわけもなく、即座に彼女の目を見た。

 その目はただひたすら恐ろしいほど真っ直ぐで、曇りのない輝きを帯びていた。どうやら冗談で言った訳ではないらしい。

 

 こいつ、本気だ。


「家ないんよ私。雨凌げる場所で過ごしてただけでな」

「嘘でしょ!?時間も止められる王国一の白魔術師なのに!?」

「あー……。うん。今は高架下の、あのー、なんやよう分からん変な空間で寝てる。夜冷えるから嫌やねん」


 なんとなくその空間は想像がつく。柵で覆われている割に、誰も入らない、物も置かれていない謎の空間。あんなとこで寝ていたらそりゃ夜は冷えるだろう。

 確かに家がないなら、そういうところで過ごすしか無いのかもしれない。


「なんや、その……。あの、許すとかそんなんやっぱり無し。お礼とかそんなんじゃなくて、純粋に頼みがあります。すんませんここに住まわせてください、助けてくださいお願いします」


 今度はエアリーに深々と頭を下げられた。なんなんだよこの状況……。


「……あー、えっと、布団とか用意しないといけないし、それ以前に寝られる部屋がここしかなくて……」

「そうなん?せやったら私もここで寝てええけど。布団も同じのでええよ」

「え!?はぁ!!?」


 昨日まで一人で暮らしていた人間に対してハードルが高すぎないか!?

 しかもここ、ユニットバスだぞ!?二人で暮らす構造じゃないって!


「あっははは!冗談に決まっとるやん!いくら私でも初対面の男と寝る事はせえへんて。大丈夫や、そこは工夫する。別に取って食う訳ちゃうし」

「あーびっくりした……」


 流石に冗談だとしても、心臓が跳ね上がってしまった。いきなりそんな事を言われては、こっちの気持ちが荒れ狂ってしまう。

 

「……もしかしてあんた、女慣れしてへんのか?彼女とか作ったことないん?」

「……ない」

「あーそうなんや。ん?じゃあ嬉しいんちゃうん」

「うっ」


 つい狼狽えてしまうが……正直、満更でもないのは事実。

 訛りが気になる事、素性が本当かどうか微妙にわからない事に目を瞑れば、かなりタイプの女性だからだ。


「その様子やと図星か。まあしゃあない、超絶美少女の私と同じ部屋で寝れんねんからな。一年くらい風呂入れてないけど、体の汚れは魔術で一日三回、全部取り除いてるから、体のどこ嗅がれてもフローラルな香りしとる。安心してや」

「頼まれても嗅がねえよ」


 仮にフローラルな香りしていたとしても、そんな不審者にはなりたくない。出会って一日と経っていない女性の体を嗅ぐことは、俺には絶対できない。

 

「そうか。まあそれでもやっぱ風呂は入りたいやん」

「時間も止められるなら、その間に銭湯とか温泉とか借りたらよかったのに」

「対価は払わんとあかんやろ。人としてそれはちゃんとしとかんと」

「ドーナツはつまみ食いしたくせに、よく言うな」

「あれは別や。とにかく、ええ機会やし助けてくれんか?」


 腕を組み天井を見上げる。それによって何か解決する訳でもなければ、思考が巡る訳でもないが……。

 ただ……もう、なんか……。うん、なるようになればいいか。そんな気持ちにさえなった。なってしまった。

 考えても仕方ないというか、無駄というか……。こういう運命さだめな気がして、半ば諦めの境地だった。


「……狭いけど、それだけ許してくれよ」

「お、ええんか!?」

「………………うん、よろしく」

「おおきに!よろしくな」


 こうして、エアリーとの生活が始まる事になった。なってしまった。

 不安だ、本当に不安だ。

 普通ならこう、とても喜ばしいというか、ヒロインと夢の生活を送る漫画やアニメの主人公の立ち位置にさえ思えるが、相手が相手なだけにその気持ちは薄かった。

 ただ、本人も言う通り、美人なのが唯一の救いだろうか。

 

 ――ふと、疑問が頭をよぎった。

 

 こいつ、何を食べて今まで生きてきたんだろうか。そもそも高架下で野宿する生活を一年近くしていた訳だから、収入もなかったという事だろう。

 その辺りの、常識的な疑問が今になって浮かんできた。


「お前、今まで何を食べて過ごしてたの」

「ん?山に生えてる草とかキノコやで」

「山羊かな?」

「ウってか。やかましいわ」

「…………」

「なんか突っ込めや」


 ……え?俺こいつとこれから一緒に過ごすの?このノリでずっと生活するの?嘘だろ?マジで?助けて?


「なんか言うてくれや」

「……あのな、真面目な話してんだよ俺は。お前が!収入無しで!どうやって!飯食ってきたかの話を聞いてんだ!」

「せやから草とかキノコ食ってたんやって」

「食えたもんじゃないだろ……。山菜ならともかくさ。それだって、異世界から来たならこっちの山菜の知識なんてないだろ。キノコだって毒のある種類の方が圧倒的に多いんだ。本当はどうしてたんだよって」

「あのなあ、私が白魔術師なん忘れたか?」

「今は関係ないだろ」


 呆れ顔でそう呟くと、エアリーは含み笑いで再びこちらを見つめてくる。まるで何か、その台詞を待っていましたとでも言わんばかりの目つきで。

 

「残念ながら大アリや」

「……あ!まさか、解毒の魔法か魔術で、毒素を無効化して――」

「あーその方法もあるな。でもしてへんな、めんどいんよなそれ」

「えぇ……。じゃあどうしたんだよ」

「その辺の草が、私のいた世界と構成する組織が共通してるっちゅう事が、こっち来てすぐ分かったんよ」

「うん……。うん?」

「せやから採ってきた草を量子分解して再構築するやろ?」

「なんて?」

「そしたら私の知ってる野菜、山菜、薬草になんねん。キノコも同じ要領で処理して食用のものに変化させてあげて――」

「待て待て待て待て、は?何が何だって?」

「なんちゅうんかな、草を構成する組織が基本的に同じやから、一回全部バラして、その量と設計図を弄って、組み立てるんよ。そしたら私の知ってる野菜になるんや。わかる?」

「わかりません」

「そうかぁ、みんなに言われるなぁその台詞」


 いやそりゃそうでしょうね。マジで意味わかんないもん。それがもし本当なら、どんな物質からでも好きなものが作り上げられるって事になるんだよ?理解してますか?エアリーさん。


「まあ後はそれを加熱調理して美味しく頂いた訳や。ただ、無益な殺生は好まんし、痕跡も残したくないから動物は頂いてないな」

「もう、なんでもいい……。ご飯は、俺が用意する」

「ほんまか!?マジでええんか?えーめっちゃ嬉しい、エアリーちゃん感激やわ」

「……まあ、助けてもらったし」

「まあそうかもしれんけどな……。人の手料理かぁ、ドーナツ以来やな。あー楽しみや」


 ……しかし、関西弁を喋るこいつの口に合いそうな物が、正直大阪名物の粉物しか出てこない。多分美味いって言って食べるだろ。アホだし。


「とりあえず、機械もあるからたこ焼きでいいか?」

「たこ焼き?たこ焼きて何や」


 ――たこ焼きを、知らない?この口調で?え、なんで?


「たこ焼き知らないってマジで?」

「マジやな。言葉としては知っとるよ。でもそれが何なのか知らんわ。私の世界で同じ物は無いから、翻訳しようがないんやろな」


 ちょっとよく分からない。翻訳って何の話だ。

 そもそもこいつ、何故関西弁なんだ?この辺は正直、俺の好奇心が聞きたいと囁いている。気になる。すごく気になる。

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