第4話 事故の後、起きた事。

「自分の事やからよう知ってるやろ。あんたトラックに轢かれて死んだんや」


 やはりそれは事実なのか。自分の不注意で命を失ってしまった、よそ見なんてするもんじゃないな……。


「びっくりしたでほんま。バァーン言うて悲鳴も聞こえるし、もーめちゃくちゃやったわ。現場はそらもうえらい騒ぎや」

「…………よく、助けられたな」

「まあ時間止めて処理したからな」

「なんて???」


 あまりにも突拍子のない話が飛び込んできてしまい、項垂れていたはずの首が、まるで引っ張られたかのような勢いで持ち上がった。

 

 時間を止めた?そんな話聞いてないぞ。こいつ白魔術師とかで、基本的には治療とかそっち方面の魔法使いじゃねえの?

 時間停止ってそれはもう最前線で使える力だよね?なんでヒーラーがそれ使えてんの?どゆこと?


「言葉通りや。事故に気付いた瞬間に時間止めたんや。それからあんたの事、そして事故の事、それを知ってる人間全員の頭にパパっと魔術かけてな?まずはその記憶を消したんや」

「は?え?」


 困惑する自分を放置して、エアリーはさらに語り続けた。


「あとはー、トラックとその積荷、周りのガードレールとか道路のブレーキ痕、その辺の損害箇所の修復もチャチャっと済ませてやな」

「待て待て待て待て」

「あとはあんたを回収したら、時間を動かす。事故は隠蔽済みやから、誰も気付かん知らんで終わり。わかった?」

「あーーー……………………」


 情報量が多すぎる。時間停止の話が出て来た時点で、後の話があまり頭に入ってこない。

 こいつの使う魔術の類は、所謂後方支援の物が多いはず。だというのに、時間停止なんて単語が出てくるなんて……。


「あとはあんたの頭の中ちょこっと覗いて、家の位置調べるついでに蘇生して、部屋に入れて布団で寝かせたら、後は起きるのを待つだけや」


 ついで?俺、調べるついでに蘇生されてんの?逆じゃない?何平然と話してんだこいつ。


「人目につかんようにひっそり暮らしてたからな、流石に事故の目撃者になるとは思わんかったわ……。びっくりして思わず時間止めてもうたって感じやな」

「そんな反射的にできるもんなの!?」

「んー、よくあるな。虫とか出てきたらやってまうもん」


 びっくりした時に叫ぶような感覚で、こいつは時間を止めたってのか?嘘だろ?


「おかげで痕跡はゼロな訳やし、みんなハッピーやな。あんたもそうやし、あんたを轢いたドライバーも、今頃普通に仕事しとんちゃうかな」

「お前何者なんだよ……」

「え?美少女」

「いやそうだけどそうじゃない。ちょっと異次元すぎるって」

「まあ異次元から来てる訳やし」

「あー……、そっ…………かぁ……」

「ふふん。王国一の実力、伊達やないやろ?こういう時だけは肩書って便利やな、説得力出るもん」


 腕を組んでこちらにドヤ顔をお見舞いしてくる。この表情がまた憎らしいほどよく似合っている。

 ただ、これだけの事を平然とやってしまうのであれば、素行が多少悪い一癖も二癖もある問題児であっても、国の連中や王様が、王国一の白魔術師と認めざるを得なくなるってのも、理解できる。


「確認するけど、本当に俺は一度死んで、お前に助けてもらったって事でいいんだよな?」

「せやな」


 一呼吸、間を開ける。今までの話も整理しきれていないが、少なくとも彼女、エアリー・アルパールは、俺の命の恩人である事がほぼ確定した。


「改めて……。エアリーさん、ありがとうございます」


 体の向きを改めて正座をし、背筋を伸ばし、両手を布団の上に付け、腰ごと頭を下げる。自分の知る限り一番丁寧な形でお礼をした。

 一度は失った命。本来取り戻せないものを取り戻してくれた彼女には、それに見合うだけのお礼をしなければならないだろう。

 さっきまでアホだなんだと言っていたが、そこはケジメをつけるべきだ。


「なんや急に。別にお礼はいらんよ」

「そういうわけにもいかないでしょ」

「なら聞くけど、何してくれんの?」


 それについての返事は、正直困ってしまった。命の恩人に対して、それに見合う礼儀とは、一体なんなのか見当もつかないからだ。


「なんもないやろ?それでええ、それでええんよ。私は別に見返り欲しくて助けた訳ちゃうから。でもその気持ちは受け取っとくわな、おおきに」

「いえ……」


 さっきまで、少しとはいえ可哀想な目でエアリーの事を見ていたが、今は決してそんな目を向けられない。見返り無しで人を助けたということは、彼女の完全な善意、厚意によって助けられたという意味だ。


「ん?いや待て。一個だけ引っかかることあるわ」

「……なんですか」

「あんた私のことアホアホ言い過ぎたやろ」

「すみませんでした」


 これについては謝るしかない。さっきより少し深めに頭を下げ、彼女の様子を伺った。


「よし決めた。私をここに住ませてくれたら、許したる」

「は!?」

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