第3話 追放の理由

 物悲しげな表情で、エアリーはゆっくり口を開いた。


「哀れな私の話を聞いてくれ。実はその時、ちょっと実験に使う薬草取りに行こー思てな?厨房に入ったんよ。冷蔵庫に入れさせてもろてたからな。

 ほんなら厨房全体がそらもうええ匂いしとんねん。あまーいあまーい素敵な香りや。わかる?香ばしくも優しーい、ふうんわりとした小麦と砂糖、そして飽和した油の香り。それが部屋ん中を埋め尽くしとってな……。食欲無かったのに一気にお腹すいたわ、びっくりすんでほんま。

 そこにあったんは素敵なドーナツや。何十個も積まれとってな、いやあ壮観やったわー。額に入れて飾ったろか思うぐらい綺麗に綺麗に積まれとったで」


 ……ん?なんか流れがおかしいぞ。なんでドーナツの話になるんだ。

 

「誰もおらんかったから、一個ぐらいもろてもバレへんやろこんなん思て、一個だけあったストロベリーチョコのやつ貰ったんよ。そらもう、めっちゃ美味かったわ。チョコの甘味とストロベリーの酸味が口の中で素晴らしいハーモニーを奏でててな?その上モッッッチモチの生地がもー堪らんのよ。口の中で舞踏会でもしとんかいってぐらいや。いやぁほんま美味かったわ。年甲斐もなくその場でスキップしてもうたわ。あれはなんかやばい薬入ってるで絶対。

 ……ただなあ、それ王様のおやつやったみたいやねん」

「嘘だろ」

「ところがどっこいほんまの話や。なんなら一番好きなやつや言うやろ?そんなん知らんやんけ!って。置きっぱなしにしとるやつが悪いやろ!それならそれで手紙でも書いて置いとけって話やん?」

「それはそうかもしれないけどさ、つまみ食いしたのが一番悪いだろ……。で、どうしたの」

「抗議したわ。王様に直々に会いに行ったんやで?謁見とかそんなん知らんってぐらい、ちょっと強引にな。それでも立場上できる身やったし、王様もそこは許してくれたわ。で、私は自分の潔白を証明したんや。『いいですか、落ち着いて聞いてください。私は何も食べてません』って。

 そしたらなんかめっちゃ怒られたし、挙句クビなって追い出されてもうたんや。後で知ったけど、服にストロベリーチョコ付いとったから、それでバレたみたいやねんな」

「アホだ。ただのアホだ」

「アホ言うやつがアホや。私は国も認めた白魔術師。王様の病気も怪我も私が治してきたんや。嘘ついた事もドーナツパクったことも確かに悪いけど、おやつ一つ如きでピーピーギャーギャーと、ほんまアホばっかやで……」

「ドーナツ勝手に食べて嘘ついたらそりゃ怒られるだろ……。でも、怪我も病気も治してきたのに、その扱いはちょっとやりすぎな気がするな……。ちなみに王様のどんな症状を治してきたんだ?やっぱり、命に関わる病気とかなのか?」

「えっとな、巻き爪と逆剥けやろ?あと鼻風邪と便秘……。ああそうそう、腰痛、肩こり。あと四十肩も――」

「しょぼ過ぎるだろ!」

「巻き爪も逆剥けも痛いやろが!鼻風邪も便秘も嘗めたらあかんねんぞ!?お互い若いから知らんけどな、四十肩かてめっちゃ痛いらしいんやからな!?」


 再び膝を拳で叩きつけるが、やはり圧がない。その理由は今はっきりとわかった。エアリーがなんかアホだからだ。


「そんな悲劇の魔法使いは城を追い出され、辺境の地へと追い込まれ、孤独に細々と暮らし始めましたとさ……ちゃんちゃん」

「話を終わらせるな。なんならそこからが大事な話だろうが」

「よう突っ込んでくれた。嬉しいわ」

「ああ、そう……。にしても辺境の地で一人暮らしねぇ、さすがに辛かったな」


 自分がもしその立場だったらと思うとゾッとする。今まで暮らしてきた生活の基盤を丸ごと失い、信用も無い以上再び同じ生活を送ることすら叶わないなんて、あまりにも酷すぎる。

 だが、エアリーの表情に曇りはない。過去の話とはいえ、一度通ってきた過酷な道を振り返っている訳だから、多少そこに曇りや翳りは出てくるはずだろう。それが全く見られない。


 答えはすぐにわかった。

 

「いや全然や。食料もあるし研究もアホみたいに捗ったわ」

「お前マジでなんなんだよ無敵か?」


 というか何も考えてない気がする。今までの行動もそんな感じがするし、実際やっぱりアホなんじゃないかこいつ。


「そんな私に再び悲劇――いや、事件が起きたんや。ここからはほんまに大変やった。聞く?」

「そういう流れだろ。いいから話せ」

「何やさっきから、わからん言うたり話せ言うたり忙しいなほんま……。魔術の実験途中に時空が裂けたんや」

「は?え?そんな簡単に?」

「なんか気付いたら目の前に裂け目っちゅうか、亀裂みたいなん走っててな。別次元への入り口ってやつや。理屈は知っとったけど、初めて見たからびっくりしたでほんまに」


 あはは、と笑いながら話すが、内容が濃いのと、文字通り次元の違う話だったからか、誘い笑いまでは起きなかった。ただ愕然と、呆然と話を聞くことしかできない。

 まるでこう、街中を歩いていると、偶然知り合いに出会った……。という話をするかのように、ごく平然に淡々と話している様は、ある種の狂気だった。


「えと、じゃあそれに吸い込まれたか、足を滑らせて来てしまったってことか?」

「そんな訳あるかいな」

「じゃあどうしたんだよ」

「入ったんや」

「お前マジでアホだろ」


 一個しかない味のドーナツを食べて、その上嘘をついて追放され、そして時空の裂け目が出来たから飛び込んでって。何してんだよこいつ。


「アホアホ言い過ぎやろ。ええか?人は好奇心を失ったらあかんねん。なんでか分かるか、人は好奇心によって進化した生き物やからや。それを失うっちゅうことは、成長をも失うっちゅう事なんやで」


 悔しいが、一理ある。これには反論できそうにない。

 だめだ、こいつがアホなのか天才なのか全くわからなくなってきた。

 今分かっているのは、史上最年少で王国一となった白魔術師で、名誉や名声は要らない、勉強熱心なドーナツ好きのアホという事だけだ。


「で、今から一年前ぐらいに、こっちの世界に降り立ったって事やな。わかった?」

「……気になる事は山ほどあるけど、とりあえず流れはわかった」

「よし、ほんなら本題や。あんたに何があったかやな」

 

 前振りが長くなったが、漸くこれで、自分の身に何が起きたのか、知る事ができそうだ。

 

 多分。

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