暗闇に君が見える

@smdb

第1話

幼稚園にいた頃、私達は親友だった。幼稚園の頃のどんな思い出話にも彼は必ず出てくる。彼の思い出の中にもきっと私が少しくらい登場すると思う。

 彼は坊主頭で私よりも足が早くて、私より背は低かった。爪をかじるのが癖で、先生や彼の母親から注意されているのをよく見かけた。目は綺麗な二重だった。それから彼は私よりもかしこくて、私と遊ぶときは私を引っ張っていろいろやることを決めた。私が怒られそうなときも言い訳を考えてくれてそれはいつもうまくいった。


 太陽の光を受けた木々の下で、パラパラと雨降る園庭で、落雷の音が響く幼稚園の中で、私たちは親友だった。

 わ


 私は年長の時に父親の仕事の都合で青森に引っ越した。埼玉に戻ってきたのは小学三年生の時だった。

 埼玉の、埃臭い小学校だった。埃臭さが学校のどの階にも漂っているから担任の先生の香水の匂いが強く香った。

「よろしくねー、みんな少しうるさいけどいい子ばかりだから」

 教室に入る前からうるさい声が聞こえた。青森のみんなとは全然違う。まじでうるさかった。

 黒板にはすでに私の名前が書いてあった。

「こんにちは渡部祐馬です。よろしくお願いします」

 私は腹から声を出して自己紹介した。休み時間になるとすぐにみんなが机の周りに集まってきて青森の話を聞きにきた。気分はまあまあ良かった。もともとつまらない人間である私は、めったに人から興味を持たれることがなかったからだ。しばらく話しているうちに私がいかに普通で面白みのない人間かがバレて人は減っていった。しかし友達を作るチャンスはちゃんと訪れた。

「学校終わったらゴリラ公園ってとこ来て、分からなかったら電話して」

 鈴木聡太はそう言って私の連絡帳に電話番号を書いた。彼は携帯電話を持っていたのだ。

「おっけー」

 

 私たちは仲良くなった。ゴリラ公園には私たち以外にもいろいろな生徒が集まっていた。遊具はブランコぐらいしかないが、近くにファミマがあるし、駄菓子屋もある。私たちはいつも3DSを持っていって公園で遊んだ。

 


 

 三年三組だった。一つの学年に三クラスしかなくてあとは特別支援学級があった。そこに親友がいた。

 私たちは同じ学校だった。しかしそれに気が付かず、幼稚園の頃を思い出すこともなく暮らしていた。私はそれなりに楽しかった。勉強や宿題はつまらなかったが、自分と同じ民族の人間といるのは何となく落ち着いたし、楽だった。楽だと感じた時に初めてアメリカでは大変なこともあったと気がついた。

 日本に着いたのが春で、ちょうど新しいクラスが始まったところだった。

 ある日、どんぐりと名付けられたその特別支援学級の生徒と給食を食べるという行事があって、私のクラスに三人生徒が入ってきた。最後に入ってきたのが親友だった。「○○そこに座って」というふうに席が割り当てられ、私の隣の班に彼が座った。

「山本けいすけです」

 彼がそういうのが聞こえた。私はその名前で思い出した。何回も読んだ名前なのに忘れていたことが不思議だった。

 髪がとても伸びていた。ロングヘアというより、伸ばしっぱなしというような感じだった。それ以外は特に変わったところはないようだった。私の班で机をくっつけて食べていた伊東しゅうとが私に目配せをして笑った。

「あいつが食べるとこ見ててみ」

 私は懐かしさや不思議さに圧倒されて何も言わなかった。

「手を合わせてください」

 なんであんなに

「いただきます」

 山本けいすけがハンバーグを手で掴んだ時、わたしの心臓が痛んだ。

 どんぐりの先生はやめさせることもせず、山本の隣に座って黙って見ていた。

 私は班の友達の言葉を無視して隣の班を見つめていた。

 隣の班ではどんぐりの先生がいろいろ山本じゃない方に質問して会話を回そうとしていた。

「山本さんはゲームとかする?」

「マインクラフトはやってる」

 山本はこのように普通に会話をしていた。誰も彼の食べ方や髪については触れず、普通の会話をしていた。伊東にはそれが面白くて笑っていた。担任の先生が来て注意すると私の班だけ静かになった。

 山本けいすけ。私は卒園していないからアルバムも持っていないし、写真も撮っていないから彼が親友なのか確かめる方法はないなと思って彼を見ていると、彼が私の方を向いて目を大きく開いた。

「おまえ、多田ゆうと?俺たち友達だったよな」

 そういうと彼は席を立って私の班に歩いてきた。

「友達だったよ」

山本は嬉しそうに笑うとなんか言ったが、何を言っているのかは詳しくわからなかった。彼も一気にいろいろと思い出したように見えた。ハンバーグのソースやコンソメスープがついた手で私の方を触ろうとした時、わたしは嫌だなあと思った。

 彼の手とソースやスープの混ぜ物が私の肩についた。

 

 母は野菜を炒めながら電話していた。その週末に新潟の祖父母の家を訪ねることになっていたのだった。

 わたしはゲームをしながら床に寝っ転がっていた。やがてゲームに疲れて昼寝してしまった。

夕飯の時に私は母に聞いた。

「ねえ、山本けいすけって覚えてる?」

「んー名前は聞いたことある、フタバのときの友達でしょ、何回か顔見たこともある。なんで。」

「いや」

「なによ」

 母は軽く笑ってテレビに目線を戻した。


「お前山本けいすけと友達なの?」

「うん。幼稚園が一緒だった。」

伊東と新藤は大笑いした。私はその頃まだどんぐり学級に対してみんながどう思っていたのか知らなかったが、その時分かった。

「はは」

 昼休みに校庭で遊ぶ時はどんぐりも一緒だった。どんぐりの何人かの生徒には先生が一緒について遊ぶというところだけ違った。どうやらどんぐりの生徒の中でも分けられているらしいというのは分かった。車椅子に座っていて落ち着いている生徒と足に器具をつけている生徒は一人の若い女性がついて遊び、元気にはしゃいでいる生徒たちには太い男性がついて遊んでいた。

 わたしはクラスの友達にドッジボールに誘ってもらって外野にいたが、途中からどんぐり学級の生徒ばかりが気になってドッジボールどころじゃなかった。「けいすけはどこ」バスケットコートから広い校庭を見わたした。がっしりした男に抱きついているのが山本けいすけのように見えた。

 ボールが来た。私は雑に放り投げて内野に渡した。

 遠くでけいすけがわたしを見つけたように止まった。

 ボールが回ってきた。他の外野に回した。

「おい」

また回ってきた。

「俺トイレ行ってくる」


 私は下駄箱で上履きに履き替えると教室に戻った。それで教室の窓からけいすけを見ることにした。

 けいすけは私を探したようだったが、すぐに諦めてまた先生の元に戻った。けいすけは太い男の先生の、肌が焼けている方を気に入っているようだった。手を引っ張って鉄棒やうんていに連れてゆき、遠くから見てもわかるほど大きく喜んだりはしゃいだりして、中身が昔のままのようで懐かしくなった。

「アメリカでは中で遊ぶことが多かったの?」

 担任のおばさんの先生は私が何かするたびに「アメリカでは」「アメリカに住んでたから」と私とアメリカを関連づけて理由を探ろうとしてきてうざったかった。

「うん」

 

 けいすけと私の間にはそれから何も起こらず、三年が過ぎてそのまま中学に上がった。けいすけは私と違う中学に上がった。

 私は将来したいこともなくて、なるべく楽したいと思っていた。時々「いもむしになりたい」という彼の夢を思い出して共感した。実際いもむしは楽なのかも知らないが。

 部活は陸上部に入ったが一度大会に出るとすぐにやめた。私は勉強がきらいで、運動も嫌いで、塾も大っ嫌いだった。それでもやらなければごみみたいな高校に行き、「しょうもない人生」をおくることになるということでしょうがなく勉強した。

 ある日数学のワークの答えがなくなり、箪笥のごちゃごちゃの中を漁っていると写真が出てきた。学校のクラス紹介アルバムみたいなものだ。

 ラウラ!私は彼女の顔を忘れかけていた。改めて綴りをみるとローラという名前だと分かった。

 わたしはネットで彼女の名前を検索した。自分の行動にすこしひいたが、今どうしているのか気になったからしょうがない。

 彼女の写真は不気味なほど出てきた。顔は少し変わったが彼女であるのは明らかだった。当時意識していなかったことを思うようになった自分を悲しく思った。

 彼女はきれいになり、なんやら豪華な暮らしをしており、なんかの募金の活動のリーダーを務め、絵のコンテストにも入賞したようだった。そうした成功の様子を彼女はインスタグラムに上げまくっていた。

 ちくしょう。

 私が陸上部の練習でサボることを考えている間にこんな風に素晴らしい生活していたなんて。ちくしょう。もともと俺なんかと一緒に木登りして遊んでたのか。ちくしょう。

 私は残念ながらそこで努力しようとすぐに一念発起するタイプではなかった。私はベッドの上で仰向けになった。

 ならそもそもラウラが貧乏な暮らしでもしていると思っていたのか?それなら良かった?

違う。

ならなんだ、彼女の綺麗な顔が羨ましいのか?

たぶん違う。

彼女に負けた気がした?

そうかもわからない。


 わたしはなぜ自分が落ち込んだのかわからなかった。自分の中に小さな自分がいてそれが反応している気がした。

 出会った人全員と一生一緒というわけにはいかないのはそりゃそうだ。

 寝っ転がって考えた。

 彼女の楽しそうな表情で落ち込んだのだ。アメリカでの生活というのは日本のよりも楽しそうだ。こっちがやるような受験勉強もアメリカにはないし、授業もなんか楽しそうだし。

 あー俺の人生なんてはずれくじさ!どうせ!もういやだ!俺をアメリカに戻して!日本なんか嫌いだ。いやだいやだいやだ。最近はまずい飯しか食ってないし、勉強はつまらんし、テレビもつまらんし、誰がぶっとばしたいけど怪我させて逮捕とかも嫌だよお!!!!いやだいやだ。こんなきったない街大っ嫌いだ!!こんなのいやだ。こんなの俺の人生にふさわしくない!!今更言ったところで遅いよそりゃあね!!ああれさあなたさなしおやなひなさやはなは。なんつうかもう。まあいいや。

 

 しばらく不貞腐れた顔で過ごしていたが、受験勉強をやらないと普通の高校にも行けないレベルであると塾の先生に言われると焦って勉強した。あれ程エネルギーで何かに取り組むことは二度とないだろう。

 勉強したら普通よりも少し頭が良い高校に行けそうになり目指したが、結局直前でビビって下げた。


 普通の高校に通うことになった。書いて面白いことは何もない。私はしょうもなかった。よく先生に叱られるようになった。それくらいだ。

 高校に入ってからまたローラ・マクリーンの名前を検索してみた。同じ名前がいくつもあったが、何度も絵のコンテストで入選していたから上の方に出てきた。

 アジア人のきれいで大きな目を持ち、成功が約束された女性というふうにしか見えなかった。かつて幼い私が彼女を思ってたようには見えなかった。私は彼女の世界に行きたいと思った。かつては私もそっち側だったとさえ思い込んだ。私は彼女になりたいとも思った。彼女と手を繋ぎたいとも思った。私にはそのためにチャレンジする権利があるようにも思えた。私は自分が汚れていくのを感じた。

 もし、誰でも良いや、なんか綺麗で有名な女優と自分が同じ幼稚園か何かにいたとして大きくなって綺麗な女優になったと知ったら自分はちくしょうと思うのだろう。しかし、そういう汚い感情なのかこれは。いや違う、私はあの頃の日々が恋しい。離れてしまった私の人生が恋しい。離れて他人と変わってしまったあの人たちが恋しい。

 私は彼女の投稿を確認し続けた。綺麗だが派手じゃない、金持ちだが下品じゃない。わたしはこれに憧れた。もう自分の人生などどうでも良かった。助けてください。私はくだらない。私はくだらない。

 私は妄想の世界にうつつを抜かして数ヶ月過ごした。クラスのみんなの顔つきや髪型がどう変わったかも覚えていない。私は彼女の世界にいる自分を想像する事が他のにしなければいけない何よりも楽しかった。私は定期テストもまともに勉強したことがない。私はそんなことどうでも良かった。私にとって妄想が辛い人生の中で唯一の花なのだ。

 わたしは実は彼女の母親から連絡が会って、彼女が日本に来て我が家で食事をするという風に思い込んだが、それは少し現実味が足りないと思った。

 こういうのはどうだろうかと思った。わたしは大学に入ってから留学し、その留学先から近い範囲に住むのが彼女、わたしは街中を探し回り、ばったりあったと見せかけて「わたしを覚えているか」と聞く、彼女は痩せて醜くなったわたしを見て何も思い出せないと言ってわたしの名前を聞く、わたしは自分の名前を言ってみるが彼女は思い出せない。彼女は思い出せない事を謝ってその場を立ち去る。

 それから私は街中の壁に私の名前を落書きする。街では騒ぎとなり、警察はわたしを探し始める。名前が知られているから見つかるのも早い。彼らがドアの前でインターホンを鳴らす、私は裏窓から体を捻ってなんとか外に出る。私は走る。他の警察が私に気づく、わたしは全力で走るがアジア人嫌いの警官に背中を撃たれる。わたしは地面に倒れ、そのまま死亡する。それで街中のアジア人がデモを起こす、わたしの名を叫びながら、何度もわたしな名前を聞いていくうちに彼女はわたしと手を繋いで遊んだ記憶を一瞬思い出す。そしてやはりよく思い出せないままわたしの名を呼び、行進を続ける。

 こう見ると私は名前を呼ばせたい男であるように見える。自分の存在をアピールしたいのか?くだらん。私の人生はくだらん。

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