修練

 空の上で綺麗な太陽が輝くとある昼下がり。


「はぁ……っ!!!」


 僕は己の手に一振りの木刀を握り、地面を力強く蹴る。

 それで距離を詰める相手は自分の使用人であるセバスチャンだ。


「せいっ」


 僕は勢いよく振りかぶってセバスチャンを強襲。

 だが、僕の一振りはセバスチャンの手にある木刀によって軽く受け流されてしまう。


「ちっ」


 そして、そのままセバスチャンは巧みな体重操作で僕の態勢まで崩そうとしてくる。


「まだまだ甘いですぞ。ノア様」


「まだまだっ!」

 

 それを堪えて何とか体の態勢を保った僕は迷いなく片足を上げてセバスチャンの首筋を狙っていく。


「相変わらず足癖の悪い」


 だが、それすらも軽くセバスチャンに止められてしまう。


「よっ」


 それでも僕は止まらない。

 まずは再び木刀を振るって自分の足を掴んでいるセバスチャンの手を強襲。


「ふっ」


 セバスチャンが素早く手を離した段階であっても僕は止まらず更に果敢な態度で攻め立てていく。

 迷いなく木刀を振るい続け、セバスチャンに何とか一撃を当てようと奮起していく。


「握りが甘くなりましたな?」


「……あっ」


 だが、結局のところすべての僕の攻撃はセバスチャンの手によって軽く受け流されるばかりか、自分の握っていた木刀をセバスチャンの軽い一当てで吹き飛ばされてしまう。


「終わりですな」


「参りました」


「はぁー」


 結局、今日もセバスチャンに一発も当てられなかった。

 

「そうため息をつかれる必要はありません。ノア様も驚異的な速度で力をつけていますよ。私としても実に教え甲斐があった楽しいばかりです」


 今、僕はセバスチャンと共に実技の訓練をしている最中だった。

 いつものように基礎的な練習を終えた僕は専らセバスチャンと模擬戦をやり続けていたのだが……今のところ一回も勝てていない。

 今日だけで五回くらい挑んでいるというのに。

 僕とセバスチャンの力量の差が大きい……。


「今日はこの辺りにしておきましょう。自主練を行うにしても一時間で済ませるようにしてください。それでは失礼します」


「了解」


 セバスチャンがこの場から去り、模擬戦をしていた中庭の広い一角に残されたのは僕一人となる。


「どうだった?フロイデ」


 この段階になって僕はふよふよと空に浮かんでいる一人のロリ、自分が召喚した悪魔であるフロイデの名前を呼ぶ。


「はぁーい。いつものように模擬戦の総括をすればいいよねぇー?」


「あぁ、そうだ。映像の方も一緒に頼むよ」


 僕は空の方から自分の隣へとやってきたフロイデの言葉に頷き、魔法で記録してもらっている模擬戦の映像も合わせて表示するよう頼む。


「わかっているわよ」


 それに頷いたフロイデは僕の要求をすべてこなしてくれる。


「君から見て、今日の僕はどうだった?」


「悪くなかったと思うわよ?あのセバスチャンとやらがおかしいだけで、別に君は無様と言えるまでに弱いとは思わなかったわ」


「いや、せっかく自分の師匠と言える立場の人がいるなら超えたいじゃん。僕ってば負けず嫌いなんだよ」


 どうせやるなら誰にも負けたくないからね。

 まぁ、そんなことを息巻いてもどうせ勝てない相手というのはいるけどね。それでも、自分が納得できるだけの努力はしたい。


「……既に魔法の技量はトップクラス何だし、剣なんてそんないらないでしょうに」


「それはそれ、これはこれさ」


 魔法と剣ってやっぱり別々のものだよね。


「それで、君の目から見て僕の改善点は?」


「うーん……やっぱり、私が見てきた英傑たちと比べると圧倒的に踏み込みが軽いかな。最初の一歩目が遅く、弱いことが全部につながっていると思うかな」


「……なるほど、一歩目か」

 

 僕は自分の模擬戦の映像を見ながらフロイデの言葉に頷く。

 確かに、そうかもしれない。


「よし」


 自分の弱点の把握を無事に終えた僕は木刀を握って自主練へと戻っていく。


「(すっごい、真面目なのよねー、うちの契約者。人間の魂を弄び、悪感情を食らうような私たち悪魔を召喚した人物とは思えないほどに穏やかで普通の善人なのよねぇ。圧倒的な力を持っている割に普通の暮らしを育み、更なる向上心を持って常に動いているし、これっぽちも危険人物じゃないのよねぇ)」


 己の召喚した悪魔であるフロイデに見守られながら。


「(あれでまだ個体としては成人もしていないというのだから驚きよね。あまりにも成熟され過ぎているわ。ちょっと面白味のない……いや、だからと言って契約を破棄したりはしないけど……あんな願いと共に召喚されたんだしねっ)」


 悪魔に見守られているっていったい……どうなんだ?

 まぁ、どうでもいいと言えばどうでもいいか。


「(私を恋人に、なぁーんて!)」


 そんなことを考えながら黙々と木刀を振るっているこの時の僕は知らなかった。

 彼女のことを考えながら悪魔召喚を行った結果、僕とフロイデがになっていたことなど……この時の僕は知る由もなかったのである。

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