魔法

 自分に転がりついてきた婚約話であるが、既に端からこれは終わった話である。

 既に相手には運命の相手がおり、僕は端から負け犬。

 そんな婚約話、さっさと右から左へと受け流すに限る。

 ずいぶんと面倒くさそうな相手であるヴィザフからは脱兎のごとく逃走し、アンヘルと二人きりになった僕はそのまま穏やかな雰囲気を保ちながら、中庭の方を散策していた。


「美しい中庭ね……私の家にはここまでの美しさは正直に言ってないわ」


「そう言ってくれるとうちの庭師も喜ぶと思うよ」


 ある程度打ち解け、互いに敬語も外れた僕たちはゆっくりと多くの花に彩られる中庭の中を歩いていく。


「っとと。ここの一角だよ。僕が自分で手入れしているお花たちは」


 そんな中で、僕は足を止めて中庭を彩る花々の一角を指し示す。

 この一角が僕、直々に育てている花壇である。


「わぁ……綺麗」


 僕が指し示した方向を見てアンヘルが歓声を上げる。


「そう言ってくれると幸いだよ」


 しっかりと周りを見ながら空気感を壊さないよう結構頑張って作った花壇なので、そう言ってくれると嬉しい。


「それにしても、ここの花壇一つを一人で管理しているのかしら?かなり広いように見えるけど……」


「うん、そうだよ。ここの花壇一つを僕が面倒を見ているね」


「……凄いのね。私は日々の教育に追われて、それだけでもういっぱいいっぱいで……この大きな花壇を一つ育てるだけの自信がないわ」


「魔法を使えばそこまで大変でもないよ?」


 僕はこの場で魔法を幾つか使用。

 風の魔法で花壇をちょちょいと整え、水の魔法を使うことで一瞬にして水やりを終わらせ、土の魔法で花を育む地面の方もしっかりと綺麗で栄養たっぷりの状態を保たせる。


「基本的にこれら三つの魔法を絶妙な加減で行うだけで手入れ自体は終わりなので」


 ぶっちゃけた話、僕はそこまで花に興味があるわけではない。

 僕が中庭でせっせと花壇を育てているのは、プレゼントとして子供が己の手で作ったお花というのが絶妙なラインで有用だと感じたのと、あとは良い魔法の練習になると感じたからだ。

 花を傷つけず、綺麗に育てる。

 これを短い時間の中、魔法だけで行うというのはかなり高度に魔法を扱えるだけの熟練度が必要となる。

 そこに僕は目をつけたのだ。練習になると。


「……っ、もう、魔法を使えるの?」


「うん、そうだね」


 僕は驚愕で少しばかり目を見開いているアンヘルの言葉に頷く。


「すごいのね……私はまだ魔法を教えてもらう段階にも入れていないわ。そっちの家の教育の方が進む速度早いのかしら?」


「いや、同じくらいだと思うよ?勝手に僕が一人で学び出しただけだから」


「……だとするなら、もっとすごいと思うわ」


「ははは」


 僕は既に高等教育を卒表し、大学レベルの勉学を学んでいた身である。

 五歳児として考えると僕の行いは凄まじいが、大学生と考えると何もすごくない。

 なので、アンヘルの言葉は少しばかり間違いなのだが……相手に自分が転生者であると話すわけにもいかないので、僕は苦笑いを浮かべるに留める。


「そこまで魔法は難しくないんだよ?何なら、今この場で簡単な概略くらいは教えようか?」


「えっ!?良いの?私、ずっと魔法について学びたいと思っていたのよ」


「うん、別にいいよ。それで、魔法についてだけど……その定義についてはもう教えてもらっている?」


「それくらいは。魔法って私たちの中にある魔力でもって引き起こす現象、のことを指すんでしょう?」


「そうだね。それで魔法を引き起こす魔力には属性があって、地、水、風、火に分かれているわ。魔法発動のプロセスとしては何の属性にも染まっていない魔力に属性を与えて属性魔力へと変換。そして、体の中にある属性魔力を体外に放出することで魔法になるんだよ。だから、まず魔法を使うのに学ばなきゃいけないのは属性魔力への返還と、魔力の対外放出となるね」


「なるほど……ん?逆に考えると、その二つを覚えるだけで魔法の発動はマスターなのかしら?」


「いや、まだだね。さっき言った僕の方法では大したことは出来ないんだよ。あくまで属性を与えて魔力を放出するだけじゃ起こせる現象に限りがあるんだよ」


「あら、そうなの」


「うん、そうなの。ただ属性を与えて魔力を放出するだけでは出力が足りないので、外から付け足してやる必要がある。威力上昇だったり、巨大化だったり、速度上昇だったり、魔法の効果を底上げするような力を加えることで魔法のレベルを上げるんだ。その際に使われるのが魔法陣で、魔法を真の意味で使えるようになるにはこの魔法陣の描き方も学ばないといけないね。大変なのはこの魔法陣の描き方の方かもしれないね。当然、属性返還に対外放出も重要だけど」


「なるほど……」


「ちなみに何の魔法陣も活用しない魔法を基礎的な基礎魔法と呼び、それ以上の魔法を汎用魔法と呼ぶことが多いね」


「あぁー、それなら聞いたことあるわ」


 僕は自分が手入れしている花壇の前で、アンヘルへと魔法について教えていくのだった。

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