婚約者

 僕が前世の、日本の大学生として生きていた加茂彰人としての記憶を思い出したのは一体何年前だっただろうか?

 二年前?三年前?

 まぁ、いつかはわからないが、転生者としての知識と記憶を持った僕は順調にのびのびと成長して今、五歳児となっていた。


「んー、今日もバッチリイケメンだね」


 そんな僕はいつもと変わらぬ朝。

 自分の部屋に用意してもらった大きな姿見の前で一人、ポージングを取りながら自分の見た目の良さに惚れ惚れとしていた。


「おっ?」


 そんな僕がいる部屋をノックする音が聞こえ、そちらの方に視線を向ける。


「どうぞ」


「失礼します」


 僕がドアの方に声をかけると、一つの声が響いてくると同時にドアが開かれて燕尾服身にまとった壮年の男性が中へと入ってくる。


「何の用かな?」


 自分の専属執事と言える業務についている彼、セバスチャンへと僕は疑問の声を投げかける。


「はい。本日のご予定について改めて共有しておこうと思いまして」


「あっ、うん」


 今日の予定?そんなの何かあったけ?


「本日は貴方様の婚約者となられるお方との初御顔合わせの日となります。お会いできる準備は既に出来ていますか?」


「……あー、なるほど」


 婚約者。

 文明レベルが中世から近世当たりのこの世界では基本的に貴族の子供たちは親の都合によって、婚約者が幼い時より決められていることがほとんどである。

 そんな世界の中でトワイライトという結構大きな歴史ある名家、侯爵家の嫡男であり僕にも当然のように婚約者が親の都合であてがわれることになっている。

 その相手の名前はアンヘル・ラヴニーナ。

 自分の家と同じ家格であるラヴニーナ侯爵家の長女であり、性格から能力まで何の非の打ちどころもない圧倒的美少女である。

 そんな人物が僕に婚約者としてあてがわれているのだ。

 

 彼女を作るために生きていると過言ではない僕としては婚約者があてがわれるなどまさに神の祝福であり、本来であれば狂喜乱舞するところなのだが、……アンヘルには既に約束の相手がいるのである。

 この世界とまるきり同じの日本にあったゲーム『雄英の箱舟』の世界において、アンヘルは三歳児の頃に主人公と出会い、そのまま将来になったら結婚するという約束をたてているのである。

 もう既に彼女は将来の相手が決まったも当然であり、アンヘルを彼女にしようとしても僕が負け役となることが出会う前から決まってしまっている。

 そんなアンヘルを自分の将来の相手とすることは難しく、また、僕はあくまで彼女を作ってイチャイチャすることが目的であり、相思相愛となれないアンヘルはちょっと距離を置くほかない。

 僕は何とか、アンヘル以外で相思相愛となれる彼女を見つけなければならない。


「……完全に忘れてた」


 正直に言って、僕にとってアンヘルは既に重要な人物じゃなくなっている。

 だって、彼女に出来ないもん。

 もう勝手に主人公と幸せになっていてね、意外に何もなく、ちょっと頭の中から消去していたからもう初めて会う日のことも忘れていたよ。


「……の、ノア様?」


「いや、何でもないよ。初めて会う婚約者であるわけだからね。当然、失礼な恰好で会うわけにはいかない。ちゃんと身なりにも気をつかわないとね。僕の服の準備は既に出来ているかい?セバスチャン」


「も、問題なく出来ておられますが……その、ノア様?」


「皆まで言うな。セバスチャンのセンスにはもう全幅の信頼を置いている。君であれば問題ないだろう。君が僕の為に選んだ服のことで心配に思う必要はないさ」


「そういうことではないのですが……」


「よし!それでは更衣室の方に向かおうじゃないか!」


「……承知いたしました」


 こちらへと何か言いたげな様子のセバスチャンを強引に押し切った僕は、そのまま彼と共に意気揚々と更衣室に向かうのだった。

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