誰かと鷹の足跡

青年と鷹

 青年は腕に鷹を抱きかかえ歩いていた。


 早朝の空気はひんやりと冷たかった。霧が掛かりまだ薄ぼんやりとだけ明るい深い森の中、青年は道なき道をふらふらとしつつも慣れた足取りで進んでいく。

 顔を覆い隠すように長く伸ばした白い髪、それによりその表情をしっかりと捉えることはできないが、その隙間から覗く顔色は青白く、呼吸の音もか細く息苦しそうで、そしてたまにふらりと体を揺らす。

 今にもその場に倒れてしまうのではないかというほど弱々しく見える青年は、しかしそんなことにも構うことなく足元も覚束ないままに進む。

 鷹はそんな青年の細い腕の中で、身動きひとつせずただじっとしていた。

 霧の濃い森の中は静かで、青年が草葉を踏みしめる音と、その口から時折コホコホと咳が漏れる音だけがした。


「この身体も、そろそろ限界かな」


 青年は髪の隙間から少し辛そうな顔を見せ笑う。

 いよいよ歩くことも苦しくなってきたのか、足を止めると近くの大樹に寄り掛かり一息ついた。呼吸を整えようと、静かに息を吸う。しかしそこでうっかり小さな咳をひとつすれば、それを皮切りに途切れることなく咳は出続けた、呼吸もままならず青年の顔苦悶に歪む。

 しばらく咳き込み、ようやく落ち着いたところで大きく息を吐いた。


「僕がいなくなったら、あの子のことは頼んだよ、カダル」


 乱れた呼吸が鎮まるのを待ち、青年はそう言葉を零した。

 抱き抱える鷹の背を優しく撫でる、すると鷹は不思議そうにきょとんとした表情で青年の顔を見つめた。


「新しい体に、新しく名前を考えてみたんだ」


 青年はふっと柔らかな笑みを浮かべたが、それは数秒と持たずにして今にも泣きだしそうな顔へと崩れていった。


「本当は、嫌だよ、怖くて仕方ないよ」


 弱々しく吐き捨てた言葉の端はか細く消えかけていた。

 寒さとは全く別の何かが全身を襲い、震えが止まらない。その震えを抑えるよう、自身の体を抱きしめるようにしてその場に蹲る。鷹を抱いたままの腕の力が一層強まる。涙だけはなんとか堪え、噛み締める唇を一旦緩めると、今一度大きく息を吸って、吐いた。それでも震えは止まらない。


「怖いよ」


 鷹はただじっと、その震える体と声を一番傍で感じていた。

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