名無しと鷹
「ねぇ、次の目的地はそろそろかな?」
短い髪を風に靡かせ、名も無い旅人は自分の肩に止まる鷹へと声を掛ける。
「ねぇ、聞いてるの?」
返事が返ってこないことに、旅人はふくれっ面の拗ねた顔をして鷹に目をやった。横目でちらりと目が合った鷹も、ただじっと旅人の方を見つめていた。
「ねぇ」
旅人はあからさまな不機嫌さを込めて呟く。
すると鷹は「ふう」と小さくため息をついた。ため息をつきたいのはこっちのほうだ、と旅人もわざとらしくため息をつき返す。
「僕の名前は『ねぇ』じゃないんだけど」
鷹はようやく口を開いた。
「君とこうやって旅するようになってもう結構な日が経つけど、未だに名前で呼んでくれないね」
鷹の言葉に旅人の眉間にしわが寄った。相変わらずじっと見つめてくる鷹から視線を逸らしつつ、旅人は尖らせた口から「でもさー」「だってさー」と不満そうに漏らす。
「別にいいじゃん、名前呼ばないくらいで困ることないし、僕だって名無しだけど困ってないでしょ」
「君は名無しだから仕方ないけど、僕にはちゃんと名前があるんだから」
鷹の言葉に旅人の眉間にはさらにしわが寄った。ちらりと睨むと変わらず見つめてくる視線とぶつかる。責めるわけでもなく懇願するわけでもない、ただ疑問を持ったきょとんとした顔が窺える。
この話はもうしたくない。とでも言うように、旅人は口を閉じつんっと鷹から顔を逸らして足を速めた。
「君はいつになったら僕の名前を呼んでくれるの?」
ああもうしつこいな。言葉を投げられる度にそれから逃げるように旅人の歩幅が広くなる。
「二百年後かなー」
旅人は投げやりに答えた。
***
「あれから随分と経ったけど、君は相変わらず僕のことを名前で呼んでくれないね」
カダルは優雅に空を舞いながら、真下に声を落とす。
「あれからってどれから」
三つ編みにしたおさげを風に靡かせ、ノーマッドは空を舞うカダルへと声を張る。
「あんたとは歩いてきた道のりが長すぎて、いつのこと言ってるのかわからないなー」
とぼけた口調でそう言いながらノーマッドはすまし顔を決め込む。
やれやれいつもこうだ。昔話をするときはいつだってはぐらかされる。カダルは少し呆れた表情を見せながら、仕方ないなあと微笑んだ。
「君はいつになったら僕の名前を呼んでくれるの?」
いつの日かと同じ言葉を繰り返す。
いつの日かと同じようにノーマッドはカダルと視線を合わせなかった。ただ、真っ直ぐにその先を見つめていた。
「百年後かなー」
ノーマッドは笑いながら答えた。
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