綿舞い風と春待ちの帆

 ふわふわの白が風に舞っていた。

 植物の綿だろうか、それにしては大きい気もする、両の手のひらに乗せたらこぼれてしまいそうだ。そんな白のかたまりがいくつもいくつも青い空に舞い上がっていく。


「あれはワタゴモリの抜け殻だよ」


 物珍しそうに眺めているのを察したのか、近くにいた少年が教えてくれた。

 話を聞くとワタゴモリとはこの地域に生息する生き物らしい、どうやら姿形はブタに近そうだ。春から秋にかけては薄い体毛に身を包み、冬になると身体中を綿のようなふわふわの毛皮で包まれる。それで寒さから身を守りながら冬を越して、そして春になり暖かくなるとぶるりとそれを脱ぎ捨てる。

 脱ぎ捨てられた綿の毛皮がこうして春の風に吹かれると空へと舞い上がってくるらしい。


「ほら見て、あそこ、気球乗りが抜け殻を収穫してる」


 少年が指さす方を見ればカラフルなバルーンが空に浮かび上がっていて、籠からは大きな網を抱える人影が見えた。風で舞い上がり空で一度干されお日様をいっぱいに浴びたものを収穫するため、気球を使うらしい。

 気球乗りがゆったりとした動作で網を振るうと綿は大人しく網に掬われていった。慌てて網を振るえばその風で綿は舞い散ってしまうので、せっかちには務まらない仕事だと言う。

 収穫して一体どうするんだろう。


「赤ちゃんの服を作るんだよ」


 尋ねてみれば少年は朗らかに答えてくれた。

 ふわふわの綿でふわふわの服を編みふわふわと赤子を包む、この土地に生まれたひとたちはみんなあのふわふわに包まれてきた。

 冬の寒さからワタゴモリを守ってきた毛皮に、赤子を災いから守ってくれるようにと願いが込められ、古くから御守りとして受け継がれてきた伝統らしい。

 綿は他の生き物たちの住処にも必要となるらしく、たくさん採ることは許されていない。なので限られた綿は赤子のために扱う特別なものとされていた。


「僕の家にももうすぐ生まれるんだ、赤ちゃん」


 少年は嬉しそうにはにかむ。

 ひとたび風が吹いた、少年がわあっと歓喜の声を上げる、白い綿がまたいくつもいくつも空へと舞い上がっていく。待ち侘びた春の陽気に漂いながら、ひゅるりと吹かれては踊るように。

 

「あれが僕の家の赤ちゃんの服になるのかなあ」


 少年は待ちきれない様子で目を輝かせていた。

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