4 快適なマンション
翌朝。入学式で教員が説明していたとおり、スマートフォンに学校からのメールが届いた。件名は「【重要】所属する組の案内について」だ。
とうとう来たか、と期待と不安で胸がいっぱいに……、とはならないが、早速、メールを開いてみた。記載内容は……、
所属組 塚原組
所属係 第一実行係
思わず、ムムム、という表情をした。何度画面から目を逸らして改めて確認しても、「塚原組」という文字が目に留まる。
「間違い、ではないか……」
身支度を済ませ玄関の扉を開いたところには、トレンチスタイルの制服に身を包んだ歌恋が立っている。
「おはよ。……瑠璃香、どうしたの?」
私の顔面が、見てわかるほどに大層残念がっていたのだろう。歌恋は文字どおり「どうしたの」という顔で私のことを見つめてくる。しかし、その美貌を見つめ続けることすらままならないほどに、私は疲弊していた——精神的に。
「塚原組だった……」
「えっ! 私もだよ」
歌恋の言葉を聞いて、私は顔を上げた。気持ちの救われようが半端ない。
「本当に?」
「うん。ちなみに、係は? 私は第一実行係だった」
またさらに、私の心は上向いた。
「私も第一実行係だった。ってことは、基本的に、この先ずっと歌恋と一緒ってことか!」
第一実行係は、特別措置の際、現場で実際に特別措置対象者の殺害を執行する役目を担っている。最も表で活動するという意味でいえば花形なのかもしれないが、無論やっていることは華ではない。
しかし、歌恋と同じ係だとわかったことで、華であるとかそうでないとかは関係なく、心が救われるような気がした。
◇◆◇
歌恋と揃ってマンションから出て、昨日も入学式で訪れた国立清和高等学校へと向かった。今日もよく晴れた天気、まだ年度が始まったばかりだというのに、随分と日差しが厳しい。帽子がほしいと感じたが、よく考えれば、これまでの人生で帽子を被った記憶などほとんどない。その記憶だと思っている残像でさえ、夢の中の話か他人の姿なのかもしれないと思えるほどだ。
私たちは、同じマンションの隣の部屋に住んでいる。だから、学校に行くときは基本的に一緒だ。
国立清和高等学校の生徒には、全員にマンションの一室が与えられる。生徒は全員、児童養護施設出身の身寄りのない子どもたちだからだ。帰る家などないし、賃貸契約するにも住民票を取得できないので難しい。
親がいないというのは、交通事故で失ったり、何らかの事件に巻き込まれたり、失踪したり、あるいは虐待であったりと、多様な理由によるものだ。いずれにせよ、国立清和高等学校に入学するまでに乳児院または児童養護施設での生活を経験しているという点が共通している。
マンションは、すべての生徒が入るほどの巨大なものが一つあるわけではなく、二階から四階建て程度の大きさのものが、一般の賃貸物件に雲隠れするような形であちこちに点在している形だ。そのため、仲の良い友達と同じマンションに住みたくても住めない場合もあるし、好きではない人間と同じマンションになる可能性だってある。
私が歌恋と同じマンションになったのは、本当に偶然であって運が良かったというわけだ。
「本当にマンションは快適だよね〜。ずっとあそこで暮らしていたいぐらいに」
もう振り返っても見えないほどに歩いてきたが、そう告げると、歌恋は「そうだよね」と笑ってくれた。
マンションに住み始めてから、まだ数日しか経過していない。それでも、その快適さには驚かされるほどだ。
私たちは、言わずもがな、非常に秘匿性の高い立場にある。特別措置の作戦内容が記されたスマホの画面を簡単に他人に見られてはいけないし、それについて話している電話を聞かれてもいけない。
また、マンション内では、各部屋と各階廊下に高性能なスピーカーが設置されており、緊急の連絡などが放送されることもある。そういったものが部外者に聞かれてもいけない。
そのため、マンションは最新式で最高品質の防音設計となっている。内部から外部に音が漏れることはないし、外部の音が内部に聞こえてくることもない。
たとえば、部屋の中でピアノやバイオリンを弾いたとしても、外には全く音が漏れない。窓のすぐ向こう側でトラック同士の正面衝突の交通事故があっても、部屋内にはまるで何の音もしない。地面が揺れれば、多少食器がガタガタと音を立てるぐらいのものだ。
窓はすべて高性能なミラーガラスとなっており、外側から見れば鏡のようになっている。しかも、透過率は十分の一パーセント未満と、もはや鏡そのものと言っても過言ではないほどだ。
それに、通常のミラーガラスであれば弱点となる夜間や曇天時においては、自動的にシャッターが閉まる仕組みとなっており、もはや外部からの視線を全く気にする必要がない。マンションの屋根に装着されているセンサーが、部屋の外部の明るさを常時測定している仕組みだ。
とはいえ、一応室内にはカーテンが取り付けられている。朝など日光が差し込んできてほしくない場合は、カーテンを閉めておけば良い。
これほどプライバシーが守られた物件など、他に存在しないだろう。
——しかし、それは私たち個人のプライバシーを守るという意味ではなく、仕事のプライバシーを守ることであって、ひいては組織を守るという意味であることを忘れてはいけない。
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