3 壁に囲まれた学校
ここまでに述べたことは、昨日までの刑法に基づく特別措置だ。第一段階の特別措置とも言えるだろう。しかし、今日から施行される人民選別法によって、特別措置の対象が広がることとなる。
「刑法に基づかないってことは、たとえば、誰かが簡単に『死ねよ』って思ったことであっても、特別措置の対象になりうるってことだよね?」
「そうそう。でも、一応、内閣総理大臣の裁量となっているけどね」
歌恋の言うとおり、誰かが「死ねよ」と思ったことに対し、内閣総理大臣が「特別措置対象者とする」決定をしなければ、特別措置の対象とはならない。
現在のところ、マスコミなどの間では、暴走運転によって人が死傷した場合で、過失運転致死で起訴された場合などで適用される想定がなされている。実感としては危険運転であっても、裁判例などに照らし合わせることによって過失運転とされることについて、国民感情が納得できないということが問題になっているからだ。
続けて歌恋に問う。
「私たちの特別措置の手段は変わらない?」
「基本的には変わらない。でも、今までは居所登録があったけど、これからはそれがない場合もあるから、相手がどこにいるのか、誰といるのか、どのような状態でいるのか、そういったことが具体的に不明なまま乗り込む必要がある可能性もあるのかな」
「なるほど」
私は大きな関心もないようにそう答えたが、歌恋は続けた。
「……まぁ、これまでも、居所登録の場所にいなかったり、謎の暴力団集団が揃っていたりしたって聞いたから、……あまり変わらないのかもね」
本来的には、居所登録のあった場所に、特別措置対象者が一人だけでいるというのが決まりだ。ところが、一部の対象者は、国立清和高等学校の目を
◇◆◇
ようやく国立清和高等学校の低い校舎が見えてきたところで、私は再び口を開いた。
「組の発表って、いつだっけ?」
問うと、歌恋はバッグからスマートフォンを取り出してきた。何度かフリックしたりタップしたりしては、
「ええと、……来週の月曜日だって」
今日は高等学校の入学式。とはいえ、何かするというほどのものでもなく、どちらかというと気を引き締めるための集会、という程度のものだ。
「そっかぁ。塚原組じゃないことだけ、……お願い、神様」
私が無気力にそのように祈っているので、歌恋は嬌笑していた。
国立清和高等学校の敷地は、外部と完全な壁で仕切られている。しかも、外部から内部を簡単に視認することができないように、かなり背が高い壁となっている。壁をよじ登ってその上部から内部を見ようと試みても良いが、壁には部分的に電気が流れており、すなわちよじ登ることは不可能だ。
そのような背の高い壁の横を歩き進めながら指定された場所に行けば、すでに教員と見られる人物が何人か立っていた。生徒たちの姿もちらほら。
「山瀬瑠璃香と大嶺歌恋です。生徒証はこちらです」
スマートフォンに搭載されている生徒証を見せると、壁の扉を開いて中に入るように促された。
薄暗い廊下の所々に掲示されている案内を頼りに進んでいき、私たちは会議室のような部屋に到着した。それほど巨大な部屋ではないが、そもそも生徒の人数は多くない。これだけあれば十分と考えられる最低限のサイズに調整しているのだろう。
同じ中学校から来た顔見知りの生徒たちと同じように、私たちは前方から詰めるように座席についた。隣は歌恋。どこか、冷たい視線が飛び交っているようにも感じられたが、気のせいだったのだろうか。
◇◆◇
入学式は至ってシンプルだった。もはや「式」と呼んで良いのか怪しいほどに質素なものだった。
行ったことといえば、今日から高校生となることを告げられ、身を引き締めるように注意されたぐらい。加えて、明日からの校舎への入り方を説明された程度。
これのどこが入学式なのかと問われれば、偉そうな顔をして立っていた教員でさえ、回答には躊躇するだろう。
「はぁ、疲れた」
帰り際、歌恋を隣にため息をつけば、彼女は否定することなく笑っていた。
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