2 「死刑」からの移行
私、歌恋、朱莉と三人で参加した随行。そこで発生した、朱莉が特別措置対象者側に捕らえられてしまうという想定外の事態。
歌恋は、大事な仲間である朱莉が相手側に捕まっている状況を、ただ眺めながら指示を待つなどできなかった。
随行者も高校生と同じように自動拳銃とナイフの装備を整えているが、使う予定のなかった自動拳銃にはマガジンを装填していなかった。そのため、彼女はナイフを手に敵へと襲いかかった。
しかし、当時の彼女は成績優秀ではあったものの、経験はゼロと同等であってまだまだ未熟。そんな技量で、その場をうまく切り抜けられるはずもなかった。
振るったナイフはひらりひらりと
この任務自体は、その後の高校生たちの活躍により、無事特別措置対象者の殺害までを成し遂げることができた。
一方で、朱莉の容体は好転することはなく、現在でも意識不明の重体のまま、国立清和高等学校に併設されている病院で寝たきり状態だ。
この一件によって、歌恋は、国立清和高等学校のみならず、中学校においても広く知れ渡ることとなった——自分勝手な行動で同級生を刺し、意識不明の重体に追いやった女として。
どのような理由があるにせよ、結果としてそのような事態を招いたことによって、歌恋は一部の生徒たちから避けられるようになった。成績は優秀だし性格もいいはずなのに、そんな本当の彼女の姿を全然理解していない人の姿がちらほらあることは確かだ。
彼女は私以外と話した覚えがないと言っていたが、それはそうなのだろう。実際、事務的に会話が必要とされる場面以外において、他の人と話している姿を見たことがない。
「私はさ、……わかってるよ。歌恋が、朱莉のことを大事に想っていたからこそとった行動だったんだって。だから、私は歌恋を責めたりしない。……きっと、他のみんなもすぐに理解してくれるよ」
しかし、彼女の表情は硬いままだ。
「ありがと、瑠璃香。でも、……私、やっぱり、……みんなから信用されるのは、まだまだ難しいよね」
困った顔でそう笑う歌恋の横顔は、あまりにも儚い。少しでも誤った触れ方をすれば、すぐにひび割れて崩れてしまいそうだ。
……あの時の話になれば、彼女はいつだってこういう顔をする。
◇◆◇
人民選別法の施行。それにより、何が変わるのか。
私は、気分を変えるためにも、改めて歌恋と答え合わせをすることにした。
「今までは、特別措置の対象が刑法犯罪者に限られていたじゃん? それが、刑法犯罪者以外にも広がるって感じ。つまり、これからは、刑法に触れていなくても特別措置の対象になりうるってこと」
そうだった。歌恋の答えに深く頷いた。
日本では、その昔、刑法により「死刑」という制度が規定されていた。その名のとおり罪に対して死で償うものであって、当時は殺人や
しかし、五年ほど前からは、世論を受けて、刑法罪のすべてに対して死刑が適用されうることとなった。要するに、前述したようなもののほか尊属従殺人や不同意性交致死などはもちろん、万引きなどであっても死刑が適用される可能性があるということだ。
このように「死」によって償うことがかなり身近になったことにより、死刑囚が激増することとなった。
従来の死刑執行では、すでに拘置所に収監されている死刑囚を、いわゆる「刑場」で執行することとなっていた。また、死刑判決が確定してから実際の死刑執行までは何年もかかることが通例だった。
それを継続していれば、早いペースで死刑囚が拘置所に溜まることにより、施設の管理費が膨れ上がることになってしまう。
この問題に対し、国家、ひいては国立清和高等学校は実に新しい手法によってアプローチすることとなった。
具体的には、一部の死刑囚に関して拘置所を廃止することで、死刑判決確定後に拘置所に収監されることをやめた。代わりに、当該死刑囚には居所を登録させた上で普通の生活に戻すことにした。
ただし、それは罪を免れたわけでも執行猶予となったわけでもなく、単に拘置所ではない場所で生活を監視されているだけだ。つまり、このように刑場で死刑が執行される死刑囚以外の死刑囚の動向は、国立清和高等学校の生徒が逐一監視することとなった。
その後、適当な頃合いに死刑と同様の措置が執行されることとなる——すなわち、特別措置の執行ということだ。まるで普段どおりの生活を送っていたところに、急に死が訪れるというわけだ。
国立清和高等学校の生徒による特別措置は、多くの場合、銃かナイフで行われる。昔のように
ここまでの話、要すれば、昔にあった「死刑」という制度に、「特別措置」という制度が加わったというイメージだ。
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