第一章 ようこそ、歪んだ国へ

1 社会悪の排除

 私たちの国立清和高等学校への入学式がある日のことだ。子どもが描く絵のようによく晴れた朝だった。

「ねぇ、瑠璃香。今朝のニュース見た? 人民選別法のことばっかりだったね」

「え? そうなの?」

 歌恋と一緒に初めて国立清和高等学校に行くまでの道中、彼女が口を開いてきた。直前までは全く関係のない話をしていたのに、突然のことだ。

「えっ、瑠璃香、見てない? ……今日が施行日なんだから、見ておきなよ」

 叱られたのか呆れられたのかよくわからないが、歌恋は苦笑いしながらそう言った。


 彼女は国立清和中学校からの最高の友達。私の知っている限り、最も可愛くてしっかり者、それに優しい。彼女を「天使」と形容しないならば、一体他の誰をそう呼べるだろうか。

「えー、だって、面白くないじゃん。議席の八割はおじさんだし、私たちの声なんてこれっぽっちも聞こえていないだろうに。……興味持てって言われても、まだまだお子様の私には難しいです〜」


 歌恋は間違いなく絶世の美女であるが、私だってきっと負けていない……はず。この毛先の整った綺麗なミディアムの茶髪は、染めたわけではなく地毛なのだ。

「お子様って……。まあ、ちゃんとやるべきことをやるようにすればいいんだけどさ……」

 やるべきことをやる、彼女がそう言い表しているのは、他でもなく「特別措置」のことだ。それが、私たちの仕事であり、……高校生としての学業なのだろう。


「大丈夫。平たく言えば、社会悪の排除、ってところでしょ? それはそれとしてやるからさ」

 私がそう言うと、歌恋は小さなため息をこぼした。

 続けて私が「それに……」と切り出すものだから、歌恋はこちらに視線を向ける。

「政治は私たちのことを、単なる『都合のいい存在』ぐらいにしか思っていないでしょ? そんな人たちが決めていることを、逐一真面目に把握するなんて、……そんなのヤダヤダ」

 だるそうな私の言葉に対して、歌恋は「まあ、そうだけどさ」と同意した。


 そう。国立清和高等学校は、特別措置を行うための組織。本当は誰もしたくないようなことを、当たり前のような顔をしてやってしまう組織なわけだ。

 そのため、政治家たちにとって都合がいいというのは、私と彼女の間だけの話ではなく、実際にそうなのだろうと思っている。確認したわけではないから、あくまで私たちの心の中の範疇だけだが。


    ◇◆◇


 数秒、いや、数十秒ほどは黙っただろうか。わずかに空を眺めているらしい歌恋が、「ところで」と口を開いた。

「私たち、どこの組に入るだろうね。……塚原組つかはらぐみだけは嫌だなぁ」

「塚原組は私も嫌。でも、歌恋と別の組になるのはもっと嫌だ」

 即答すると、歌恋は苦笑した。


「ありがと。でも、そんなこと言ってくれるの、瑠璃香ぐらいだよ。私、誰からも好かれてないから」

「そんなことないよ。歌恋のこと、もうみんな信用してるって」

 私は答えた。しかし、この回答が無責任だということも知っている。

「……だって、随行ずいこうの時、やっちゃったじゃん。あれ以降、瑠璃香としか話していない気がする」

 困ったような顔をして話す歌恋。その脳裏には、数ヶ月前のことが思い出されているのだろう。


 国立清和高等学校に入学する前の国立清和中学校の授業の中では、高等学校に入ってからすぐに特別措置を開始できるよう、「随行」という授業メニューが組み込まれている。

 高校生になって突然特別措置の現場に送り出されても、経験がない状態であれば、たとえ日頃から特別な訓練を積んでいてもお子様レベルだ。そこで、中学生の間に、何度か高校生の特別措置に同行することがある。そのことを「随行」と言い表している。

 もちろん、現場で何かするというわけではなく、高校生が行っている特別措置を、遠くから眺めているだけだ。


 しかし、あの時は違った。私たち随行者も巻き込まれる想定外の事態が発生したのだ。

 その時の随行には、私と歌恋、そして同級生の保科ほしな朱莉あかりが参加していた。そのうち、朱莉が特別措置対象者側に捕らえられてしまったのだ。

 直後、現場の高校生たちは学校側の指示を待つとしていたが、朱莉は今にも殺されそうな状態だった。そんな切羽詰まった状況で、歌恋はただ眺めておくことなどできなかった。

 そこで彼女は、学校や高校生の指示などを待たず、朱莉を捕まえていた人間に襲いかかったわけだ。

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