2 人を殺す仕事

 私たち、国立清和高等学校の生徒たちはある仕事を持っている。

 ——人を殺す仕事だ。

 このことを、私たちは「特別措置」と呼んでいる。なお、この名前は、誰かが勝手に名付けたものではなく、法律上規定されている用語だ。


 もう少し説明すると、今年度より施行された法律、通称「人民選別法」によって、特別措置は規定されている。通称というのは、厳密にはもっと長い名前があるが、慣例的にこう呼んでいるというものだ。法律名が長いと、このように手っ取り早い名前にまとめられることがよくあるものだ。


 人民選別法には、国立清和高等学校の生徒が人を殺す、などとは一切記載されていない。書かれているのは、「内閣総理大臣が、他人の生活の平穏を害する者又は脅かす者の特別措置を決定することができる」ということだけだ。

 具体的に、「他人の生活の平穏を害する者又は脅かす者」の内容は記されていないし、特別措置がどのような方法で誰が執行するのかも書かれていない。

 では、政令や省令に委任されているのかといえば、そういうわけでもない。人民選別法は珍しく、施行令や施行規則が設けられていない法律の一つだ。


 言い換えれば、それだけ秘匿性の高い内容を扱っているわけであって、異例ずくめであるというわけだ。

 そういった特殊な法律に基づいて動いている私たちが、真っ当なことをしているはずがないというのは、容易たやすく想像できるだろう。だからこそ、自動拳銃を持って、特別措置という殺人に近いことを行っているわけだ。


    ◇◆◇


 重要なことは、これが、法律成立当時の政権が血迷った結果ではないということ。もう少し言えば、人民選別法は国民によって望まれ成立したものだ。


 当時の日本社会では、ありとあらゆる問題が蔓延はびこっていた。たとえば、過度なインフレや円安、超がつくほどの少子高齢化、改善されない経済不況など。そして、それらは基本的に金銭的な形になって国民に降りかかってくる——すなわち、税金や社会保険料、さらには物価だ。

 また、高度に情報化が発達した社会において、情報は過去類を見ないほどの規模とスピードで広がることとなった。その結果、誰もが簡単に情報を発信できるというメリットを持つ一方、意図しない捉え方が広まったり、他人に迷惑をかけることさえ出てきた。


 これらを無理やりまとめるとすれば、国民の間では多大なるストレスが溜まっていたわけだ。そして、それらの解消方法のベクトルは、他人に対して向けられた。

 人間誰しも、自分の腹の中のストレスを、自分のみで解消できるほど出来が良いことはない。自分を守るための言い訳として、他人のせいにすることは誰にでもよくあることだ。

 その結果、「あいつがいなくなれば」という感情が国民の中で湧き立っていった。簡単に標的となったのは、インターネット上の有名人や、単なる一般人でありつつも行動などを動画で撮影されてインターネット上で拡散された人物などである。


    ◇◆◇


 これらの末、国民が望んだことは、「社会にとってこんな人間いらない」と感じた人間を端から抹消していくことだった。言い換えれば、「他人に迷惑をかけるような人間など、消えてもらっていい」ということだった。

 この世論を国会議員が汲み取り、あまりにも他人に迷惑をかけていると考えられる人間を排除するという法案が国会に提出された。

 ——これが、人民選別法の誕生だ。


 そのため、私たちがしていることは単なる人殺しではない。国民の中で「他人に迷惑をかける人間」と認識された人物のことを、内閣総理大臣の決定に基づき、端から消していっているだけである。

 つまり、これは仕事であって、国民から反感を買うことはないはずだし、そもそも望まれているべきことだ。


 しかし、世論は往々にして変化するものだ。最初は民意に基づいていたはずの人民選別法が、いつしか悪者と認識されることによって、廃止へと追い込まれる——それこそ、私たちがこの先経験することなのだろうか。

 そんなことを思いながら、今夜も眠りにつく。誰が悪いのかなんてわからない。ただ、世論がそうなるだけだ。

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