プロローグ

1 特別措置

「……。…………。……っ、……————!」

 待って待って待って待って。

 眠りから覚めた私の目の前に立っているのは、女子一人と男子二人。それぞれが二メートルぐらいの距離から、ベッドの上で目を丸くしている私に自動拳銃の銃口を向けている。無機質なその銃口からは、並々ならぬ緊張が感じられる。

「なっ、……何をしてるんですか……?」

 名前も顔も知らない人たちだが、彼女らの正体を知っている。

 ——国立清和せいわ高等学校の生徒たちだ。そして、……私もその一員である。


 どうして、本来仲間であるはずの人たちから銃口を生々しく向けられているのか。……考えてもわからない。何もわからないし、昨日までの自分に悪いことはなかったはずだ。あるいは、誰かに嫌われるようなことをしたか? ……いや、それも全く思い浮かばない。

 つまり、つい数分前までパジャマ姿という最大限の無防備な格好で寝ていたのに、理由もわからないまま、突然に生と死の瀬戸際に立たされているわけである。


    ◇◆◇


 女子生徒が、左耳に手を当てた。あれが何か、知っている。

 左耳だけに付ける無線型のイヤホンだ。マイクの機能も備わっている。イヤホンに触れる動作をするときは、自分が話すときに限る。ちょうどマイクをオンにするボタンがそこに付いているからだ。

「……。……、こちらの山瀬やませ瑠璃香るりかの執行はまだできていない。ちょうど今起きたところで、戸惑っている様子。大嶺おおみね歌恋かれんの執行は?」


 ——! 今、大嶺歌恋と言ったか?

 背筋が伸びる心地がして、女子生徒に目を見張った。

 執行? ……まさか、本当に執行と言ったのか?

「すみません。今、執行と言いましたよね? つまり……?」

 恐る恐る声を出してみた。くだんの自動拳銃の銃口はぴくりとも動かず、私のことをブレずに見据えている。


「そうですよ、山瀬さん」

「待って、……きっと、人違いです。私はあなたと同じ、国立清和高等学校の生徒です。つい数週間前まで、あなたと同じように執行していました。つまり、あなたが本当に執行すべき相手は、おそらく私ではない別の山瀬だと思います」

 なんとか説明し切った。絶対におかしい。数週間前に私も同じことをしたばかりだ。それが、どうして今度は、身内が身内のことを……。


 ——そして、それよりも。

「さっき話されていた、大嶺歌恋。……歌恋は大丈夫なんですか? ……大丈夫ですよね? そちらも人違いです。今すぐ中断してください」

 まさか、同日に二件も人違いが発生するとは。


 大嶺歌恋。私の最高の友人だ。彼女が自動拳銃の餌食になるはずがない。何かの間違いであることは確かだ。

「……。……、山瀬瑠璃香が人違いだと言っていますが。念のため、もう一度居所の確認をお願いします」

 女子生徒は次に、一度自動拳銃を腰に下げると、左手首に装着している腕時計型端末の液晶画面をタッチして操作し始めた——無線の接続先を切り替えているのである。


 左耳に装着しているイヤホンは、二種類の無線と交信している。一つは「広域バンド」と呼ばれるもので、インターネット経由で通話する仕組みとなっている無線だ。したがって、インターネットが繋がる場所であれば、世界中のどこにいても仲間と話すことができる。

 もう一つは、シンプルに「短距離無線」と呼ばれるもの。普通の無線と同じように、同一周波数を用いている人と無線のやり取りができるものだ。無論、遠くにいる人物とは接続できず、目安としては二十メートルの範囲内で利用するものだ。その距離内であれば普通の無線よりもかなり明瞭にやり取りできるし、逆に、距離が離れていくほどノイズが乗りやすくなる。


 それら二種類の無線と接続しているイヤホンは、受信に関しては両方から常時行なっているが、発信は同じタイミングに一方にしかできない仕組みとなっている。そのため、自分から何か言葉を発信する前に、広域バンドと短距離無線のどちらに接続しておくかを設定する必要がある。

 その設定を行うために用いるのが、女子生徒が触った腕時計型端末だ。

 なお、複数の音声を同時に受信した場合は、イヤホンが自動的に順番に並べてくれる。声が重複することはない。


    ◇◆◇


 やがて女子生徒は、再び自動拳銃をベッドの上の私に向けた。

「山瀬瑠璃香さん。間違っていない、人違いではないと確認が取れました。ですので、このまま執行します」

「まっ、待って! ……何かの間違いです。おかしいです。絶対におかしいです! どうして仲間を撃つんですか? 本当に人違いではないですか? もうすぐ私たちは卒業なんです。……絶対に間違ってます! ————」


 バスン——————、…………

 独特の響き、サプレッサー付きの自動拳銃の発砲音が遠くから聞こえてきた。

「えっ……、……待ってください、待ってください、待ってください……。今の音、まさか……」

「ええ、そのまさかです。たった今、大嶺歌恋の執行が完了したとのこと。……生憎あいにくですが、今度はあなたの番です。それでは、……良き人生の終わりを——」


 バスン——————、…………

 独特の響き、……いや、この痛み……、手をベッドの宮棚にぶつけた音だ。意識がはっきりするにつれ、私の右手首がじんとする。

 ベッドの周りに誰もいないことを確かめてから、ゆっくりと立ち上がって、窓の側まで歩いてみた。外は明るい。ベッド側に目をやれば、先ほどの宮棚に置いている時計が、昼食の時間が迫っていることを示している。

 歩いてきた道を辿るように戻り、再びベッドに横になってスマートフォンの画面をつけてみた。歌恋からのメッセージの通知が表示されている。

「……夢か…………」


    ◇◆◇


 歌恋は無事。私も無事。

 何か、あまり精神衛生上よろしくない夢を見た気がするが、いまいちはっきりと覚えていない。何か良くない夢、何か不吉そうな夢、そういったものを見たということだけ全身の感覚が脳に伝えてくる。しかし、記憶はない。

 それでも良かったのかもしれない。悪い夢をずっと覚えておきたいなどとは思わない。悪い夢なのであれば忘れたい。願わくば、忘れる必要すらないよう覚えたくもない。

 そんな、午前十一時五十分。スマートフォンを宮棚に戻し、また仰向けになった。そして、ふと心に浮かんだ言葉が体内のどこかの管を通って、すうっと口から出ていく。

「特別措置、か——」

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