第四話『アルティメット管理国家、始動ッ!』

——アルティメット管理国家『ウオランド』。

 

 その水に囲まれた巨大な島は、かつてギザと呼ばれ、人間の生存者たちが集められた砂漠の土地だ。

 ウオの王による高らかな国家樹立宣言から四半世紀、ギザは大きく変貌を遂げた。


 元々は大陸と地続きだったその場所は、究極生命体ウオの怪力によって局所的な隆起・沈降が引き起こされ、ナイルの水が流れ込むことで、巨大な島、ウオランドとなった。

 ウオランドは、百五十のウオたちの住む大ピラミッドを中心に据え、その下へ下へと、山の裾野が広がるようにして人間の住居・労働の場が位置しており、その広さは千六百平方キロメートルにも渡る。

 その周囲には、とてつもない幅の、えげつない深さの溝。

 ウオランドが、島のように水に浮かんでいるように見えるのは、その溝に、毎年七月頃からのナイルの氾濫の影響で、常時なみなみの水が張られるような設計になっているからだ。


 つまりウオランドを上空から見下ろすと、ウオの根城である四角錐の天守が配置された本丸、本丸を取り囲むように隣接し人間が活動する二の丸、そしてそれらを囲う水堀という、輪郭式りんかくしきの城郭建築のような構造を確認できた。


 一番外側の水堀『三途川さんずがわ』。


 工業廃水や、エデンの園からの得体のしれない液体が垂れ流しの、ドス黒い川。

 ここを泳いで、あるいは船で渡って逃亡を図る者がいれば、問答無用で直ちに、ウオのしもべである『管理者』によって銃殺刑に処される。

 もっとも、運よく管理者の目を逃れても、溝には大量の巨大人喰いザメが巣食うので、逃げ切れず死ぬこと請け合いである。

 

 城の二の丸にあたる人間の活動区画『労動所』。


 ここはひとことで言えば、世界の縮図だ。

 山、谷、森、川、田、畑、街、工場。

 人間の活動の場というだけあって、建物が多数点在する。

 建物の屋根はどれも、大ピラミッドを基点として、西側は真っ赤に、東は真っ青に、塗り分けられている。

 酷いデザインだ。お世辞にもセンスが良いとは言えない。


 そして、東の空に昇る太陽が照らす、大ピラミッドの頂には……


 全裸で、無毛の、筋骨隆々の肉体。

 ウオの王だ。


 王は仁王立ちして、下々の生産者たちを見下ろし、こう叫んだ。

卍生産者たちよ! セックスがしたいかぁ!卍

 耳を疑うような問いかけ。


 それに対し、生産活動に勤しむ百万の人間の男女たちは、

「「「「「オー!」」」」」

 と、元気良く呼応する。

 こちらは、服をしっかり着ている。


卍人間どもよ! ならば生産活動に勤しみ、我々ウオに仕えよ!卍

 全裸のくせに、相当偉そうにしている。


 すると人間たちは皆、妙な卍型のポーズをとり始め……

「「「「ウオのために!!!!」」」」

 と叫ぶ。


 従順な、若い人間の男女たち。


卍では今日も一日、エデンの園を目指して、働きたまえ! 解散ンッ!!卍


 人間たちは、ウオの贅沢な生活を支えるために『生産者』として、今日もせっせと働く。




♀△♂♀△♂♀△♂♀△♂♀△♂♀△♂♀△♂♀△♂




__男性労動所第一管区『モリモリの森』にて__


 モリモリの森。


 リンゴやイチジクなど、食用の実の成る木が繁茂する、大きな森だ。


 ごく稀にヘビも現れるが、それは究極生命体ウオらにとって極上の珍味らしく、献上しがいのある代物だ。


 今、森から二人の男が出てきた。


 何かが詰まった袋を持っているのがわかる。


 ウオへの献上物を集めてきたのだ。


 彼らは、すぐそこの『納品所のうひんじょ』と書かれた札のかかった、掘っ建て小屋の窓口を訪れる。


 納品所の窓から屈強な男が顔を出し、 

「おっ、今日の採集はどんなもんだい?」

 と、二人に声をかける。


 すると静かに、鈍く光る義手が、ひとつのリンゴをカウンターの上に置く。


「リンゴが……ひとつ。これだけか?」

 と、窓口の男が尋ねると、


「ああ」

 と、義手の男が答える。


 男性にしては、高めの、中性的な声だ。


「はいよ。青渡珠紀あおわたりたまきさんに五点っと」

 と、窓口の男は、帳簿に書き込みをする。


 すると次は、義手の男と並ぶもう一人の男が、

「やい管理者さま! こっちは大量だぞ? 見てくれ!」

 と、元気よく窓口の男に声をかける。


 カウンターにゴロゴロと転がる果実。


「リンゴが二十個とイチジクが三十個……はい、是津林太郎ぜつりんたろうさんに二二〇点ね」

 『管理者』と呼ばれるう男性がそう言った。


「くぅ! この量でたったそれだけか! 四八一九一九点まで三〇〇〇〇〇点以上、エデンの園への道は遠いねぇ! 珠紀たまき、俺たちも仕事に精を出さなくちゃあな! 判決ハンケツ大臣に、キュプロス島送りにされるのも嫌だしな!」

 と、嘆く林太郎。


「最低生産ラインさえ割っていなければ、それでいいというのが私の考え……」

 珠紀は、ぼそっとそう呟く。


 林太郎は珠紀の肩に手を置き、

「まぁそうか、お前はあんまり性行為に興味がないもんな。あれだ、去年も最低ラインの一九〇七二一点ギリギリだったしな!」

 と言うも……


「……」

 珠紀は無反応。


 管理者の男も珠紀を不思議がって、

「へぇ、変わったやつもいるもんだな。俺にはセックスなしの生活なんて、考えられない。むしろ毎日セックス三昧のエデンの生活に、憧れるよ」

 と、主張。視線はウオランドの中央、大ピラミッドの方に向けられている。

 

 林太郎は『エデン』という言葉に強く反応し、

「エデンねぇ……ちなみに聞くが、管理者のあんちゃん、あんた前回の生産管理成績はふるわなかったのか?」

 と尋ねる。


「ああ、上位十パーセントゾーン止まりだったんだよ……あと五パーセント。選ばれし百分の一のエデンの民になるために、あともう一万人抜かさなきゃならなかったってわけだ」

 管理者の男は、苦虫を潰したような顔でそう言った。


「いやぁ、惜しかったねぇ」


「本当に。死ぬ気で管理してそのザマさ。もう一度エデンを目指すなら、文字通り死ななけりゃ入れなねぇレベルだよ。だから今年はパスだ」


「へぇ、そうかい。でもよぉ、あんちゃんらは毎月、楽園長らくえんちょうパコルから、エデンの園の風俗券三枚の報酬がもらえるんだろう? 羨ましい限りだぜ」


「馬鹿言え、今時はスケベイスメントとセックスボットのおかげで、管理者だろうが生産者だろうが、対価さえ払えばほとんど本物に近いセックスができるってのに。ほら、そこにいる青渡あおわたり大先生のおかげでよ」


 珠紀は名前を呼ばれるも、管理者と目を合わさずに、

「なんのことですか? 私はただの義肢装具士ですよ……」

 と、サイバネティックスの右腕を、ウィンウィンと動かしながら見せつける。


 林太郎は珠紀を軽く小突いて、

「おい珠紀、建前上は、だろ?」

 とつっこむと、


「まぁ、そうだけど……」

 

 珠紀は、喜怒哀楽どれにも当てはまらない、曖昧な声色でそう言った。


〈第五話『スケベイスメント蔓延、生産大臣動きますッ!に続く』〉

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