第44話 二回転

 あれから、四匹の命を奪った。上の階の奴らが取りこぼした馬のようなモンスターは、時として二匹同時に地下三階へ突入してくることもあった。


 緋翼ひよくを駆使して敵を拘束しながら戦い続けていると、段々と命を奪うことに躊躇ちゅうちょが無くなっていく心を自覚して、鬱になりかける。

 それを世のため人のため自分のためとばかりにアドレナリンで誤魔化して、俺はサーベルを振るい続けた。


 逃げ惑う人々は、既にこの階には一人もいない。他人を守ることを考えなくていいというだけで、多少なりとも気持ちは楽になる。だが、上の階で戦っている、戦っていたはずの仲間たちの状況だけは今だに気がかりだ。


 こいつらを一度絶えさせない限り、俺はこの場に釘付けだ……。


 ブーツが床を擦り、一際甲高い音を立てた。回転しながら、振り回した刃に通した緋翼を、インパクトの瞬間に薄めてやる。少しずつ分かってきたぞ。刀同士の鍔迫り合いのような状況では緋翼を纏わせてじわじわと浸食させるのも有効だろうが、さっさと肉を絶ちたい場合は、ゆるやかに接触する膜で刃を覆うのは逆効果だ。刃は保護されるが、切れ味は下がる。


 斬る時は薄く鋭く、護る時は厚く深く。それが効率のいい能力ちからの使い方なんだ。きっと、成人が近づけば俺も里で教わることになったんだろうが。

 終わりの見えない、しかしある意味安定してきた戦況を終わらせるそれが現れた時、果たして俺は何を思ったのか。


 疑問。疑念。期待。安堵。不安。焦燥。


 律儀にも階段から現れるモンスターと違って――そりゃ、足首をくじきましたーってなりたくないなら階段から来るわな――そいつは砕け散った天井より、躊躇なく飛び降りてきやがった。


 その体から放たれるプレッシャーに、俺は思わず上方を見上げる。


 地下二階の照明に照らされ逆光になったそいつは、マントをなびかせ、狙い澄ましたようにモンスターの死骸の上に着地した。それをクッションにしたのか。


 飛び散る肉片を避けるために、飛び退る。

 その折に別なモンスターの死骸に右足を引っかけてしまい、体勢を崩しかけてしまう。


 っと。


 ――思った以上にキテいるらしい。


 自らに言い聞かせることで誤魔化していた疲労が、現れたそいつのプレッシャーに後押しされ、粘つくような痛みとなって俺の後頭部を刺す。


 くそったれ。今は、一番油断しちゃマズい時だろうが。力強く足を踏み鳴らし、体勢を持ち直す。サーベルを防御寄りの構えとして身体の前で斜めに傾けるが、そいつは即座に俺へと攻撃をしてくる様子は無かった。


 何なんだ、その外見は。

 ……って。ナメてんのか。既に怪我人かよ。


 顔はフードによって隠され、窺うことはできない。今は力なく垂れ下がる焦げ茶色のマントの下に見えた体には、包帯が幾重にも巻きつけられている。正直、そんなキテレツな外見の奴が病院意外にいるとは思えなくて、自分の目が捉えたものを信用できない。つーか、そんな恰好まんがの中の世界専用じゃねーのか。それも、ジャンルはギャグでさ。


 フードの下に隠れたそいつの視線が、ぐるりと地下三階を見渡したような気がした。それはまるで、優先順位を確認しようとしているかのようだった。その証拠に、奴は沢山の人間が逃げて行った、地下四階へと繋がる階段を目指して歩きはじめる。訓練場の広場から抜け出ようとしている。


 ……おーい、ここに一人、俺サマがいるのにまさか気付いていない訳じゃねェだろうな? その眼はほんとに見えてんのか?


 無差別に攻撃を仕掛けてきたモンスターと違い、の奴にはやはり高い知能があるだろうから、別に優先するべき目標があるのか。それは、≪ヴァリアー≫の地下深くを目指すことに関係しているのか。


 ……まァそんなの、考えたって仕方がない。


 敵が望んでいることがなんとなく察せられたとして、それをハイどうぞと差し出す馬鹿がいるかってんだ。


「――邪魔してやるよ」


 床を蹴って、そいつの背中に肉迫する。上段から切り伏せる。その攻撃が相手に当たるか……という時、


「……別にな――、」


 俺の耳朶を打った音。


「――オレは戦いたくないワケじゃないんだ、ぜッ!!」


 ギシ、と腕の関節が軋む感覚があって、それが何なのか正しく把握する前に、俺の身体を再びの浮遊感が包んでいた。腕がしびれる。


 とりあえず、相手に攻撃を当てることはできなかった。それは分かる。弾き飛ばされたのか?


 俺、七十キロ近くあると思うんだけど……。


 なまじ滞空時間が短かったため、瞬間的に緋翼を出すまでの判断ができず、俺は横ばいに地面を滑って止まる。床に手を突いて素早く起き上がろうとする、


 が、


「お望みとあらば相手してやんよッ!!」


 この場にそぐわぬ、心底楽しそうな声と共に。


 俺の顔面が蹴り飛ばさッれッたッのッ――、


「かは――ッ」


 全身の痛みが感じられなくなるほど、全てを忘れるほどの衝撃に、あ、終わる、と冷静な自分が脳内で言った。


「ひ……う…………」


 何回転しただろう。

 頭が重い。

 なんで。

 さっきまでは戦況も、悪くなくて……。


「……なんだよ、一瞬でカタがついちまうとか。冷めるぜ、カスが」


 情けなく地に伏した俺が意識を手放す寸前に聴こえたのは、


「――レンドウから離れてっ!!」


 別の誰かがそいつに挑みかかる声だった、ような…………。

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