ヤイヤイガ蚕化計画(6)

「――この度は、うちのアンナが大変迷惑をお掛けしました! 本当に申し訳ないっ!」


 うおお、が≪ヴァリアー≫の上層部に頭を下げた時と結構似てるシチュエーションだな。いや、床に這いつくばってはいないけど。声がデカいし誠実そうだから、めちゃくちゃ真摯に謝ってる感が感じられるのか。


 客室の扉をノックして回った俺たちを出迎えたのは、五個目の部屋からようやく出てきてくれた妙齢の女。どうやら、他の連中は出払っているらしいな。デル人は彼らの技術を≪ヴァリアー≫に提供するためだけに訪れているワケじゃない。それじゃあギブアンドテイクにならないしな。≪ヴァリアー≫の地下には古代文明の建築技術が使われてるなんて話もあるし、それらを見学する目的もあるのだろう。それから、もしかすると魔人の研究結果にも……興味はあるんだろうか?


 デルからやってきた技術者の集団がどれくらいの年齢層で構成されているのかは知らないが、この女は少なくともアンナより……いや、俺よりも数歳は年上だろう。成人してるかしてないかって辺りか。


 身長は平均くらいだが、少し筋肉質なのが鼠色のシャツの上からでも見て取れた。日常的に工具を振るっているとそうなるのか。ボサボサの赤い髪からはあまり外見に気を使っていなさそうな印象を受ける。が、もしかするとそれは、単に休憩中のところを俺たちがノックで無理やり起こしてしまっただけかもしれないな。


「できるもんならやってみろって、あたしがあの子に言っちゃって……さすがに一人で森に行くほどバカじゃないと思ってたんだけどねぇ……まさか、本当に≪ヴァリアー≫の皆さんを味方に付けられる話術があの子にあるとは……」

「普段はそんな感じなんですか? 僕からは結構、コミュニケーション能力は高そうに思えましたけど」


 レイスはそう言ったが、アンナみたいなタイプはとにかく「自分からグイグイいく」ことが得意なだけであって、それで上手くいくかどうかは相手次第じゃないのか。現に俺は、アンナと話してて「こいつのマシンガントークうっさ過ぎだろ……」って思うこともあるからな。この女が言いたいのは、そういうことなんじゃないか。


「どうなんでしょう、あたしも≪ヴァリアー≫の皆さんといる時のアンナを見たことがないから、なんとも……とにかく、上手くやれているようなら良かったです」


 ……デル人、かなりまともそうに見えるけどな。

 本当に誰からでも見える掲示板で己の欲望を喧伝する、変態の民族なのか?


「それで、そのクーラーボックスは……ヤイヤイガの……ですよね!? 中身、確認させてもらっても大丈夫かしら……!?」

「お、おう……どうぞ?」

「うわ……うわああ、よ、幼虫じゃ、ない!? これは……こんな! ……孵化前の卵が、こんなに……デウスエクスマキナ様、あなた様のご加護に感謝致しま……いやいやいやいや、今回感謝するべきは≪ヴァリアー≫の皆様方に決まっているだろあたし……」


 糸まみれの服装で尋ねたので、なにか不潔なものを見る目でもされるかと思っていたのだが。速攻で状況を理解されたようで、めちゃくちゃ謝られたし感謝もされた。


 だが、今のこの……うわごとの様にブツブツと小声で感嘆を述べている様子は、狂気じみていて少し怖いな。やはり変態か。≪ヴァリアー≫に勤めるマッドサイエンティストどもと似た臭いを感じなくもない。だから≪ヴァリアー≫とデルは仲がいいのか。


 デウスエクスマキナ様とかいうのが、彼女らが崇めるシンなのか。単純にデル人の王の名前という可能性もあるが、あんま人の名前っぽい響きではないよな。長いし。



「――重ね重ね、うちの若いのにご協力いただきありがとうございました!!」


 ――あんたも充分、若そうに見えるけどな。


 ある程度落ち着きを取り戻した女は、ニコレット・ファン・デル・エルスケンと名乗った。


 ニコレットが名前で、それ以外は全てナエジ……違う気がする、ええっと……ミ、そう、苗字。苗字らしい。

 もしかして、そこに“デル”って文字が含まれる民族が興した国だから、デルって国名なのか?


「あれ、そういやアンナのフルネームって……」


 俺自身もそうだが、数の少ない民族だったり、平民だったりは苗字を持たないことが多い。だからてっきり、アンナとしか名乗らなかったあいつにも存在しないのかと思っていたが。


「あの子は名乗りませんでしたか? あの子のフルネームはアンナ・ファン・デル・クローステルですよ」

「なるほど……?」


 髪の色が同じだからか、ニコレットとアンナに血縁関係でもあるのかと思ったが、苗字が違うな。皆が皆赤い髪の民族というなら、それによって特に血が近いとは限らないのか。顔が似てるのかどうかは、吸血鬼の感覚ではまだ判断がつかない。


 デル人においてはファンとデルが共通して苗字に入るなら、ファンが国の名前になる可能性もあったんだろうか。……などと一瞬考えたが、別にどうでもいいので忘れよう。


 レイスが「初対面の、それも外国からのお客さんに対してその口調は……」という視線を送ってくるが、無視した。丁寧語は苦手だ。今の俺が精一杯の丁寧語で喋ろうとした場合、途中でしどろもどろになってしまい、逆に相手に気を遣わせるだけに終わるのがオチだ。バッドコミュニケーション。


「ああ、あなたがレイス君。そして……レンドウ君の方は、元から知ってたよ」


 謝罪フェイズが終わったためか、いつの間にかニコレットの口調はタメ口に変わっていた。姉御肌って印象の口調だな。


「知ってたって……今日が初対面だよな?」

「それはそうだけど、あたしらの中では「≪ヴァリアー≫に赤い髪の新入りがいるらしい、もしかして同族の血が入ってるのか」って話題に上がってたんだよ」

「あァ……そういうことか」


 確か≪ヴァリアー≫に所属する隊員は四百名程度でしかないらしいし、そんなにしょっちゅう新しい隊員が増えていくワケでもないんだろう。その中に珍しい髪色の新隊員が現れたとなれば、注目されてもおかしくはないのか。もしかして、この髪の色を選んだのは失敗だったのか?


「ワリィな、同族じゃないどころか、人間ですらなくて」


 もしかしたら俺が吸血鬼だと知っているのはアンナだけで、他のデル人はまだ知らない可能性も僅かにはあるのか。多少は怖がられるかと覚悟しながら言ったのだが、


「吸血鬼なんだって?」

「なんだ、知ってたのか」

「≪ヴァリアー≫の番外隊は強力な魔人で構成されてる……ってのは有名だからね」

「デル人は……≪ヴァリアー≫がやってる魔人の研究に興味があるのか?」


 お前も俺の身体や血に興味が? とマッドサイエンティストを警戒する目で見てしまうと、ニコレットは両手を前面に押し出してブンブンと振った。


「いやいやそんな! あたしらは魔人を従えて解剖しようだなんて思ってないさ!」

「……解剖までは≪ヴァリアー≫でもされてねェけどな?」


 今のところは。もし死んだら、死体がどう扱われるのかは分からないが。想像もしたくないな。


「そんなこと言ったらあたしらデル人は、ドワーフと良き隣人として協力しながら暮らしている民族だからね。魔人に対する理解は、よそよりもある方だと思うよ」

「え……ドワーフって……そうなのか?」

「あれ、知らなかったかい」


 ニコレットの話を纏めると、だ。


 デルという国は赤毛の技術者の一族が魔人であるドワーフと友好関係を結び、彼らが暮らす鉱山のふもとに機械仕掛けの街を興したのが始まりらしい。


 ドワーフには元来モノ造りに関する天賦の才が備わっており、それを求めて接触しようとしてきたり、最悪拉致しようとしてくるような腐った人間も多かったのだという。デル人はそんなドワーフ達を守るために、他の人間界に対する防波堤のように門を張り巡らせ、鉱山に立ち入りできる者を管理しているのだという。


 ……それだけ聞くと、「デル人だけがドワーフから得られる恩恵を独占しているのでは?」と思わなくもないが、多分これは思っても言っちゃいけないやつだろうな。最悪、国際問題になりそう。まァ、当のドワーフ達が納得してるならいいんだろう。


 特に人間好きのドワーフは鉱山を出てデルの街中で暮らしているという話なので、ドワーフ達が自発的に外の世界に出ていけないよう、鉱山に軟禁しているというワケではなさそうだ。


「ドワーフの工芸品はまさに芸術の極みって感じで。人間なんかじゃ真似できないような巨大な彫刻で、宮殿を彩っちゃうんだ。いつかあんたたちにもその目で見て欲しいよ。≪ヴァリアー≫側がデルに遊びに来るイベントもあっていいと思うんだけどねぇ」


 デル側も別に、他民族が入国すること自体を嫌がってるってワケでもないんだな。ドワーフの身を脅かされるのが嫌なだけか。技術に関しては、今回みたいに友好国にはじゃんじゃん公開しちゃってるみたいだし。

 ニコレットは楽しそうに勧誘してくるが、俺とレイスは苦笑いせざるを得ない。


「ハハ、そりゃァ、外には是非行きてェけどな」

「そうだね。僕ら魔人は自由に遠出できる身分ではないので……」


 俺なんかは事前に外出理由を説明したとしても、「そのまま逃げる気だろ」と誤解される気しかしない。


「あちゃ、それは残念だねぇ」


 本当に、外国に遊びに行けるような理由がありゃァいいんだけどな。


 ここ数か月、人間と地下と森しか見てねェよ。里で生活してた頃に思い描いていた外の世界は……もっと自由で、もっと様々な景色が広がっていた。

 少なくとも、本の中の世界はそうだった。


 ニコレットからデルの話を聞けば聞くほど、外国の景色への憧れは強まっていった……。

 まず何より、ドワーフの待遇が羨ましいよな。吸血鬼を大切にしてくれる国家、どっかにないのか? 人間を食料として見てる以上無理ですね、はいはい。


 その後、いい部屋でシャワーを浴びて来たらしいアンナが、改めてニコレットと共に感謝を述べた。


「レンドウさん、レイスさん……本当にありがとうございましたっ!」

「この御恩は決して無駄にしません。今回こそヤイヤイガの家畜化を成功させて、必ずや≪ヴァリアー≫の皆様に還元してみせます!」


 そうだな、今度こそ成功させて、もう二度と怖い思いをしながらヤイヤイガの大群に襲われるやつが出ないようにしてやってくれ。


 あと、成功したかに関わらず、≪ヴァリアー≫の連中に俺がいかにいい奴だったかは広めといてほしい。


 ――こうして俺がデル人と交友を深め、かの国の事情を知るきっかけとなった、濃ゆい一日は終わった。


 ……粘着糸でベッタベタになったジャージたちのクリーニング代が、レイスの電子通貨口座からしれっと引かれていたことを知って笑うのは、この二日後のことだった。


 大方≪歩く辞書≫からの嫌がらせなんだろうけど。


 はっはっは。俺は常にタダ働きの無一文だからこそ、狙われなくて助かったぜ。



【追加エピソード1】 了

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