ヤイヤイガ蚕化計画(2)
◆レンドウ◆
こいつら、普段着てる衣装以外も着れたんだな……。
いや、呪いの装備というワケでもないし、当たり前なんだけどさ。
ヒガサはゴスロリではなくジャージ、レイスとリバイアも≪ヴァリアー≫の隊員に支給される色分けされたロングコートではなくジャージ。カーリーと俺は……別に普段から装備が固定されているワケでも無かったな。でもジャージ。
アンナと、その妹だというイオナとやらも例外なくジャージ。上下共に白地に黒のラインが入った簡素なものだが、度重なる使用によってか落ちない汚れが各所を彩っている。まァ、言ってしまえば小汚い。だが、≪ヴァリアー≫からの借り物なのであまり贅沢は言ってられねェか。貸してくれただけありがてェってことで。
ヤイヤイガは毒の鱗粉を持ち、幼虫である通称ヤイコとやらはべたべたした糸を吐き出すという話だったので、事前に汚れてもいい服装を準備していたのだ。
これに関しては、俺が≪歩く辞書≫に頼んだ。頼んだ次の日にはもう部屋の前に段ボールが積まれていたので、仕事が早すぎてなんか逆に怖くなってくる。あいつ、性格は悪そうだけど、俺に利のあることをいくつもやってくれてるのも事実なんだよな。いつか溜まった恩を徴収しようとしてきそうな気も……。
メンバーに関しては、ヒガサが積極的に声をかけて集めてくれた。やはりというか、恐らく俺がいるせいで、俺がいても平気な連中にしか声を掛けていないんだろう。普通の人間は吸血鬼を怖がって当たり前だもんな。
というか、ノーマルな人間はヒガサ、アンナ、イオナの三人だけじゃねェか。
俺、レイス、リバイア、カーリー……半数以上が魔人だ。
「まだ孵化してない卵を見つけられればいいんですけど、そうじゃない場合は重い思いをしながらヤイコちゃんを持って帰らなきゃなんですよね~」
森の入り口で、アンナはイオナと共に持つキャスター付きのクーラーボックスの蓋に手を当てながら言った。「重い思い」の部分で少しニヤッとしていたため、ダジャレのつもりらしい。≪ヴァリアー≫周辺の街……エイリアの大部分の地面は平らに慣らされているため、多少ガタガタ言いはせどもキャスターを転がせていたが、この先の森はそうはいかない。彼女たち依頼人の姉妹は四十リットルサイズのクーラーボックスを二人がかりで持ち上げ、運搬を担当することになっていた。
中身が空なのであれば最初の重量は大したことなかったのだろうが、今は底の仕切りの中に氷を敷き詰めている。そのため、見た目よりも重そうだ。
「生態系にも最大限配慮したいと思ってますので、捕まえる子も、捕まえない子も、その親もできるだけ傷つけない、不殺の心がけで行きましょ~!」
不殺の心がけ……ねェ。それ一番難しいやつじゃん。
「ヤイヤイガの成虫が松明の炎を嫌って逃げていくのは聞いたけど、幼虫は素早く飛んで逃げることもできないよね……どうなるの?」
レイスの質問に、アンナはにっこり笑った。
「逃げられないとすぐに悟って、割と徹底抗戦してきますね~」
「えぇ……」
うん、あのにっこりはこっちを困らせる返答が来る時のやつだって、俺もなんとなく分かってたわ。
「ヤイコちゃんを頑張って持ち帰る場合、クーラーボックスに入れて冷やしてあげることで、活性を下げて大人しくしてもらうんですけど……入れるまでが問題なんですよね」
今日が初対面となるレイス、リバイア、カーリーに対して改めて説明する意図があるんだろう。アンナが如何に幼虫よりも卵の方を求めているかアピールしている間に、俺はこっそりカーリーに話しかける。
「……お前の魔法で、幼虫を片っ端から無力化できたりしねェ?」
俺も既に二回受けたことがある、カーリーの固有魔法。恐らくだが、手で触れた相手を強制的に眠らせることができる……結構強いし、便利そうな能力ではあるよな。ガードが出来ないんだったら。
そう思ったのだが、小刻みに首を振られてしまった。
「…………たぶん無理。私のは……相手の頭部に触れて、意思に作用している……ようなところがあるから……」
うおおっ、急に身を寄せて耳元で喋るな……ゾワゾワするっ。
妙にコソコソしているのは、ヒガサに聴かれるのを避けるためだろう。それにしても、なんでそんなに吸血鬼に近づくことに躊躇がないんだ。初対面の印象は最悪だったハズだろ?
「……そもそも、人型にしか効いたことがない。虫相手にはダメだと思う……」
「なるほどな……」
この女は意外としたたかというか、俺の勧めで≪ヴァリアー≫に所属することになったとはいえ、未だ全面的に信じたワケでもないのだろう。自分の魔法の存在を秘匿していやがる。いや、俺は別に……わざわざバラしてやろうとは思わないけど。だって、≪ヴァリアー≫側が一方的に魔人を従える図式を作りたがってるの、いいと思ってねェし。
「僕らの中に、氷系の魔法を使えるヒトがいればよかったんだけどね」
「あと、水系の魔法とかもあれば、粘着糸を落としやすかったかもですね!」
あはは、と冗談めかしてレイスが言い、それにアンナが同調した。
すると、
「ごめんなさい、わたしの魔法、水色のレーザーを放って全てを破壊することしかできなくて……」
「オイ、急に鬱モードになるなよな……」
リバイアは「人々を助けられぬ、傷つけるばかりのこの力が憎い!」とばかりに嘆息した。
悲しい宿命を背負った魔王かなにか?
「まぁ、糸はこれで防げばいいさ」
ヒガサは、自身が右手に持つ日傘……とはまた別の、左手に持つビニール傘を掲げてみせた。透明なビニール傘は向こう側が見えるので、それで粘着糸を防ぎながら進むつもりなんだ。とはいっても、糸を受け続ければ最終的には何も見えなくなっちまうんだろうが。
透明なビニール傘は彼女の他に、リバイアも持っている。二人は盾役というワケだ。……小柄なリバイアに出来るのか? 少し不安な気もする。粘着糸がどれほどの速度と質量で飛んでくるのかが分からないから、なんとも言えないな。
で、まァ、どうせそうなるんだろうと思ってたからどうでもいいんだけど、レイスと俺が汚れ役だ。どうせ何があっても死なないだろう生命力を誇る二人がモンスターの群れに突っ込んで、ヤイコを確保する……そりゃァ利に適ってるだろうさ。手や体が汚れるのはマジで嫌すぎるけど……クソデケェ虫に近づくのも本当は嫌だけど……いやそもそも隠してないが。なんで嫌なことを他人にやらせるんだ、ここの連中は?
カーリーは右手に松明を持っている。成虫を追い払う役割だな。これはそんなに難しくはないらしい。ヒガサがカーリーの持つ松明に火をつけると、いよいよ俺たちは森の中へと足を踏み入れた……。
* * *
「――いたっ、キモムシっ!」
「オイ、本音が出てないか? やっぱり苦手なら、そう言えよ」
初エンカウント。クワの大木を登ろうとしているヤイコ――五十センチ近くあるな、ほぼほぼマックスサイズか――を目にしたアンナの第一声に、俺はツッコミを入れた。
「いやっ、別に平気でっし! 技術者のはしくれっ、素材が取れりゅあらゆうものに恐れず向かうべし!」
「いーや、苦手なモンは苦手だって早めに認めちまった方が楽だと思うがねェ~俺ァ……」
「はぁっ!? 全然平気ですもん……ほら、平気ッショっ!!」
「オイオイ……」
平気っしょ? って言いたかったんだろうが、途中で「キッショ!」に変わってただろ今。
大方、先輩連中から話に聞いていただけで、アンナ本人はヤイコを見るのは初めてなんだろう。事前情報の量から、それなりに勉強したのは間違いないんだろうが……実際に見てみたら、想像以上に無理だったか。いや、それでも売り言葉に買い言葉で、今まさにヤイコに後ろから近づいて背中をむんずと掴んで見せたアンナの精神性は……やるな。中々出来るやつ側なのかもしれん。案外、戦闘訓練とか受けたら強くなったりしそう。
「うぎゃーっ!! めっちゃグネるーっ!!」
巨大イモムシの背中の真ん中あたりを掴んだせいだろう。空中に取り上げられたヤイコは激しく抵抗する。上側と下側が別々にぐねぐね暴れ、口の先からは粘着糸が噴出している。全く上を向けないというワケじゃないが、主に左右にしかジタバタできないのか。少なくとも、後ろ側にあるアンナの顔に向けて発射することができないのは救いだろう。
「真ん中を掴んでるから駄目なんだろ! 頭ッ、もっと頭の近くを持てって……!」
俺は見てる側だから、まだ冷静にそう気づけるだけなのかもしれないな、と思いつつ近づいて、アンナが抱えていた巨大イモムシの頭を後ろからガシッと掴んで奪い取る。右手で。
ガシッと、とは言ったが。さすがはモンスターのはしくれと言うべきか、それだけで潰れるようなことはない。
……これ、粘着糸よりも噛みつきに警戒するべきモンスターじゃないのか?
だって、こいつらが主食にしているクワの葉は、明らかにこいつらのサイズ感と合ってない。いま登ろうとしてた大木はいいさ。登って葉っぱを食うだけだもんな。でも、その大木だって上の方は細い枝しかないし、そもそも周囲にあるクワの低木は、この巨大イモムシが登れるようなサイズじゃない。
じゃあ、どうやってこいつらがクワの葉っぱにありついているかと言えば、その答えは強靭な顎。登ることが難しいようなクワの低木は、そのまま枝をチョッキンして、地面に落ちたところを食べている……そんな生態に見えるぞ。俺には。
……ということを、ヤイコを宙に掲げながら俺は周囲の仲間に伝えた。目の前のクワの大木は、ヤイコが吐き出した糸でベッタベタになっていた。さすがに吐き疲れたのか、二十秒と経たずに打ち止めになったようだが……。
「うん……私もそう思うね」
ヒガサは、アンナが聞きかじった知識で語っていたことを察していたらしい。それでもあんなにアンナの頭を撫でて、親身になってやっていたとは……さすがだな。
「思っていた以上に、幼虫が危険な可能性があるね。……そして、森の中には同種がうじゃうじゃ居る気配はない。アンナの先輩方が生態系保全の話をする訳だ……恐らくだけど、このヤイヤイガという種族は、このサイズにまで成長できる個体がそもそも少ないんだろうね。前回捕獲に挑戦したチームが国に持ち帰った十匹という数も……恐らく一日中頑張っても、取れる数がそれだけだったんじゃないかな。人為的な捕獲を続ければ、すぐに絶滅してしまいそうだと判断したのかも」
商業的価値が途轍もないからこそ、いたずらに採取しては餓死させてしまう……という最悪なループで急激に個体数を減らしちまうことを避けたかったのかもな、アンナの先輩たちは。だとすると……もしかしたら永遠に諦めたワケじゃなく、一旦家畜化計画を凍結させただけだったり?
「まァ、そもそもこんなのがわんさか増えちまってたら、この森のクワの方が先に絶滅してただろうからな」
このサイズの通り、一匹だけでもとんでもなく喰うんだろうし。
生態系って、そこらへん上手く回ってるよな。余計な……人の意思が介入するまでは。
「でも、今レンドウが頭の後ろを抑えてるだけで、ほとんど抵抗できなくなってる訳で。……こんなに大きくなるまで無事に成長出来ていることがそもそも、僕には意外に見えるかな」
俺に近づいてきたレイスが右手を伸ばし、人差し指の先端でヤイコの背中を突いた。つん、つん……ブルン、グリン!!
「うわっ……と。やっぱり、凄く固いって訳でもないね」
オイやめろ、せっかく一回大人しくなったのにまた暴れただろうが。気持ち悪いんだよ、この巨大イモムシが手の中で暴れる感覚。お前に押し付けてやろうか?
「あー……多分ですけど、元々成長が早い種なのは間違いないと思います。三十センチくらいまでの頃は親が守ってる地域にいて、それからこうやって少し遠くまで散り散りになって広がって、大木の幹で蛹になる……はずです。蛹になるとカチカチに固まるので、そこまで行ければ野生動物に食べられることもないらしいです。……で、一回冬を越えて、春以降に羽化します……こ、これは間違いないはずです……」
若者特有の根拠のない自信を失いつつあるのか、アンナの言葉には推測が多かった。まァ、いいけどな。次からは「自分、詳しいんで!」みたいな態度を控えてくれれば。十五歳だと考えれば、よく事前情報を集められていた方じゃないのか。
「じゃあ、今でも弱い側の生き物なことに間違いはないんですね」
「だろうね、ここまで大きくなると分からないけど、もう少し小さいうちに鳥に襲われる個体が多いんじゃないかな」
リバイアにヒガサが同意した。彼女は続ける。
「……漁業が盛んなエリアでは、生き物が減る冬の間は、種を絶滅させないように“禁漁期間”というものが定められている場合があるんだ。冬の間はカジカを捕まえないようにしようね、網に入ってしまったら逃がそうね、みたいな。それに照らし合わせて考えると、この子も捕まえるのはやめて、逃がしてあげた方が生態系の保全にはなると思うかな」
「ええと、ヒガサさんが言いたいのは、つまり。せっかくここまで……もうすぐ蛹になって、次の世代を残せるまでに成長したところを摘み取ってしまうのは、勿体ないってことですよね」
「うん、そういうことだね」
ヒガサとレイスの話を聞いていると、なんか自分が考えなしの馬鹿みたいに思えて来たな。捕まえた得物を逃がす……誰かに教えてもらわなければ、その発想は一生出てこなかったかもしれない。
「えっと、じゃあクーラーボックスには入れないぞ。逃がす……ってことでいいんだよな?」
「うん、そうしてあげて」
ヒガサと、無言だがレイスの頷きにも後押しされ、俺は巨大イモムシを大木の枝が分かれている辺りに乗せた。急に振り返って噛みついたりされると怖いので、手を離した瞬間に急いで離れた。結局、何の反撃も来なかったけど。ヤイコは急いだ様子で幹を駆け上がっていった。
「み、皆さん……ごめんなさい! 私が無知でした! 正直、調子に乗ってました……」
アンナが素直に謝ってくれたので、そう不快な思いをした者はいなかっただろう。
「ふふ。さて、じゃあ……改めて作戦を考えようか。私の考えだと、当初の予定よりも深く森に潜る必要があるね……」
そう言ったヒガサの口元には笑みが浮かんでいた。
アンナのことを気に入っているのもあるんだろうが、ほんとに虫の類が平気なんだな……。
まさか、虫が好きまで行ってるとかないよな?
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