★追加エピソード1 ハーレム(?)で生態系のお勉強!

ヤイヤイガ蚕化計画(1)

 まえがき:緋色のグロニクル「Re:D」版における追加エピソードその1になります。


 元々は存在しなかった世界観設定&サブキャラの掘り下げ回のため、飛ばしていただいても問題ありません。早くシリアス展開が読みたい方は3章へどうぞ。



 ◆アンナ◆


 私はアンナ! 工業国家であるデルから技術提供のために≪ヴァリアー≫を訪れた一団におまけとして付いてきた、機術士メカニック見習いにして良家の娘! 十五歳の美少女……あ、本物だよっ!


 この異国の地でやりたいことはたっくさんあるんだけど、外から≪ヴァリアー≫にやってきた私には、親身になってくれる味方が少ない。先輩たちは≪ヴァリアー≫の人との会合で忙しいし、先輩たちにとって私の“野望”は、既に潰えた自分たちのかつての夢であるため、協力は望めないと思う。


 皆が諦めちゃっても私だけは抱き続けている“野望”実現のため、最近になって「生えてきた妹」であるイオナちゃんに相談してみると、丁度人との繋がりに飢えた、暇そうな隊員としてレンドウさん……コードネーム≪グロニクル≫さんを紹介されたのだった。


 第一印象としては“怖そうな人”であり、初対面の私のために動いてくれるかは疑問だったけど……イオナちゃんによると、どうやら彼と私は既に知り合い……ということになっているらしいのだ。


 どこぞから送り込まれたスパイであったイオナちゃんが、私と入れ替わっている間に、初めましてを済ませてしまったらしい。


 ……ので、イオナちゃんの意向を組んだ私は精一杯努力して、知り合いの体でレンドウさんに話しかけてみた。そうしたら、普通にいけた。


 ――さすがは私、会話に関しては常にイージーモード。たぶん可愛すぎるせい。


 で、このなんだかんだ困ってる人を捨ておけないツンデレらしい吸血鬼さんを誘うメリットは、彼自身に留まらないというのだ。彼はその強靭な肉体と魔法を備えた種族故に、≪ヴァリアー≫のエリートからなる“監視役”のメンバーが常に付いている。


 イオナちゃんが世話になったというコードネーム≪ヒガサ≫さんが大変優秀らしいので、彼女がいる日を狙って声を掛けてみることにしたのだった……。


 赤い髪にグレーで無地の長袖シャツ、下もシンプルな青のズボン。ボリュームのある髪の隙間からは、斜めに尖った耳が見え隠れしている男性。


 ウェーブ掛かった紫の髪に、黒のゴシックロリータという強気なファッションの女性。


 うん、この二人で間違いない。間違いようがない。


「――レンドウさん、ヒガサさんっ! 今日も暇そうなので……出来ればお願いしたいことがあるんですけど〜……大丈夫で……あっ大丈夫そうですね。じゃあ、かいこって知ってますか?」


 晴天を嫌うように≪ヴァリアー≫一階の中庭から続いているカフェでくつろいでいたレンドウさんと、その向かいに座っていたヒガサさん。ヒガサさんは私とイオナちゃんの入れ替わり事情をしっかり把握しているらしいので、特に心配はない。一番頼りにしたい相手だ。むしろ、レンドウさんの方がおまけかも? 将を射んとせば先ず馬を射よ……の将は、ヒガサさんかも。


「アンナか。……まァたいきなり捲し立ててきやがって。んで……カイコ? っつゥのは……あァ、なんかあの……糸を採取できる……イモムシ?」


 意外と何にも知らない訳でもないらしい。吸血鬼の里の人々が、どうやって衣服を確保しているのかは想像がつかないけど。さすがに、日常的に街道を行く人々を襲って物資を手に入れている訳ではないはずだ。そうだとしたら、もっと吸血鬼という存在は話題になっていたはずだろう。


「シルクの原料だね」


 博識かつ、衣服の裁縫を得意としているというヒガサさんなら、やはり知っていて当たり前か。


「そうですそれです、可愛いカイコガちゃん! 今回お願いしたいことなんですけど、蚕と同じように、もっと大きな虫系モンスターを家畜化したいって計画がありまして」

「ありまして、ねェ。……誰の計画だよ?」


 むむ、この人……案外耳ざといなぁ。

 だったら全部、正直に言ってしまった方が気を悪くさせないだろうな。


「……今はもう、私だけの計画ですね」

「計画性なさそう、危険度高そう、夢物語ゆめものがたり度高そうの三拍子だな。まァ、一応最後まで聞いてはやるけど……」


 むすっとした顔を作ってやると、ヒガサさんが私の頭をなでなでしてきた。

 わぁ、私このお姉さん好きかも……。イオナちゃんは「いい人すぎて嫌、むかつく」って言ってたけど。


「じゃあ、説明していきますよ」


 訪れたい場所は、≪ヴァリアー≫周辺……というよりは、エイリア周辺にある森林エリア。そこに到着するまでは、歩きでも一時間と掛からない。


 家畜化したい虫系モンスターの種族名は、ヤイヤイガ。

 そのモンスターの幼体……つまりは芋虫ちゃんが繭を作る際に生成するのは、絶縁性の高い糸。その糸を大量生産できる設備を整えられれば、工業国家デルは更なる躍進を遂げられる……という説を最初に提唱したのは、私ではないけれど。


「クワコがカイコになったみたいに、ヤイヤイガを“飼イ飼イガ”にしたいって訳なんですよっ!」

「そのダジャレの出来は置いとくとして、だ……」


 陽の者のコミュニケーション手段は、陰の者であるレンドウさんにはあまり響かないらしい。ううむ、抑えるべきか。


「前にそれを実行に移そうとした奴らは、どう失敗して諦めたんだよ?」

「えっとですね」


 まず、ヤイヤイガの幼虫ちゃん(以下ヤイコ)を捕獲すること自体はそう難しくなかったらしい。森に入るがゆえに、全く関係のない野生動物やモンスターに襲われる危険こそ警戒せねばならないが、ヤイコたちを守るヤイヤイガ(成虫)は、人間に直接大きなダメージを与えられる類のモンスターではないためだ。


 羽を広げると五十センチメートル程になる巨大蛾は、人によっては嫌悪感で近づくことすら無理かもしれないが、捕食者への対抗策として持つものは鱗粉に含まれる毒性のみ。それを吸い込まないようにしながら松明を振るえば、すぐに逃げていく。


 どちらかと言えば、人間にとってはヤイコの攻撃方法の方が注意するべきかもしれない。こちらは毒性こそないが、防衛のために口から吐き出す糸で口や鼻を塞がれてしまったなら、呼吸困難に陥ってしまう可能性もあるためだ。まぁ、ヤイコちゃんはめちゃくちゃ正確に人間の顔に狙いをつけて糸を飛ばしてくる訳じゃなくて、ただのがむしゃらな射撃だから、よっぽど運が悪くなければこっちも問題ない。


 ヤイコの大きさも体長五十センチ、体高十五センチメートル程で〇・五キログラムほどの重量になるため、大量に捕獲して帰ろうと思った場合、その重さがネックになるんだよね……こほん、なると思われる。


 もっとも、今回は運が良ければまだ孵化していないヤイヤイガの卵が残っているかもしれない時期なため、それらを採取できれば、僅かな重量で大量のヤイコを捕まえたも同然の結果を得られるかもしれない。


 前回の挑戦者たちは十匹のヤイコを国へと持ち帰ったが、偏食家である彼らは“ドール国のクワしか食べない”のだろうということが発覚した。蚕のために用意されるデルで栽培されたクワには餌付かなかったため、餓死してしまったのだ……。


「……いや五十センチはデカすぎだろ。そんなん見たくねェわ……」

「レンドウさんは虫が苦手なんですか~?」

「特に虫が苦手じゃなくても無理だろそのサイズは!?」


 言いながら、レンドウさんはヒガサさんを見た。しかし、彼女はこちら側のようだった。


「私は別に、平気だと思うけど。対処法も確立されてるみたいだし、安心かな」

「マジかよ……」


 まぁ確かに、女性が一般的に「気持ち悪い系」として扱われる虫やモンスターが苦手だというイメージは私にもある。でも≪ヴァリアー≫には戦えるメンタルの女性が多そうだし、よそでの常識はあまり当てはまらないんだろうな。というか、このヒガサお姉さんはヒラヒラしたゴスロリを着ているせいで一見するといいとこの淑女に見えるけれど、実際の性格はクールな女騎士という感じだ。苦手なものなんてないんじゃないかという冷静さで、キモ系モンスターを無表情に貫いて回りそう。


 いや、今回はヤイコもヤイヤイガも殺す必要はないというか、むしろ生態系を護るためには殺さないで欲しいくらいなんだけど。


「それで、今回は幼虫の餓死問題は解決できていると?」


 ヒガサさんの質問には、自信を持って頷ける。


「はいっ! 私の家の敷地内で、ガッツリこの国出身のクワを育てまくってます!」

「かーっ、自分の敷地ときた。いいとこのお嬢様かよ」


 別に私のことが嫌いな訳ではないんだと思う。

 何か言いたくなって口を開いてしまったという様子のレンドウさんに向けて身を乗り出し、


「なんか文句でもありますかっ!」


 と、声の音量を一段階上げてやる。


「――ねェよ、近ェ! 悪かったな!」


 すぐに謝ってくれた。意外と女の子によわ……いや、美少女に対する免疫がないのかも。レンドウさんの頬は赤くなっている。ふふん、こっちは全く意識してないっていうのに。勝ったな。


「じゃあ、残る問題は運搬方法と、人手かな……必ず卵が手に入ると決まった訳でもないし、人数は多ければ多い方がいいだろうね」

「ヒガサさんの方で、集められる人っていませんか……?」


 瞳をウルウルさせながら“ぴえん顔”――これ、こっちの国の人には伝わらない表現だろうな――、もとい子犬の表情で見つめると、


「大丈夫、お姉さんに任せておいて」


 そう言って、彼女は再び私の頭を撫でた。

 やっぱヒガサさんしか勝たん……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る