四番隊

 ◆ヒガサ◆


 ――いや、怖かった。ほんとに。


 私は元々、戦いに向いている性格じゃないんだって。


 確かに「あ、この程度の相手か」ってアンナの初撃を見て思ったりしたけど。多少戦闘の才能はあるのかもしれないけど。だからといって、性格まで戦いが好きに育つかと言えば、別にそんなことはないのだ。


 言ってしまえば、最初に生まれついた場所こそが最適だったんだよね……。


 ――ああ、故郷が恋しい。


 そんなことを考えながら、仰向けに地面に転がるアンナを見つめた。

 何をされたのか分からなくて混乱しているのだろう。


 病室に横たわる“本物のアンナ”も見てきたし、この少女の名前は当然アンナではないのだろうけど、代わりの名前も思いつかないし、今はアンナで行こう。


「アンナ。キミは下っ端だよね。良かったら、私に協力してもらうことはできない?」


 アンナの目だけが動いて、私を睨みつける。


「裏切れっていうのか……」


 おお。随分と粗暴な言葉遣いを披露してくれる。こっちがアンナの本当の性格なのだろうか。きっとそうなのだろう。


「もうすでに裏切ってるじゃないか」


 ――≪ヴァリアー≫のことを、という意味だ。


「ぐっ……。……でも、裏切ったら……殺される……」


 そのアンナの発言に、私は少々驚きを覚える。洗脳の類を施されている訳ではないのか。この少女、存外に簡単に揺らいでいる様子。


 まぁ、洗脳という名の“教育”にも手間が掛かるのだろうし、組織の末端なんてこんなものなのだろうか。元の人種もはっきりしていないが、元々は帝国人ではなかった現地人が後から帝国によってスパイにされた場合、それは何か強烈な弱みを握られたことが原因な場合も多い。それならば、忠誠心が低いことには頷ける。


 にっこりと笑い掛けてあげる。それは優しさではなく、


「じゃあ、≪ヴァリアー≫なら裏切っても無事で済むと?」


 脅しの一環として。


 腰に帯刀(?)していた漆黒の日傘を手に取る。と言っても、こいつの機構を知らない人間にはただの傘にしか見えないだろうから、脅しにはあまり使えないか。


 否。この手の“人を傷つける道具”ではないものの方が、拷問道具としては恐怖を煽ることも往々にしてある。


 先端とか、かなり鋭利に造ったからね。


「……それでも、うちの連中よりはマシよ」


 観念したように動かないアンナだが、早々に全てを吐き出すつもりにはならないらしい。


「どんな連中なの?」

「――もう来てる」


 ――ッ。


 その言葉を耳にした刹那、私は飛び退っていた。何か攻撃が来ることが分かっていた訳ではない。一応、飛び退いたというか。そして大体、そういう念のための行動が生死を左右するのだ、戦場と言うものは。



 ◆???◆


 嘘でしょ……?

 ヒガサとかいう女は、完璧で完全だった。見ていて腹が立つくらいに。


 突然の乱入者は一人ではない、様々な方向から同時に投擲される短剣を躱し、時には打ち払い、彼女は生きている。無傷だ。


 というか打ち払うって、日傘でか。いや、あれは最早日傘などと言える代物ではなくなっている。傘の骨組みの中から鋭い刺剣のようなものを引き抜いて、それを振り回しているのだ。仕込み剣というものか。剣って楽器以外にも仕込めるのか。


 闇色の装束に身を包んだ者が、片側からヒガサに切り込む。それを彼女は右手の刺剣でいなし、相手の懐に滑り込む。それが乱戦において一番安全だと心得ているのだ。同士討ちを躊躇わせるための戦法。


 挟撃に遭いそうになった場合には、左手に残った傘の本体部分を巧みに操り(振り回している。なんだあれ、とてつもなく強度が高いとでもいうのか)、敵を寄せ付けない。


 ……しかし、私にとっては良くない状況だった。闇色の装束に身を包んだ者たちは、総勢五人。その全員がヒガサに向かう筈がない。こうして足が竦んでいる私をさっさと始末して、それからあの女の方に向かうのが効率がいい。実に合理的だ。


 闇装束が一人、私に向けて走り寄る。それは勿論、ミスを犯した私への処罰。死という名の制裁。


 最期だというのに、私は何の感慨もなく――、


「があああああああああああっ!?」


 悲痛な男の声。


 ――腹が立った。


 闇装束の足を切り裂きながら、鋭く回転した漆黒の日傘(の傘部分)が私の前に突き刺さった。それは私の視界を、外界との接触を防ぐ役割もあり、戦闘中の闇装束達は私の位置を正しく認識できないだろう。どこまでケアしてくれりゃあ気が済むんだ。というか、傘部分の周囲が刃のような切れ味を持っているのは……おかしいだろ。そんなもの普段使いしてたら、すれ違う人皆傷つけるだろ。


 ――どれだけ馬鹿にするつもりだ。


 先ほどまで命を諦めていたはずの、凍てついていたはずの心に、熱い怒りがむくむくと湧き上がってくる。


「……ヒガサァ……!!」


 叫んで、立ち上がろうとする。


「私たちは、君の想像もしない力で、君を守ることができる!」


 ヒガサが叫び返してきた。


「こっちに来るといい!」


 せっかく掴んだ命だ。無駄にしてなるものか。いいだろう。そっちが私を生かすつもりなら、乗ってやる。とことん生きてやる。死ぬまで生きてやる。


 向こう側では相変わらずヒガサが優勢なのか、男たちの情けない悲鳴がよく聴こえる。が、私にとって一番重要なのは、すぐ近くから聴こえるうめき声の発生源。足先を切り裂かれただけの奴だ。こいつはまだ戦えるだろう。


 こいつだけは私がなんとかしよう。しなければ、生きられない。向こうに私を殺そうという意思があるのなら、最低でも気絶まではもっていかないと。


 その闇装束は足を気にしながらも、地面に突き刺さる傘を強引に投げ捨て、私に向けて飛びかかった。足痛くないのかよ。


「ぐうっ!」


 大の男に組み敷かれ、決意して幾ばくかの間に命尽きるのか。情けなさ過ぎる。


 なんとか全身で抵抗を試みるがそれも虚しく、振り下ろされた拳が私の顔面を直撃する……ことはなかった。


 フッ、と体に掛かっていた負荷が掻き消え、倒れ込んでしまう。すぐに起き上がったが、あの闇装束の男はどこへ……?


 いた。横に。十歩ほどの距離を置いたところに転がっている。またしてもヒガサに助けられたのか、情けない……と思いつつ反対側を見やって、「ひゃいっ!?」変な声が出た。


 そこにいたのはまたしても黒い人物だったからだ。しかし、


「待ぁて待て! 俺ぁ味方だって!」


 そう両手を振って主張するのは、有名人……本代もとしろダクトであった。


 見れば、ヒガサの方も戦いは終わっている。彼女の周りには三人の人間がいて(恐らく皆ダクトが率いてきた四番隊の仲間なのだろう)、気絶又は拘束した闇装束の連中から凶器の類を取り上げているところだった。


「はっ、はは……」


 思わず、笑いが零れた。


 ダクトがぎょっとしたように身を引く。


「ど、どした?」


 その問いに呼応するように、ピタリと笑死を止めて見せる。ギュイン! と音が立つような勢いでダクトの方に首を向け……たら多分ホラーだからやめといてあげよ。口裂け女じゃあるまいし。俯いて、ぽろぽろと心情を吐露する。


「……結局、私の決意とか努力とかはどうでもよくて。一握りの天才たちの気まぐれで情報の為に命を長らえさせられたり、必要なくなった途端捨てられたり、大きな流れに流されるままなんだ」


 黙って最後まで聴いてくれた後、数秒ほど考えるそぶりを見せたダクトは、


「……まず、その捻くれた性格からなんとかしないと人生楽しめなさそうだな、お前」

「うるさい」


 人のこと言えた性格かよテメー。

 でも、まぁ……本当は私もそう思わないでもない。


 クソ塗れのスパイでも、もっと楽しく生きれる世界が欲しい。出過ぎた願いを抱き、夜空を見上げる。憎らしいくらい綺麗な星が出てきていた。


 芝生を踏みしめる気配に顔を向けると、ヒガサが歩み寄ってくるところだった。にこにこしている。邪悪さは感じない笑みだが、そういうのを自然と浮かべられる連中がまず苦手なんだって。裏じゃ何考えてるか分かったもんじゃないし。


 ――願わくば、その笑顔から告げられる罰が少しでも軽くありますよう……。


 醜くても、みっともなくてもいい。とにかく生きたい。

 そう思う、アンナという少女の姿を借りた人物だった。



【番外編1】 了

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