第33話 ハーレム(?)

 忘れずに隊員証だけは裸の胸に吊り下げてリビングに戻るが、誰もいない。何でここにいない。撤退した二人は、まさかまた……。嫌な想像に二重丸を付けるように、俺の部屋の中から談笑する声。どうしてそこに戻ろうとしてしまうの。引力でも発生してるんですかね。


「オイ、お前らいい加減に――、」


 言いながら、中途半端に空いているドアを押しのけ……俺は言葉を途中で打ち切る。予想外の相手にドッキリしたっていうか。違う、びっくりだ。断じて違う。


 部屋の中にいたのは三人。増えてるし。人間って分裂増殖するっけ?

 ウェーブがかった藤紫の髪が、今日は留められずに解放されている。皆のヒガサお姉さんがそこにいた。


 ――なんでいるんだよ、いや本当に。


「やあ、おはようレンドウ君」


 そう言ってにっこり笑い掛けてくるヒガサに「お、おう」と返答はしたものの、特にこれといって取る行動もなく、いやむしろ何をしていいか分からず立ち尽くしていると、「服着たら?」と言われてしまった。


 いや、言われなくても。あんたがいなければ部屋を横断して即、着るものを取りに行ってただろうけどさ。


 なんとなく、意識していると思われるのも嫌で、堂々と部屋の真ん中を突っ切った。服までの最短距離を突っ切る感じだ。壁に仕込まれたクローゼットの取っ手を引っ張っていると、リバイアから「レンドウさん、女子の目意識しすぎ……」とつつかれた。


 ――え、どこが!? 全然フツーだっただろ!?


 手近に見えたグレーのシャツに急いで首を通す。今日くらいの日差しだと、やっぱ長袖がいいな。もう一枚着た方がいいだろうか? いや、さすがに厚すぎか。暑すぎ? まぁ、どちらにせよ暑くなる。


「お前ら俺の部屋好き過ぎだろ。いや、それか俺のことが好き過ぎるのか?」


 言いながら振り返ると、さすがヒガサお姉さんは余裕の表情、にこにこしている。大人の余裕を滲ませているというか、その姿勢は盤石だ。カーリーは「いや、別にそういうのじゃないから!」少し語気を荒げすぎじゃね、と言いたくなるが、リバイアあたりにあなたも同じようなもんでしょう等と言われたくないのでスルー。そういうリバイアは「あ、やっぱり分かっちゃいますか?」と冗談めかして笑った。お前が好きな相手くらい、出会った初日に誰でも看破できるわ。少しは隠せ。


「まぁ、私とレンドウ君の仲をどう表現すればいいのかと言えば……」


 言いながら、ヒガサが取り出して指先でクルクルし始めた物は……おいちょっとクルクルやめろ。それか確認しやすいようにもっとゆっくりクルってくれよ。


「あ、合鍵ですか!」


 リバイアがきゃーっとか黄色い声を上げて顔を覆い隠すフリをする。確かに、ヒガサが人差し指にホルダーを引っかけて遊んでいたものの正体は、俺の部屋の合鍵だった。


 カーリーが「え、本当に?」という顔をしたので、一応説明してやるか。

 誤解は早く解いてやるに越したことはない。


「いや、よく考えればわかると思うけど、監視役ってだけだからな」


 監視役。≪ヴァリアー≫における魔人の扱いは難しい。人間達から信用を置かれているとは到底言えない、この俺を初めとした“危険種”の外来魔人には、交代制で監視の任を託された人間が最低でも一人、ほぼ常時付くのが定例だ。もっとも、魔人である俺の監視役が同じ魔人であるはずのレイス、なんて例外も身近に存在するのだが……。


 とにかく、今日はレイスから鍵を預かり、ヒガサが俺の監視任務に就いているということだ。大抵の場合、この二人のどっちかだ。レイス七割ヒガサ二割、あとたまーに全然違うやつが担当することが一割。その時の気まずさは異常。相手が必要以上に怯えていれば、尚更。


 最悪の日は、アレだ。俺のことが怖くて怖くて仕方ないらしい奴が担当になった日、そいつは友達を二人も連れてきやがって(ヘルプとか言ってた)、完全に俺がぼっち化していた時だ。そう、定められた監視役は一人でも、非番の隊員とかがいくらでもついて来る可能性があるんだよな。


 魔人いじめよくないと思いますよゴラァ!

 っていうかせっかくの非番の日くらい遊び倒せよ。3人なら監視も楽しいってか?

 お前ら監視をなめてんじゃねェよ。仕事ってのはどれもつらく苦しくあるべきなんだよ。休日まで働きたいなんて、到底思えないほどにな。


 ――つまり、あれだ、監視役はもっとサボるべき。


「……噂の監視役、かぁ」


 カーリーの“天を見上げながら想いを馳せています”的なリアクションがとっても気になるんだが。


「――いやお前、何いましがた監視役の存在を思い出した、みたいな反応してんの?」


 黒ウサギはきょとんとした表情になる。


「えっ? だって私には、監視役とか付いたことないし……」

「あ、あァりえない……」


 がっくりと項垂れ、カーリーに土下座するような格好になる。誇張抜きでそれほどの衝撃だった。だって、この気高く完璧で高潔で実力のあるレンドウ様が二ヶ月経っても監視が解かれてないんだぞ。どうして初日から監視役がつかないなんてことがありえるのだ。


 ――監視役はもっと頑張るべき。


「気高く完璧で高潔で実力のあるレンドウ君だからこそ、二ヶ月経っても油断できないんじゃないかな」


 にこにこしたまま、しゃがんで俺の肩をポンと叩くヒガサ。ところで、俺の心情はどっからどこまで声に出てましたかね? 無意識に口をついて出ているのだとしたら、もう考えることすら怖いんだけど。


 というか……気安く俺に触れてくれるな、ってやつだぜ。


 ヒガサの手を軽く払い、少し熱い顔を俯いてロン毛パワーで覆い隠しにかかる。辛い現実から自らを覆い隠せるという面を鑑みても、やっぱりロン毛は大正義だと思う。


「それにしても、初日から監視が一切無いっていうのは異例ですよね?」


 リバイアが不思議そうに問うと、カーリーはそうなの? という視線を二人に送る。


「ああ、ある……く辞書に聞いたんだけど、カーリーさんには監視を一切付けない方向でいくんだって」


 間髪いれずにヒガサが答えた。そんなに言いたかったのか。もしかして心の中で準備してたのか。陰険メガネのコードネームを言いよどんだのが気になるが。


 それはそうと、陰険メガネってだけの情報だと副局長アドラスと≪歩く辞書≫は被るよなァ。外見に関しては副局長の方が褐色めな肌に象牙色の髪、≪歩く辞書≫の方が白い肌に茶色い髪だから、見間違えようがないんだが……中身がな。≪歩く辞書≫の方が感情を隠さないというか、より陰険さが際立ってるように思えたけど。いやいや、対抗馬も中々ですぜ。副局長の方はほら、一筋縄では気づけない、いわば深みとコクのある陰険さっていうか……何言ってんだ。リバイアも副局長を慕ってるっぽいし、あいつあれでも結構人気あるんだよなァ。


 ん、話を戻そう。初日から監視が無いってことは、上層部はカーリーが従順な子羊だと疑ってないってことか? いや、子ウサギか。


「カーリーって結構乱暴な性質たちな気がするんだが」

「やめてよ、あれは、その……もう過去のことでしょ」


 自らの蛮行――特攻と呼ぶべきか――黒歴史を恥じるカーリーの言い分も解る。三週間ほど見てきて、この女が誰彼かまわず喧嘩を吹っかけるタイプじゃないってことはもう解ってる。それなら、俺は選ばれて見初められて喧嘩売られたのかよってハナシになるが。ちくしょう。


「ンン、ンン」


 ヒガサが咳払いをした。何を言うのかと俺たちが注目すると、


「『黒バニーの管理が行き届かなくて、何か事件を起こしたとしても別にかまわねー。全部レンドウのせいにするってことに決まってっから』」


 突然口調が変わったヒガサを見て驚く俺たちに、「真似だからね」と付け加える。


 ……あァ、≪歩く辞書≫の真似かよ。ヒガサ本来の声と違ったから恐らく声真似も入れてたつもりなんだろうが、ぜんッぜん似てねェ。ごめん。なんだかこっちが謝りたくなるくらい似てなかった。


 そして、それより問題なのは中身だ。


「あんの野郎……く、≪黒バニー≫、ぜってェ悪いことすんなよな」


 コードネームで呼んでやると、カーリーは意地の悪そうな笑みを貼りつけていた。おい、フリじゃないからな?


「……なんだか、すっごく晴れやかな気分。廊下走りたい」

「ほんとにやめろよ!?」


 切実に願う俺だった。



 * * *



「っていうか、そうか。今日はヒガサが監視役で、だからこそ鍵を……」


 自慢の長髪を、再び吹いた生ぬるい風がさらう。ぐぬう。


「つまり、窓を開け放ったのはあんたか」

「ごめん、でもそうしないと起きないと思って」


 確かに。多分夜まで起きなかったと思うわ。そう思えば、これ以上責める気は起きない。……起きたけど。うっさいわ。寝起きのテンションか。なんなんだよ俺。


「今日って何かあんのか」


 準備は整った。答えを求めつつも、とりあえずリビングへ向かう。もう、ここまで来たら窓は開けっぱなしでいいだろう。どうせ今からいなくなる部屋だし、換気しとけ、換気。


 ヒガサがすす、と俺の背後に移動する。「いや、なに……?」振り返ろうとすると、肩を掴んで制される。「ストップ」


 なんなんだよ……。


「十二時から、副局長様主催の戦闘指南の時間ですよ!」


 答えをくれたのはリバイアだった。じゃあ、俺の後ろの女は何?


 いや、わざわざ後ろに回り込んでから耳元で答えを囁くとか、そんなパフォーマンスいらないっすけど。


 髪の毛がまさぐられる。妙にむず痒い。拷問のような数秒の時間ののちに解放されると、そこには(見えないけど)結ばれた髪があった。


「わあっ、可愛いですね!」


 可愛いって褒められて年頃の男子が喜ぶと思うなよ! いや、それへの理解をお子様に期待するのも酷というものかな……などと悦に浸ろうとしていると、「そのシュシュ!」俺の髪にくっついているものの方かよ、可愛いのはよ! ……いや何が不満なんだよ俺、別にそれで結構だよ!


 というかシュシュで括られてるんですか。何色ですか。いや、確認するまでもない。ヒガサの趣味を考えれば、それが黒だということは想像に難くない。じゃあいいか。いいのかよ。


 ……まぁ、人の厚意は素直に受け取っておくものだ。厚意だよな? イタズラ心によるものじゃないよな?


「後姿だけで見ればこの部屋、女の子しかいないように見えるかも」


 とヒガサが言うと、二人もくくっと笑いだす。イタズラ心かよ!


 ――俺の体型が華奢だと言いたいんだろう。確かに、別に四肢が太い訳じゃないからな。だけど、普通の人間と変わらない太さでも、筋肉の質からして違うんだぞ。


「ヒガサさ~ん! 待ち人は起きましたか~? そろそろ行きましょうよ~~!」


 と、そこに玄関(共有空間から≪ヴァリアー≫本館の廊下へと繋がる空間のこと)より声が掛けられた。


 この声は、の赤毛だろうか。


「じゃあ、行こうか」ヒガサの言葉に頷いて、部屋から出ていく面々。俺が最後に出たのだが、ヒガサはドアの横から離れなかった。なるほど。どうやら鍵を閉めてくれるらしい。当然、部屋主の俺も持ってるけどな。施錠を確認して、俺は今の“我が家”から外の世界へと踏み出した。


 ……と言っても、ただの廊下なんだけど。

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