第34話 人喰ってないじゃん

 緊急時でもないし、“廊下は走らない!”というマナーを守りながら、俺たち一行は一階へと下り、そのまま外へと向かって歩く。


 まぁ、身体を動かすなら外って相場が決まってるよな。大広間で騒いだら、色々と豪華な装飾が壊れちゃうかもしれないし。


 突発的に構成されたハーレム的状況は更に悪化の一途を辿ったというか、進展したというか。


 前方を歩くのはリバイア。そのリバイアと何やら話し込んでいるのは、先ほどヒガサを大声で呼んだ、赤毛の少女……アンナだ。アラロマフ・ドール周辺の“空白地帯”と称される場所を抜きにして考えれば、一応隣国となる工業国家デルよりやってきた機術士メカニック見習い。


 彼女と共に運ばれてきた黄色いジドウシャは乗り回して遊ぶためのものではなく、ヴァリアーに対する技術提供だったらしい。現在は解体されて、標本のように使われているのだとか。そうしたら、いつかここら辺一体にも金属の塊が走るようになっていくのかね。荷物の運搬に便利そうだな。


 いつ頃国に帰るのかは知らないが、随分とヒガサに懐いているというか、底抜けに明るい性格は既にヴァリアーの隊員たちからも人気を集め始めている。ちなみに、その後ろを歩くもう一人は、アンナと同じ外見をしている。名前はイオナ。双子の妹らしい。こちらは一転愛想が悪い、というか無口。性格が真逆の姉妹でとっても不思議。眼だけはアンナ(灰色)と違い、青いんだよな。まぁ、わざわざ目の色なんかで見分けなくとも、様子を見てればどっちがどっちかはすぐに分かるんだけどさ。


 不思議なことに、アンナは初対面の日とそれ以降で俺への呼び方が違うんだよな。むしろ俺を「グロニクルさん」と呼ぶイオナの表情の方が、以前から俺を見知っていたもののように見えたというか。だから俺は密かに、“この姉妹たまに入れ替わってるんじゃないか説”を推している。最初から目の色に注目していれば暴けたのかもしれないが、さすがにそこまでしっかり覚えてねェ。


 すす、とイオナに並ぶように前に出て、少し腰を曲げ、覗き込むように顔を寄せて話しかけてみる。


「……なァ、楽しんでるか?」


 毎日、いろいろと、さ。

 ちら、と目だけをこちらに向け、顔は正面を向いたまま、


「別に。……グロニクルさんは随分と楽しそうだけど」と言った。


 その憮然とした表情は、自らを連れまわす姉に向けてのものなのか。


 やっぱりこいつは俺のことをコードネームで呼ぶ。俺は最近、もっぱら自分のことを本名で指すことが増えた。コードネームに飽きたとかではなく。本名を隠す為に、わざわざ余計な思考を巡らせたり努力までする気は無くなって、レンドウと名乗ることが多くなった。


 だってのに、イオナは俺のコードネームをきちんと覚えているんだよな。アンナにグロさん、と呼ばれたことを思い出す。うーん、どういうことだ?


 考えても分からないことは訊けばいい。でもまぁ、込み入った事情があるのかもしれないし、別に今でなくてもいいか。いつでも機会はある。


「俺はこう見えて環境に溶け込むのが上手いんだ。というより、世界は俺サマを中心に回ってるところがあるからな?」


 自信満々に言ってやると、イオナはああ、そう……という気のない反応をした。いや、本気でそんな傲岸無知なこと考えてる訳じゃないからね? 気の持ちようのハナシ。


「……前は根暗だったのに、いつのまにか全然違うキャラになってるし」


 もしかして同胞だと思われてたとか。いや、確かに俺、いつのまにか本来の明るさを取り戻してきた感あるけど。根暗に根暗って言われるとはなァ。


 通路が途切れ、芝生へと足を踏み入れる。同時に天井も無くなるため、俺は殆ど借りっぱなしの日傘を開く。後ろでも日傘を開く音がして、見ればヒガサが差した傘の中に、カーリーもご一緒しておられる。


 めっちゃわかるよ。黒髪には太陽ってほんときついよな。だから白い服好んで着てるんだろ。日傘に(ヒガサに)護ってもらいな……ダブルミーニングってやつだ。俺サマ、少しずつエイ語も覚えてきてる。


≪ヴァリアー≫本館の正面口を出て、今日も門番は頑張ってるなーとか思いつつ、右手に回る。忌々しい黒の牢獄には近づかず、より奥へと歩みを進めると、既に多くの人間が集まっていた。二百人は超えてそうだ。凄いな。いや、総数っていくつだったっけ。


「≪ヴァリアー≫って総勢何人くらいなんだっけ?」

「今は……五百人に少し足りないくらいだと思う」


 ヒガサが後ろから答えてくれた。俺の後ろを歩くようにしてるのって、やっぱり監視役だからなのか。……見られてるんだなァ。


「ふーん、サンキュ」


 人だかりの中に、大量の台座を組んで作ったであろうステージができている。二十メートル四方くらいのそのステージの上に、象牙色の髪に褐色の肌をした人物が見える。副局長アドラスだろう。何やら話し込んでいる様子。いや、別にそこに割って入ってまで副局長と話したいことなんて無いからいいんだが。


 ここに集まってる奴らって、例外なく手練れ揃いなんだろうか……。リバイアやアンナは知り合いを見つけたのか、人間の群れの中に特攻して行った。可哀そうなことに、イオナもアンナに手を取られ、引っ張られていった。「私はいいって……!」とか言っていた気がするが、お構いなしだ。恐ろしや、アンナの積極性。


≪ヴァリアー≫本館の作る影に入るように、少々後退させてもらおう。ヒガサはそんな俺について、無言で壁にもたれかかった。カーリーはというと、人だかりへ向かうリバイア達とむしろ後退する俺たち、そしてあたりを行きかう人の群れを見渡した後……こっちにきた。まぁそうなるよね。お前は陰の者仲間だと思ってたぜ!


 副局長様の戦闘指南の時間っつーのは、やっぱ戦いなんだよな。公開テストというか。

 優秀な者、一歩劣る者。こういうところで≪ヴァリアー≫内でのカーストがなんとなく決まっていくんだろうなァ。


 ――やだやだ、俺だったら絶対に出場したくねェ。


 こんな公衆の面前で“吸血鬼が人間にボコボコにされるショー”でも開催されたら、もうその先生きていける自信無いわ。


「俺たちって呼ばれたりしないよな?」


 傍らにいるヒガサに訊いてみた。


「多分だけど、無いんじゃないかな。純粋に体術や剣術で勝負する催しだし、魔法使いたちの出番は」

「……魔法使いときたか」


 魔法使いって言葉だけを聴くと、俺としては黒いローブに身を包み、とんがり帽子を被り、先端のほうがマキマキしてる木製の杖をふるって戦い、いざ敵に近づかれると紙のように裂かれるひ弱なキャラクターが浮かんでしまうんだけど。俺ってそういうのじゃなくね。むしろ腕力には自信アリアリなんだが?


 しかし、魔法使いと称される方が、化け物よりはマシかもしれない。


「人間が言う魔法って、“自分が理解できない力全般”を指してるよな」


 ヒガサは片目だけを開いてこちらを見ると、「というと?」


「いや、炎を放つ生物がいてさ、そいつの体内に炎を生成する器官があれば納得できるだろ?」


「普通無いけどね」クスッと笑われる。


「でも魔人ならありえるじゃん? とにかく、そういう器官が体内に見当たらないのに、なんか気合を入れたら髪の毛が発光したりして――、」言いながら、人ごみに紛れたリバイアの姿を探すが、もう見つけられなかった。あいつの魔法も使用時に髪の毛が光るタイプだ。喰らった時はなんかビリビリした気がする。


「――目の前に火球を発生させたりすんの。そういう“原理の解らない力”の全てを魔法ってカテゴライズするのって、なんか変だなって思うんだよな」

「ふむふむ。続けて」


 え。興味出てきちゃいましたか。生憎だがもう終わりかけなんだよな。


 こういう時に無理して長ったらしく語ろうとすると、どこかで失敗するイメージがあるから嫌なんだけど。


「……同じ“魔法”ってカテゴリに入れちまうと、それぞれが同じような法則に乗っ取って動いてるって勘違いしそうになる気がするんだよ。全ての魔法がマジックポイントで管理されて、十ポイント消費の攻撃より二十ポイント消費の攻撃の方が倍強い、なんて分かりやすい世界じゃないんだから」


 ヒガサはうんうんと頷いた。


「なるほどね。よく分かったよ。確かにおかしいかもね。……それにしてもレンドウ君」

「なんだ?」

「結構語るね」

「……………………」


 何か言うと噛みそうな気がして、黙って後ろ頭を掻く。言うなよ。

 いやだからこういう雰囲気になりそうで嫌だったんだって。


「カーリーさんは特に能力と言えるものが発現したことはないんだっけ」


 黙ってしまった俺から目線を逸らし、カーリーへと話を振ったヒガサ。カーリーは突然水を向けられるとは思っていなかったのか、「んへっ?」とか変な声を上げて、慌ててヒガサに向き直る。


「ええ、特に……ない。です」


 はんっ、「ええ」じゃないよお前……俺のことを既にその能力で何回も眠らせておきながら、しゃあしゃあと。


 全ての魔人が、人間から恐れられるような異能の力を持つ訳ではない。勿論、これから目覚める可能性もあるだろうが。


 カーリーはどうやら、自分が異能の力を持っているということをできる限り隠して生きていく心づもりらしい。まぁ、今のところは番外隊しか知らないからな……不可能ではないだろう。


 カーリーの場合、見たところ頭についてるピョン……じゃなくてウサギ耳意外に人間と違う部分は見当たらない。いや、服の下がどうなってるのかは知らないけどさ。だが、本当にそれだけで人間から差別される暮らしを余儀なくされていたとしたら、あんまりだよなァ。別に人間を食べる訳でもないのに。


 ちなみにあのウサギ耳はとても優秀らしく、顔の横についている耳との使い分けが可能らしい。ウサギ耳の方は広域に渡って音を集めたい時用で、自由に閉じられる(閉められる?)んだとか。人間と同じに見える形の耳の方が普段使いで、そちらはウサギ耳使用時にはできれば耳栓をしたいとのこと。そこら辺は、俺には存在しない感覚器官なので、どうにも勝手が分からない。


「……あぁ、でも一つあるかもしれません」

「え、ほんと?」


 カーリーが思い出したように、僅かに顔を輝かせる。ヒガサも興味津々という様子で身を乗り出す。俺も興味ないわけじゃないけどさ、忘れるほどの能力ってなんだよ。耳が動かせます、とかくだらねーこと言わねェよな。


「雪が降る季節になると、白い体毛が生えるようになるんです」


 ……へぇ。


 それは……凄い、のか?


 要するに、雪景色に擬態するためってことか。人間社会で必要になるかね。というか別に全身が毛に覆われてるってワケじゃなくないか、お前。


「凄いね、生命の神秘だ」


 そこらへん、ヒガサは上手く褒めるもんだなと思う。俺は、「じゃあ、その特性を活かすためにも、あんまり日焼けしないように気を付けないとな」とだけ言っておく。


 真っ白な体毛を手に入れたとしても、その肌の色に黒味が差してしまっては元も子もないだろう、という同じ太陽嫌いからのアドバイスだ。


「そう言うレンドウは、闇に紛れたいなら全身真っ黒になるまで焼けばいいんじゃない」


 ううむ。カーリーのその返しは中々一筆だと思ってしまった。


「魂まで焦げるからパス」


 しかし、小麦色になった自分なんて想像もできない。例え太陽が平気だったとしても、全く焼きたいと思えない。無理やり焼くのって、あれなんかかっこいいのか?


 炎天下の元で作業している仕事柄、肌が真っ黒に焼けてるとかは雰囲気があっていいと思うけど。


 そんな会話をしていると、人垣を割ってこちらに歩いてくる人物が一人。


 金色の髪が眩しい、健康そうな肌色の男……げっ。


「げっ……」


 声にも出して周りに苦手アピールをしておく。

 カーリーは不思議そうな顔をして、ヒガサは呆れた。


「まだ彼が苦手なの?」

「一朝一夕には変わらねェと思う」

「もう一朝一夕は過ぎたでしょ……」


 顔を手で押さえるヒガサ。

 近づいてきた金髪がまず話しかけたのは、彼女だった。


「よっすヒガサ。それと、≪グロニクル≫に≪黒バニー≫」


 金髪の名前は、本代もとしろダクト。


 春先に……手負いだったとはいえ、この俺――吸血鬼――を圧倒した、≪ヴァリアー≫でも指折りの戦闘員。

 ……指折りだと信じたい。こいつがここで一番強いとかじゃなく、まだまだ上には上がいるレベルだと、ちょっと怖すぎて大手を振って歩けなくなりそう。


「うん。よっすだね、ダクト君」


 ヒガサは朗らかに答える。砕けた挨拶は感染するもんなのか。


「ああ……」俺はそっけなく答える。ヴァリアーに来たばっかの時みたい。結局、俺が“変わった”、“変われた”と評価されるのは知り合い以上の輪の中でだけなのだ。


 本代ダクトは俺の中で、未だに知り合い未満に設定されている。


 カーリーも会釈をするにとどまる。が、ヴァリアーに来て知り合ったばっかりのこいつなら許される雰囲気になったとしても、なまじ三ヶ月も経過してしまっている俺では、相手に与える印象が違う。


「……んー、まぁ兄さん、肩の力抜いてもいいんじゃねぇすか?」


 ダクトが見かねたのか確信を突いてくる。こっちがそっちを苦手なのが伝わったのなら、なあなあで済ませてくれてもいいじゃないか。どうして皆して俺の退路を断ってくるんだよ。


 わざわざ苦手な奴とお見合いなんてしたくないって。


 つーかこいつ、俺より年下だよな……。この組織の人間は教育がなってないぜ。俺も言葉遣いはまだまだ改善できてないから言えたことじゃないが。


「や、別に力とか入ってないし」


 取り繕うようにそう返すと、すたすたとダクトが俺の間の前まで歩みよって、俺を見上げる。肌は焼けている方だが、その金髪から察するに帝国人……なんだよな? その割に背は俺より低いし、魔人を心から嫌っているワケでもなさそうなのが不思議だが。


 ってか、な、なんの用だよ。


「どうだか」


 ダクトにがしっと両腕の付け根を捕まれる。

 痛くは無いが、


「な、なんなんだよっ」


 身をよじってそれから逃れる。また肩でも破壊されるかと思った。


「何もしねぇよ」


 何かしらしようとしてたように見えたけどな!


「また肩でも攻撃されると思ったんじゃない?」


 ヒガサが俺の内心をピタリと言い当ててくる。


「……うぐ、ま、まぁそんなところだ」と観念して漏らすと、ダクトはこれ見よがしに自分の左肩をさすって見せる。


 なんだよ、と思ったけど、はたと気づく。


 そうか、そう言えば。


 ――先にこいつに怪我を負わせたのは、俺なんだった。


 あの日、俺が人間に初めて捕らえられた日、幼馴染クレアが倒れていたのを見て激昂した俺は、一番近くにいたこいつの腕を掴んで、我を忘れて振り回したのだ。


 ――それを思うと、一人で勝手にこいつに対して恨みを募らせていたことが、急に恥ずかしくなった。


「仕事として戦っただけの相手に恨みなんてないぞ、こっちはな」


 ダクトが言った。

 どうしてこの少年はそこまで割り切れるのだろうか。痛くないはず無かっただろうに。


「その相手が、人類の敵……吸血鬼だとしてもか」


 俺の問いにダクトは不敵な笑みを浮かべて見せる。


「人類の敵って言っても、しなぁ。色んな意味で」


 俺の敵じゃないって、額面通りに受け取れば『俺は人類を超越した強さを持ってるからお前なんて』と取れる。他の意味を探すなら、“敵じゃない”に全て集約されるだろうか。


 つまり、今はその吸血鬼も≪ヴァリアー≫側。

 ……味方だと言いたいのだろうか。


 ダクトは続ける。


「それに、お前別に人喰いの鬼ではないじゃん、人喰ってないじゃん」


 それに加えて、最近は人の血も飲んでいない。


「まぁ……せめて、一緒にいる時間くらいはあってもいいだろ。避けないでくれよ。そうしなきゃ、お互いに見直すこともできやしない」


 彼の理論には筋が通っている気がした、というか、今までの自分が子供過ぎたことを自覚して、俺は……頑張って頭を下げた。深々と。


「……ごめん。俺が悪かった」


 頑張らないと頭を下げることもできない自分が、酷く情けないと思った。


 へっ、という声が聴こえた。相手の表情を確かめようと頭を上げると、頭頂部に衝撃。「がっ」と小さく声が漏れるが、それは反射的なものであって、これまたそんなに痛くない。


 高々と掲げられた左腕。ダクトの年相応のいたずらフェイスを見るに、下げられた俺の頭上に仕込んでいたらしい。


 わざわざ左腕でやってくるとは、もう完治したらしいな?


「はい、これで許しましたぜ。よろしくな、


 微妙な丁寧語を使用しつつ、ニカッと笑むダクト。


 人間のいいところを、俺ももっと取り入れていかねェといけないんだろうな。

 俺の中に、もう人間を見下す思考は存在しなかったし……そんな思考、二度と去来しなくていいと思った。

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