七全議会

 ◆ヴァレンティーナ◆


 七全議会しちぜんぎかい、というものがある。

 ヴァリアーにおける最高意思決定機関とも言うべき、幹部による集会のこと。


「皆さんお揃いのようですし」


 それが開かれる折、中庭を見下ろせる部屋の大窓は分厚いカーテンによって遮られ、外部からの光を寄せ付けることは無く、秘密裏に事は進む。


「――僭越ながら、私から。……副局長≪アドラス≫」


 私から見て右斜め方向より、アドラスが仕切り役として名乗りを上げた。前回と同じだ。最近の彼の人格は好きではないが、少し安心はする。


 私などが最初に声を上げれば、たちまち多数の視線に射抜かれ、いたたまれないことになるだろう。それは避けなければならない。


 ヴァレンティーナは新参者だ。七全議会に不慣れも不慣れ。今回が二度目の出席なのだ。そのことを肝に銘じ、先人たちの顰蹙を買わぬよう立ち回る必要がある。落ち着いていけよ、私。


 ――大丈夫、きっとうまくやれる。伊達に年を食っちゃいない。


 長方形のテーブルに座る面々のうち、上座に座る人物を注視する。注視するとは言っても、失礼に値しないよう、首元あたりを見つめるに留まるのだけれど。……面接の手順でも反芻してるのか私は。


「……≪ロード≫」


 その方が名乗った。確かな力強さを感じさせ、しかし他人を畏怖させはしない、温かみのある声だ。


 本名ではない。この場では、普段使っている名前を晒す人物は寧ろ珍しい。秘密裏の会議なのにそんな気遣いが必要なのか? と思っているのが私だが、勿論思うだけに留めている。


 時計回りに名乗っていくのが七全議会のルール。進行を務めるアドラスが最初に名乗りを上げると、続いて名乗るのがロードとなるため、色々と都合がいいのだ。アドラスの席は、ロードの右腕としての地位を表しているのだろうから。


「≪スカーレット≫」


 私の右二つ隣から、ツンとした響きの声。恐らく私と同年代だと思うのだけども、スカーレットとは数えるほどしか会話をしたことがない。顔を合わせることは何度もあるというのに……この部屋にいる時は特に、他者を拒絶している空気を感じる人物だ。この部屋にいる時と外にいる時、どちらが本当の彼女なのかはまだ分かっていない。


「≪フランシス≫」


 一転して、やわらかい雰囲気を振りまくフランシスが名乗りを引き継ぐ。だが、挨拶周りは全く砕けていない。


 むしろ「フランシスですぅ」くらいパンチを効かせてくるかと思っていたのだが、締めるときはちゃんと締める人物らしい。七全会議をご一緒するのは初めてだ。


 などと思考を巡らせていると、はたと気づいた。もう私の番じゃないか。

 遅れるのはまずいが、まず落ち着いて。一呼吸置いてから、しっかりと。


 ――フゥ。


「ヴァレンティーナ・ラーツォヴァー」


 コードネームではなく、フルネームで名乗っておくことです。……アドラスに以前言われた言葉を脳内で反芻しながら、私は周りより長く名乗った。


 隠さないこと。略さないこと。彼が言葉で教えてくれたことはそう多くない。だからこそ、きっとこれは重要なことなのだ。議会メンバーの心証を良くするために。


 幸いにも、何故貴様がまたここにいる……などと私を咎める者は居らず、どうやら無事に通過できたようだ。


 これはどうやら、本当に私はヴァリアーの幹部待遇らしい。そうなるだろうとは聞いていたけれど、なんだか不思議な気分だ。発言の時に起立、みたいなルールが無くてよかった。今の心情で立ったり座ったりをきちんとこなせるか、どうにも自信が無い。


「≪アル≫」


 短い! 対照的に短い! 絶対略してるでしょうそれ! そう思わせる名乗りを上げたのは、私の向かいに座る茶髪メガネ。いや、メガネが喋った訳じゃないけど。


 気楽そうでいいなぁ……序列が私より一つ高いだけなのに、随分と余裕綽綽じゃないか。



「ジュ、……≪ジュニア≫。勉強させていただきます」


 その少年はどもっていた。唯一名乗りを失敗したその人物は……まぁ、仕方がないだろう。若干十五歳なのだから。紙とペンを用意している。本日の会議の内容を後で父に報告する為、重要な部分をメモするのだろう。いい心意気だ。でも流出させないように気をつけて。


 ジュニアがいるから、尚更私なんかは失敗してられないなぁと思うんだよね。


「以上七名により、第三十回目となる会議を始めます」


 アドラスがそう締めくくった。始まるのだけれど。



 * * *



 ――いざ会議が始まると、ロードを初め数人が喋らなくなる。会議とは。私も他人の顔色を見てからの発言にならざるを得ないので、あまり人のことは言えないけど。


「皆さん、最近御変わりはありませんか? 良い話でも悪い話でも」


 アドラスが促すと、


「ああ、じゃあ質問」


 さっそくアルが挙手をして発言を始める。軽く手を上げるだけの、気だるげな挙手だ。そもそも、挙手をしながら発言をしていいものかどうか周りに問うべきではないのか。もういきなり喋り出しちゃってるけど。


「ウチに招き入れた吸血鬼くんはどうなってますかね」


 丁寧語でこそあったが、他人を敬うような口調ではなかった。


「アル、そもそも私に対し彼を引き入れるように言ったのはお前じゃないですか……。彼については……ヴァレンティーナ?」


 アドラスは、この場ではアルに向けて「お前」という言葉を使った。聞き間違いではないはず。表面的には丁寧口調だが、一部の隊員からは冷血とも呼ばれる副局長アドラスの口調が、多少ではあるが砕けている。


 やっぱりここは特異な場所であり、特異な人物が集まっている。


 ――そんなことより、私、呼ばれてる。


 別に吸血鬼のスペシャリストじゃないんだけど。


「はい。レンドウ君のことですね」


 瞬間、しまったと思った。吸血鬼を君付けで呼んだことではない。わざわざそんなクッションというか、確認を挟む必要は無かった。


 向かいに座るアルの半目が、「わざわざ確認せんでも吸血鬼っつったらアイツしかいねーべ?」と言外に語っている、気がする。


 しかし、この状況では謝るのも違う。すぐに相手の望む答えを用意するべき、だ。


「――私が見た限りでは素行に問題はありませんでしたし、周りにもよく馴染んでいるように思います。魔物対策班番外隊A隊員、レイスからの信頼も厚いようですし」


 私は全員に報告するように淡々と告げる。が、


「ほー。その“周りに馴染んだ”の周りって、お前のこと?」


 あろうことかアルは、私個人に向けて言葉を投げかけてくる。


 ……なんだろう、この感じ。


 ――新人つぶし?


 おちょくられてる?


「……私のこと、と……言いますと?」


 あんまり乗るのもまずい気がするんだよね。


「吸血鬼にほだされたやつの報告じゃあ、アテにならないかもなーなんてふと思っただけだ」


 視線を私には向けず、手元で指遊びをしながら、アルは言った。


 どうしようもなくフラストレーション!


 ――この人、嫌いだ。


 落ち着けヴァレンティーナ。何を動揺することがあろうか。この人はたぶん、すごく嫌な奴なんだ。それをまず受け入れて、でも熱くなるな。


 ――笑顔を作れ。


「そうかもしれません。アル様」


 だったらご自身でレンドウ君と直にお話ししてはいかがですか。とまで続けたかったが、確実に言い過ぎの、でしゃばり女になる。


 相手の発言の返事だけに留め、求められたこと以外は喋るな。テーブルの下で腿をつねって、自らに言い聞かせる。


 アルは視線をこちらに向けた。その瞳に「ふーん、やるじゃん」と言われた気がして、してやったりな気分になる。もしかしたら「ふーん」までは合ってても「やるじゃん」は私の思い上がりかもしれないが、そこはプラス思考でいこう。


「議会メンバーの発言が信用できないなんて言うなら、自分で確かめてきなさいよ」


 無言を貫くかと思っていた一人、スカーレットがアルに向けてそう言い放ったのは、少々意外だった。それが私の味方に付く発言だったから、余計に。多分、好かれてもいないし嫌われてもいないので、単純にアルの態度が腹に据え兼ねているのだろう。


 どちらを見るでもなく、目を瞑って、腕を組んでの発言だったようだ。


「あァはいはい俺が悪うございました。仰るとォーり、自分で確かめてくるからこの話は終わりでいいよ」


 アルがあっさりと敗北宣言(というより躱した? 逃げだろうか)をして背もたれに寄り掛かる。ロード。こいつを罰して下さい。いやほんとに。


 しかし、アルがあっさりと引き下がると、今度は会話がなくなるのは必然だった。いや、口論になるくらいなら、何もない方がましかもしれないけど。


 ジュニアはこの場の雰囲気に冷や汗を垂らしつつも、黙々とメモを取っている。


 ……今のところ、しょうもない喧嘩だけが記録されてるということ? うわぁ、はやくなんとかしないと。


「議題が無いようであれば、私から」


 かと思っていると、アドラスが切り出した。さすが進行役。


 皆の意見を待って後回しにしていただけで、きちんと自らも議題を用意していたらしい。別に、議題が多い方が素晴らしいという訳でもないか。


「デルより来訪した者たちについてなのですが」


 デルの技術者たち。そのフレーズに目を見張る。私にとってはタイムリーな話題だ。


「十名の団体なのですが、現在その全員が体の不調を訴えていまして」


 ――初耳だ。


「内密にしていたのですが、ヴァリアーの医療班の重荷であることは確かですね。少しずつ情報が広まりつつあるようですが」

「えっと、悪い病気とかじゃないよね? 感染とかは……」


 アドラスに向け、フランシスが挙手をしながら発言する。どうやらここでの挙手は「発言してもよろしいですか」ではなく「私今から喋ります、喋ってます」らしい。


「ウイルス性ではないようでした。弱い毒の類によるものかと推測されていますが、未だ解析待ちです。今のところ、うちの隊員に同じような被害はありません」


 そう返答を受けると、フランシスは安心したように笑った。


「そっか、よかった。なんだろうね。ヴァリアーに来る直ぐ前のごはんに、変な山菜でも使ったのかな」

「……デルからの使者が到着したのはつい昨日のことじゃないわよ」


 スカーレットが興味無さそうに呟いた。他人の間違いを指摘することに関してはエキスパートだ。いや、悪い意味じゃなく。


「そうだったね」


 フランシスも、素直な顔で頷いた。この二人の仲は良好な方らしい。


 というか、私の右の二人が険悪だったら嫌すぎる。


 そうだ。それより、気になることがある。先ほど、デルより来た人間は全員が、と言ったか?


 勇気を出して発言をしなければ、答えは得られないだろう。


 挙手をして、発言する。


「発言してもよろしいでしょうか?」


 つい癖で、やっぱり私はそう前置きしてしまう。仕方ないじゃないか。私の故郷ではそうだったんだから。


「どうぞ」


 幸い、アドラスがすぐに促してくれた。

 ワンクッション挟んでしまった分、すぐに喋ることで取り返そう。しかし急ぎすぎず、よく通る声でハッキリと。


「昨日、そのデルよりいらっしゃった方の一人とお話して、連絡も取りあっているんですが……彼女も病床なのでしょうか?」


 毒に苦しんでいる当人が、ベッドの上から楽しそうに連絡を送って来るわけないだろ、という内容を丁寧に発言した形だ。


 アドラスが答えるより先に、


「連絡? 外部そとの人間との連絡って、どうやって?」


 とフランシスが食いついてきた。


「いえ、普通に携帯端末で、です」


 言いながら、自分の携帯端末を取り出して、テーブルの上に乗せる。


 視線を集めたところ申し訳ないのだけれど、それはこの場の誰もが所有している、ヴァリアーの一定階級以上の者なら誰しも常用するアイテム。


 通話機能を取り入れたものは残念ながら私には渡されていないが、これだけでも文章を送りあうことはできるため、かなり有用だ。文明とは素晴らしきかな。


「デルの人間も同じもの使ってるの? こんなの向こうさんからしたら、オモチャ同然だよね?」


 フランシスの質問に頷きつつ、


「これの作りが簡単だそうで、使い方も解っていらっしゃいました。下位互換性があるらしく、彼女の使っている上位の携帯端末とも一応、問題なく通信ができているようです」

「……そもそも、私たちのケイタイだって全部デルの御下がりよ」


 スカーレットがそう締めてくれたところを、アドラスは逃さない。そうだね、脱線してたもんね。戻さないと。


「私はてっきり全員が体調を崩していると疑っていなかったのですが。ヴァレンティーナが会った人物の名は?」


 赤毛の少女。別に、売る訳じゃないんだ。隠す必要はないよね。


「アンナ、と名乗っていました。あ、正確には技術者ではなく、見習いだそうです」

「見習いかぁ。もしかしたら、それで11人目が数に入ってなかった?」とフランシス。

「イヤイヤ。それじゃあ、門番がクビだなァ? なんでこっちが人数を正しく把握できてないんだよ。不法入国か」


 とアル。――正直、≪ヴァリアー≫は国じゃないだろ、とツッコみたい。というかずっと黙ってればいいのに、この男。


「これは」


 アドラスの視線がこちらに向く。全く……なんなのだろう。解りたくない。


「少し調べてみる必要がありそうですね」


 どう考えても私に白羽の矢が立ってるじゃないか……。


 ――今日は厄日だ。

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