アンナという少女

 ◆ヒガサ◆


 明るさを抑えた、落ち着いた雰囲気のカフェ。その一角にて。


「いやぁ~、助かりました」


 ずず……と、対面する少女が紅茶を楽しみつつ、口を開く。


「それに、こんなに素敵な店まで紹介してもらっちゃって」


 まぁ、成り行きだよね。


「外から来たお客さんと話せるなんて貴重な機会だし、こっちとしても嬉しいよ」


 ここは私の行きつけの店なのだ。


 対面する赤毛の少女は壁際で、イスがソファ状になっているが、こちら側は固めの椅子だ。勿論、一つ一つ分離している。そのため、隣にはレンドウが座っていると表現するのにちょっと違和感がないこともない。私と彼の間には無駄に空間が空いている。彼の方が気恥ずかしいのか、少し距離を取ってきている気がする。これが外なら、太陽を避けるために日傘の中へと避難して来るのだけれど。


「…………」


 しかしこの少年、無言である。


 人間に対する興味はあるようだし、ひょっとしたら仲良くなりたいとも考えているのかも知れないが、今一つレンドウ君には勇気が足りない。友好を捨ててすぐ争いに発展する質は、勇気と言うよりは無謀と諦観だ。もう少し、頑張ってみてほしいかな。


 例えば、私が間に入ればこの少女……アンナとレンドウ君を仲良くさせられないだろうか。


 ほら、赤い髪同士のシンパシーがあるかもだし。何言ってんだ私。言ってないけど。あぁ、レンドウ君の髪の色は地毛じゃないか。


「それで、アンナさんはどうして≪ヴァリアー≫に? 自働車の整備士かい?」


 尋ねると、そんな! とアンナは童顔を慌てさせて否定する。


「いえいえ! 私なんかそんな凄くないですよ! まだ見習いですっ! というか私の年齢では、一人で外を運転しちゃいけないことになってます!」


 見習い、というだけではどれほどの技量なのか解らないけど、なるほど。


 確かに、若すぎるとは思っていた。もしやデルではこんな若い子供にまで車が普及しているのか……? という疑念は消えた。


「へぇ。何歳なの?」


 特別幼く可愛い外見してるから、まさかレンドウ君に迫る年齢ってことはないだろうな。


 アンナは、少し考えるそぶりをしてから答える。具体的には、眼球が右上を向いていた。


「十五歳です!」


 無駄に考えてる様子だったけれど、自分の年齢って向こうの国ではあんまり気にしないものなのだろうか。もしかすると、彼女の生きている環境は実力主義なのかもしれない。


 能力がありさえすれば年齢に関係なく評価されるっていうのは悪いことじゃない、かな。というか、外国に派遣されるほどだし、もしかしてかなりのエリートだったりするんだろうか、この子。


 だとすると、何故勝手に自動車が動き出すなんてことになったんだろう、って話にもなるけど。


 ふんふん、と勝手に想像した向こうの国事情を紅茶に乗せていただいていると、「私のことなんかより、ヒガサさんたちのお話が聞きたいです! いいですか!?」と、アンナがハイテンションを崩さぬまま、今度はこちらに切り込んできた。


 おお、凄い気迫。これが若い子のオーラか……。


 私は少し気圧された。自分が若者じゃないかもしれないという事実も込みで。


「うん、いいけど」


 そう答えると、アンナは青い目を煌めかせてしまった。うーん、どうしたものか。とりあえず、詰まらせずに簡単なプロフィールを並べないと。いつものでいいか。


「年齢は今年で二十歳。生まれはサンスタード帝国。武家に生まれたんだけど、次女だったし、割と自分の好きなように生きてきて……いつの間にかこんな遠い国で裁縫してるよ」


 はは、よくもまぁ。流れるようにスラスラ言えた、さすがだ私。もう嘘を言っても一切表情が歪まないぞ。


 レンドウ君、「こいつ傘屋じゃなかったのか……」みたいな、ちょっと驚きを含ませた顔でチラ見しないで。傘も作れるけど。


それより、私が帝国の名前を出した際、アンナの瞼がピクピク痙攣したことの方が気に掛かる。彼女は動揺から生まれかけた時間に焦ったように口を開く。


「……服屋さんですか! それでそういう格好してるんですね……ハイセンスです! さすが色んな国の人が集まる国、帝国人もいらっしゃるんだー!」


 アンナは羨ましい、とキラキラした目で私の服を射抜いてくる。確かに、周りと比べて目立つのは認めよう。


 しかし、ハイセンスって多用する若い子は「とりあえず言っとけばいい」感があるんだよなぁ。


 ……邪推しすぎだろうか?


 しかし、やはりこの子からは何かを演じているような雰囲気を感じる。それが周りの目を気にして、性格を偽っている程度の些細さにとどまるのか、はたまた犯罪性の高い秘密を抱えているのかは、なんとも言えないけど。


「ありがとう。ほら、君も自己紹介しなよ」


 そう促すと、「俺か」とレンドウ君が顔をこっちに向ける。願わくば身体ごと向いてくれ。


 レンドウ君が口を開く。促しておいてなんだけど、レンドウ君も私と同じく、真実のプロフィールを明かせない人間なんじゃ……。


 ヴァリアーで生活している人はもう皆が知っていることだから気にする必要は無いと思っていたけど、初対面の外部の人間に、彼は自らの素性を明かすのだろうか? 明かすべきなのだろうか。


 果たして。


「……≪グロニクル≫だ。十八歳、男。最近≪ヴァリアー≫に来たばっかだ。…………よろしく」


 途中、長い沈黙を挟む自己紹介だった。口を出そうかと思った矢先に「よろしく」が来たので、まさか「よろしく」が彼の口から飛び出すと思っていなかった私は小さく衝撃を受け、その機会を失った。


 いちいち性別まで言わなくても誤認しようはないよ? とか、必要最低限すぎるよ、とか、言いたいことは沢山あった。


 そうそう、ちゃんとコードネームで名乗ってたね。


 と言っても、ヴァリアーにやって来た経緯、≪黒の牢獄≫が一時的に機能を失った脱獄騒動、それに上層部が下した異例の待遇に、しばらくの間時の人となったレンドウ君は、今更どうしようもないほど本名が広まっちゃってるんだけどね。ついでに言えば、今も余裕で“しばらく”の範疇だし。


「よろしくお願いします、グロさん!」

「あ? ……あァ」


 レンドウ君、初対面の人にはとにかく人見知りが発動するみたいだ。いきなり省略してグロさん呼びするアンナも凄いけど。


 呆れ半分にレンドウ君……もといグロ君を見ていると、唐突にアンナが爆弾を投げつけてきた。


「お二人ってもしかして付き合ってます?」と。


 フッ。


 ――まぁ、若い子だし、十二分に予想できた質問じゃないか。こういう時は冷静を貫くのが吉だよ。


 この手の質問をされた際に変に焦ると、周りから余計に囃し立てられるものなのだ。大人の多くは、学生時代にそれを学んでいる。


 それにしても、初対面でいきなりその質問が出てくるって、アンナはグロ君の対極に位置するような性格だね。これはこれで扱いづらいかもしれない。


「――ハァ!?」


 私、グロ君とまだ十回も会ってないし、今日も仕事で一緒にいるだけなんだよね、と言おうか迷うより先に、グロ君は受け流せずに誘爆した。


 や、こんなのどうせ若い子の間では小手調べでしょ? 軽いジャブでしょ? ここにジャブで分かる人いないか。とにかく挨拶みたいなものだろうから、過剰反応しなくてもいいんじゃない?


 と思ったけど、よく考えたらグロ君も私に比べたら子供なんだよね。というかそもそも、吸血鬼の里での教育は、人間界におけるそれとは乖離している可能性があるな。多数の生徒が纏まって授業を受ける形態ではないのかもしれない。


 まぁ、これをきっかけにアンナと仲良く慣れるかもしれない訳だし……私は静観させてもらおう。


 白状すると、面白いから止めないってのもある。僅かに上体を反らせて椅子に深く腰掛け、リラックスして俯瞰する。私、落ち着いてるー。


 一瞬の沈黙ののち、


「あっははは!」


 笑い声が響く。他のお客さんの迷惑にならない程度に抑えてね。


「すいませんっ、今の反応超面白かったです! ぷくくくっ」


 アンナだ。私以上に楽しんでいる子が目の前にいた。


「くっくっく……」


 つられて私も笑ってしまう。レンドウ君には悪いけど、こういうところで素直に笑っておくのが、人生を楽しむコツだ。


「て、てめえら……」


 荒療治かもしれないけど、子供たちを関わらせるのにはこういうのもアリなのかも。


 と、私は大人ぶってみた。そんな昼下がり。

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