第22話 食人植物
……帰路についているものと疑っていなかったレンドウだったが、レイスが向かった先は≪ヴァリアー≫ではなかった。
何が入っているのか推察できない、巨大な丸いタンクがいくつも屹立している。そこから幾条ものパイプが這うように伸びており、その建物は金属のツタに巻きつかれているような印象を与えた。
余計なものを全て取り払えば、もしかすると白色の、円柱状の建物なのかもしれない。
「なんだ、ここ? 工場ってやつか?」
「いや、外にある機械はどれも作動してないはず。要するに、廃工場だね」
俺の疑問にレイスが答えた。しかし一番問いたかったのは建物の意義じゃない。……いや、認めようじゃないか。俺の質問が悪かったと。このばーか!
「ヴァリアーにそいつを連れて帰るんじゃなかったのかよ」
と、レイスの背中に背負われている人物を示す。金髪の少女。いまだ意識は戻らず、ぐったりとしている。
「それは中に入ってから説明するよ」
レイスは背中の少女を「よっ」と持ち上げ背負い直し、入口に向かう。「中にいる知り合いにも説明しなきゃだからね。今ここでレンドウに話してると、二度手間になっちゃうんだ」
「ああ」なるほど。それなら分かるぜ。俺も二度手間は嫌いだ。「そりゃ納得だ」
「レンドウ、ドアを開けてもらっていい?」
「はいよ」
入口に近づくと、かすかに『ジー……』という耳鳴りのような音が聞こえた。見ると、ドアの上には黒くテカテカした……他とは一線を画する、謎の素材でできた横向きの長方形の板? のようなものが取り付けられている。
小さく光る赤いランプが、その中に生きている。
なんとなく、これは機械の眼だ、と思った。原理も仕組も解らないが、目的は“見る”ことだと思った。
監視されてるのか。中にいる人物に警戒されている?
レイスが俺にノックをする程度の礼節を期待しているか解らないが、諸々の事情を込みにして、俺は今回はノックをしようと強く思った。
いきなり強盗が来たと判断されて攻撃されるとかは勘弁願いたいからな。俺の人生には諍いが多すぎる。少なくとも、今日はさすがにもういらないだろう。
コンコン。
真っ白なドアを“強すぎず、弱すぎず……ってこれくらいか?”と少し緊張しながら二回叩いた。
すると、しばらくしてから「ピッ」という機械音が聴こえた。
それからすぐに、ドアが少し奥にズレてから横にスライドする。スライドの速度は結構速かった。ちょっとビックリした。開く時だからまだマシだが、閉じる時もこの速度じゃないだろうな。挟まれたらシャレにならないだろ。
「ようこそ、我が居城へ!」
ちょっとビックリしていた俺を、不遜な言葉でそいつは迎え入れた。
* * *
――このオッサン、信用していい相手なのか?
レイスがわざわざ訪ねてきたからには、何らかの目的を達成するための協力を得られる相手なんだろうが……どうにも“研究者”という輩は好かん。警戒が先に立つ。
無精ひげを生やした、背の低い白衣の男。青みがかった灰色の髪に、白髪もまばらに生えている。目は細く、まるで糸のような印象を与える。もっと開けないのか、その目。
そういえば白衣って何のために存在しているんだろう……。
一目でやばい科学者連中を見分けるためか? 一般人が関り合う人種を選ぶために導入された制度なのか? 「こいつはマッドサイエンティストの可能性があるから注意しろ」って具合に? 絶対違う。
「私はマルクと言う。今年で二十九になる。よろしくっ! ささっ、座って座って!」
そういって朗らかに笑って見せる男は見るからに無害そうだし、ぶっちゃけ白衣さえ纏っていなければとっくに信用していそうだ。
ここまでくると、逆にどれだけ俺は白衣にいいイメージが無いんだよって話になってくる。むしろ俺の精神性がヤバいのだろうか? という疑念が生まれてしまう。
「レ……ンドウだ」素直に答えることにしながら、勧められたソファへどかっと腰を下ろす。レイスは? 座らない。未だに金髪の少女を背中に抱えて立っている。少女の感触を背中で味わうことにでもハマったのかよ?
外観こそおどろおどろしかったが、内装はいたって生活感溢れるリビングで安心している俺がいた。
「レイス君は座らなくていいのかい?」
マルクがレイスに俺の隣を勧める。それに対しレイスは「いえ」と首を振り、背負っていた少女をそのスペースに寝かせた。
「その子は?」
「彼女が、今日僕がここに来た理由です」
「……ふむ。やんごとなき事情がありそうだ。長い話になりそうだし、お茶を用意しよう」
そう言って立ち上がったマルクが、となりの部屋への扉を開けると、ドアの隙間からするりと女(?)が入ってきた。するり、というよりズモモモモ、と表現した方が良かったかもしれない。
大量の毛髪に全身を覆い尽くされたような人物だ。
「うおァ、なんだそいつゥ!?」
マルクは驚く俺に答えるより先に、「駄目じゃないかフローラ。勝手に入ってきちゃ」とそいつを諌めた。
改めて言うが、本当に凄い外見だ。凄まじい。
マルクと同じくらいの低い背丈に、緑色の髪が蔓のように伸びまくり絡みつきまくり、肩口で揃っている部分もあれば、腰より下まで届こうかという長さのものもある。第一印象から俺がコードネームをつけてやるとしたなら、≪食人植物≫って感じだな。
衣服まで、緑。ダボダボの布の塊を纏っている。なんか布団を手放せない奴みたい。
どうせこいつもヴァリアーの人間なんだろうから、コードネームがあるんだろ? フローラっていうのがそれなのか。
当のフローラはというと、長い髪を揺らしながら、微かに見え隠れする大きな丸い目でマルクを見つめ、俯いた。その様子は、一目で落ち込んでいることを察することができる。
「まぁ、レイス君が連れてきた人ならダイジョブか。この子はフローラ、推定十六歳だ。仲良くしてやってほしい」
そう言い残して、今度こそマルクは隣室へ消えた。オイオイ、どうすればいいんだよこの緑タワーさんをよ。
まぁ、最悪レイスに押し付ければいいのか。
「フローラさん、久しぶり」
俺の期待通り、レイスはフローラにコミュニケーションを試みた。どうやら顔見知りらしい。
「……おはよ……レイス……」
「うん、おはよう」
フローラの声は、とても小さかった。消え入るような声で、なんというか拍子抜けした。
もっと、こう、地獄の底から響いてくる感じを想像してた。それでも、何故朝の挨拶を今するのかという疑念は残るが。まさか数瞬前まで寝てたとか言わないだろうな。いつでもどこでも寝れる能力を持った奴なのか。
いや、さすがに本気でそんなヘンテコ能力持ちだとは思っていないが……ビックリするほど、「コイツは人間じゃないな」って納得できるんだよな。誰に説明されたわけじゃなくても、この女は魔人なんだろうなって思う。答え合わせすらいらないレベルの確信。
レイスが、チラッと俺を振り返って言う。
「彼女は言葉が不自由なんだ。人間の文化を勉強中っていうか」
「ふーん」俺と同じってことか。
あれ?
「でもそれって変じゃね。今日日、共通語を使わずに文明を保ってる魔人がいるのか」
吸血鬼の里でも、勿論会話は共通語だ。
「それは……僕に訊かれても。彼女が言葉を全く知らないのは事実なんだし」レイスがお手上げ、と言う風な身振りをした。
より深くソファに腰を沈めフローラを眺めていると、俺の視線に気づいたのか。フローラは怯えたようにレイスの影に隠れた。
「……そんなに他人が怖いなら、なんでこの部屋に来たんだよ……」
苦々しくそう零すと、レイスは「いや、怖いのは他人じゃなくてレンドウだけだから。……よしよし」とフローラをあやした。ああ言えばこういうやつだな。
「フローラさん、また随分と髪伸びたねぇ。また切ってあげるよ」
レイスがそう言うと、フローラは喜んだように見えた。殆どまともに喋れなくとも、相手が言っていることは解るのだろうか。
* * *
とりあえず、髪を切ってあげれば仲良くなれるから。
謎のレイスの提案に、「んな馬鹿な」と一蹴しかけた俺だが、ううむ。なんというか、お前が正しかったようだ。
勝手知ったる様子でビニールシートを引っ張り出してきたレイスを、お茶を載せたトレイを運んできたマルクはニコニコして眺めていた。もう気のいいおっさんにしか見えなかった。
敷かれたシートの上にフローラが自分で踏み台のようなものを持ってきて、その上にすとんと座った。
その後のことは、正直、語りたくないんだ。熱くなり過ぎたというか。
フローラの髪をハサミを使って切るレイスに、どうもセンスが足りない気がした俺は、当初こそ口を出すに留まっていたのだが、外野の野次に負けてしまい……。
――最終的にはフローラの髪形はレイスと俺の合作となった。
「それで、本題なんですが」
お茶を飲んで一息ついてから、こちらもソファに腰掛けることにしたレイスが切り出す。さっき、もう思う存分切りまくったけどな! 髪の毛を。
マルクが頷く。
髪が短くなったフローラはというと、本当に謎なのだが、先ほどまでの距離感が嘘のように近く……俺とレイスの間に座っている、しかも金髪の少女を腕に抱えて。二人とも同じくらいの大きさに見えるが、重くないのか?
まァ、魔人なんだもんな……。人間にしては小さい体で知能の発達も遅そうなフローラだが、そこに優れた筋肉が備わっていても不思議じゃないか。さすがに俺サマほど強くはないだろうけど!
というか、このソファは大きいとはいえ一応二人掛けなので、割と腕にフローラの身体が触れる。この懐き様は何なんだ。いやマジで。むしろ俺の方が嫌なんだけど。パーソナルスペース……だっけ? それを侵されることには敏感なんだ。
別にコイツだからとかじゃなくて……他人に触れるのが得意じゃないんだよ。
「この子を、マルクさんに引き取っていただきたいんです。保護、というか」
「ふむ。多分そんなところだろうとは思っていたよ。この子の同意は得てるのかな?」
「いえ」レイスは首を横に振った。「気を失っているところを、僕が勝手に連れてきました」
その言葉を聞くと、マルクは唯でさえ細い目をより細めたようで、小さく唸った。
「うう。胃が痛くなりそうだ。最初から、詳しく聞かせてもらえるかな?」
「はい」
……どうやら、俺もしばらくは長話に付き合わされるらしい。
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